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放課後のフーダニットクラブ  作者: 吟野慶隆
第四話 彼女も俺も語らない
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問題編 後編

「好き嫌いはあかんで」

「好き嫌いではない、得手不得手じゃ」

「世間一般では好き嫌いと言うんや」

「ううう、恨むぞノーマ。今晩は安らかに眠れると思うな、悪夢を見せてやろうぞ」

「あれ、いくら『睡眠に特化した術』を操る眠術師とはいえ、夢の操作まではできへんのとちゃうかったか?」

「くっ、知っていたか」

「あんたが言うとったんやで」

 アメジストは苦い顔をし、ピーマンを口に放り込むと、苦そうな顔をした。フランセスは欠伸をしようとして、口を開けると、目を閉じた。

 突如として、爆発音が辺りに響き渡った。びっくりして目を開け、音のしたほうに視線を向ける。

 街のシンボルでもある巨塔が、根元近くで真っ二つに折れ、倒れていた。明らかに、異常事態が発生していた。驚き、口に手を当てる。

 だが、自分には関係のないこと。異常事態を解決しろ、と誰かに依頼されたわけでもないし。そう心の中で呟くと、口から手を離した。

 掌には、龍の入れ墨が刻まれている。自分の生まれた国では、掌に、獅子や鳳凰など、生き物の入れ墨をするという風習があった。柄は万人不同で、同じものは一つとない。そんなことを考えていると、急に眠気に襲われ、欠伸をしながら目を閉じた。

 欠伸を終えたフランセスは、慌てて口を閉じ、瞼を開けた。目を閉じる前、路次が自分のほうを向いていたことに気づいたからだ。間抜けな顔を晒してしまった、と思い、恥ずかしくなる。

「ああ、あと、消音魔法を使って、スペンサーの周囲から音をなくす、という作戦も上手く行ったっすね。呪文を詠唱しようとされても、音がないのだから、魔法を繰り出されなかった」

「似たようなやつなら、眠法にもあるぞ。消音眠法というやつが。快適に寝るためのものでな、自分の周りの音をなくすのじゃ」

「ふうん……そう言えば、明日の朝、巨塔の町から、自分たちの朝食を作りに、料理人がここまで来てくれるらしいっすね」

「ええ」フランセスは頷いた。「町で過ごせないなら、せめて、町自慢の料理を朝食に食べていってください、とのことで」

 その後しばらくの間、他愛もない談笑が続き、夕食は終わった。フランセスは家術を使い、食器や調理器具を洗って片付けると、「浴場テント」を出した。シャワーと湯船のついた、名前のとおり体を洗うためのテントである。入ってすぐのところには、更衣用の部屋もあった。

「皆様。お風呂の準備ができましたの」家術を使い、浴槽に湯を張ってから、フランセスは、東屋の机で雑談をしている他の三人にそう言った。

「そこでスペンサーはこう言ったんす、『俺は魔王軍側につく』と……んあ? 風呂?」

「はい。本日は、アメジスト様、ノーマ様、路次様、私の順番で入浴することになっていますわ」

「それじゃあ、さっそく入ってくるかの」アメジストはそう言って、自分のテントに戻り、着替えを取ってくると、浴場テントに入った。

「……あっ、ちょっと用事思い出したんで、自分、テントに戻るっすねー」路次はそう言って、腰を上げた。

 ノーマが、じとっ、とした目で彼を睨んだ。「まさか、遠見魔法で覗くつもりちゃうやろな?」

 遠見魔法とは、その名のとおり、遠く離れたところの景色を見る魔法である。呪文を唱え、目を閉じると、任意の場所の映像と音声が、即時的に飛び込んでくる、という仕組みだ。魔法を解除するには、それ用の呪文を唱えなければならない。瞼を開けば、映像や音声は一時的に途切れるが、閉じると、また再開される。

 ぎくっ、という擬態語が聞こえるかのごとく、路次は肩を震わせた。「まままさか、そそそそんなわけないっすよー、あははははは」

「どうだか。……いちおう、言うとくけれど、無駄やで。結界魔法を浴場テントに張っとるから、魔法は何一つ通用せんわ。うちの結界魔法を破れる者は、あの、スペンサーくらいしかおらへんやろな」

「もちろん、もちろんっす」路次はぶんぶんと首を縦に振った。

 その後、全員が風呂に入り終わった。フランセスは、浴場テントの籠に入れてあった、三人の着替えを回収すると、そのテントを片付けた。

 四人は東屋の机に集まった。「それじゃあ、今日の結界眠法の、暗証呪文は」とアメジストが言う。「アペリア・コフェアじゃ」

 結界眠法とは、眠術師が眠っている間にのみ、その周囲にドーム状のバリアを張る眠法だ。このバリアはとても強力で、仮に魔王が壊そうとしたとしても、破ることはできない。これがあるおかげで、フランセスたちは安心して寝ることができていた。内から外へは簡単に出られるが、外から内へ入るときは、「暗証呪文」を唱える必要がある。この眠法を使っている間は、意識を完全に途切れさせているので、他の眠法を併用することはできない。

 他の三人は、さっ、と顔色を変えた。「ちょ、ちょっとっ」とノーマ。「暗証呪文は、対読心の施錠魔法をかけてから、念話魔法で伝えるのが、ルールやで」

「別にいいじゃろ。すでにこの東屋を含め、テントの周りには、お主の結界魔法が張られておるのじゃろう? 誰にも聞かれてはいまいて」

 念のため、探知魔法で辺りに人がいないか調べておきますの。ノーマはそう言って、懐から杖を取り出すと、呪文を唱えた。しばらくしてから、「どうやら、ここより半径百メートル以内には、わたくしたち四人以外の、知的生命体や使い魔の類いはいないようですわね」と呟く。

「ほら、言ったとおりじゃったじゃろ」

「それにしても、不用心過ぎるがな」ノーマは少し怒ったような声で言った。

「ふああ……しっかし、眠いのう」アメジストはごしごしと目を擦った。「妾は先に寝る。結界眠法を張っておくぞ」

 彼女はそう言って、自分のテントに戻った。五分ほどすると、薄く紫がかった透明のドームが、四つのテントをすっぽりと覆った。

「それじゃあ、自分も寝るっすね」路次はぽりぽりと頭を掻いた。

「うちも、お休みするわ」ノーマは伸びをした。

「では、わたくしも」フランセスは今日三度目の欠伸をした。

 暗証呪文を唱えてバリアを通ると、他の二人はそれぞれのテントに入っていった。フランセスは、テントに入る前、ふと、上を見上げた。

 大木から落ちてきたらしい、折れた枝が、バリアの上に乗っかっていた。バリアの表面はつるつると滑るのに。おそらく、絶妙なバランスを保っているのだろう。


 午前六時五十分。東屋の机の上には、パンやスープなど、さまざまな料理が載せられていた。

 午前七時が、朝食を食べる時刻と定められていた。やがて、ノーマが起きてきた。テントのほうに視線をやる。フランセスのテントの入り口真上には、まだ、枝が乗っかっていた。

 数分後、結界が解けた。それからしばらくして、アメジストがやってきた。彼女とノーマは、机に向かい合って座った。しかし、路次が、七時を十五分ほど回っても、起きてこなかった。

「いったい、何をやっているのじゃ、あやつは」アメジストは呆れたように溜め息を吐いた。「寝坊するなど」

「うちが様子見に行ってくるわ」そう言ってノーマは立ち上がった。

「様子なら、わたくしが──」

「いや、フランセスはここにおってや。路次がまだ寝ていた場合、うちなら、放水魔法で叩き起こすことができるから」

 ノーマはそう言って、路次のテントに向かった。その姿を、視線で追う。強烈な日差しが目に入り、思わず、掌に龍の入れ墨のあるほうの手で、庇を作った。

 彼女は、路次のテントの入り口にある幕を捲ると、中に入った。悲鳴が聞こえたのは、その十秒ほど後だった。

「何ですのっ、今のはっ」

「悲鳴じゃな。いったい何があったんじゃ」

 アメジストとフランセスはそう叫んだ。その場にいた全員が、路次のテントに向かう。入り口の幕を捲り、中を覗いた。

 ノーマが、「路次。路次」と叫びながら、彼の両肩を掴み、揺らしていた。彼の胸には、魔王軍の紋章の意匠が施されたナイフが、深々と突き刺さっていた。

 瞬きをする。視界が二度、三度、暗くなった。

「んなっ」アメジストは目を瞠った。「ど、どういうことじゃ、これは」

 フランセスは、テントに入ると、ベッドの傍らに膝をついた。路次の手首を取り、握る。「駄目ですの、ノーマ様。脈がありませんわ。路次様はもう、絶命しておりますの」

 彼女は無表情でそう言った。悲しみを堪え、あえて表情をなくしているのか、あまりの事態を受け止めきれず、一時的に放心状態になっているのか。どちらなのかは、わからなかった。

 ノーマは、懐から杖を出した。呪文を唱え、しばらくしてから、言う。「探知魔法で調べたけど、ここより半径百メートル以内には、うちと、アメジスト、フランセス、巨塔の町の料理人の四人しかおらへん。下手人はもう、逃げてもうたようやな」

「さて、以上で問題編は終了ですの」フランセスは立ち上がると、あなたのほうを向いて言った。「それでは、誰が路次様を殺したのか、を推理してくださいな」


   〈問題編 了〉

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