06.必要なもの、必要ないもの
鍛冶屋に到着する。
「いらっしゃい」
筋肉隆々の男が野太い声で挨拶してくる。
俺はカウンターの上に小剣と革鎧を脱いでそのまま置く。
「買い取りをお願いします」
男は何も言わず小剣を鞘から抜き出し刃を見つめる。その後ちょんちょんと刃先に指先をあてがい切れ味を確かめる。
次に革鎧を手に取り表面の傷み具合や裏面のすり減り具合を確かめる。
「おまえ、この二つ安物だがどっちもほとんど使ってないな」
ご名答。
「解せねぇな、見たところこれを売ったらあんたは丸腰だぜ?」
「俺には必要無い物、それより金が要る!!」
「どっちも銀貨1枚だ。
ただおまえの目つき気に入った。合わせて銀貨2枚、銅貨5枚出そう」
「助かる。それと安くて切れ味のいい短剣を一つ……いや、それはいらない。
ナイフでいい、それも柄無いやつを。その代わり、安く頼む」
俺はこれから転移者を探さなければならない。
そのために働いている余裕はない。だから初期費用は少しでも多く必要だ。
剣も鎧も必要ない。
俺は剣を上手く扱えないし、たとえどんなに上等な鎧だったとしても、それは意味をなさない。なぜなら転移者は皆、神の力を持っているのだから。
人を一人殺すのにナイフで十分。
「なら、待ってろ」
男は屑鉄かごの中から錆び付いたナイフを取り出す。そして奥の工房に行き砥石で研ぎ始める。
シュッシュッという音を聞きながら、暇になった俺は鍛冶屋の店内を見回す。
店内の壁面には多種多様な武器が棚掛けられている。
そして一際目につく場所、額縁で飾られた中に一本の剣が。余程上等な物なのだろう鍔や柄には煌びやかな装飾が施されている。
ただしその剣は一度ポキリと折れたのだろう中程にヒビが。もう使い物にならない。
「うし、研ぎ終わった。切れ味は俺が保証する。
これは銅貨2枚相当だ。買い取り分と併せて銀貨2枚、銅貨3枚だな」
そう言って男は錆一つなくなった柄のないナイフを、ふちに赤い糸で刺繍のされた白い布の上に包んで硬貨と一緒に差し出す。
それらを受け取り。
「どうも」
と言って俺はその場を離れた。
もう日没だ。ここは現代日本と違って街灯は存在しない。
日が沈めばたとえ町の中だとしても暗闇が支配する。急いで宿まで帰らねば。
早歩きで通路を進み目前まで宿に迫った時。
俺の視界の端に何か違和感が。それを調べるために俺は立ち止まる。
そして耳を澄ませば微かに聞こえる罵声。
建物間の裏路地その奥に二人の人間がいる。
一人は床に倒れ、もがき苦しんでいる。
もう一人は倒れた人間を何度も蹴り上げている。その男が罵声上げている様だ。
「この、この、奴隷の分際で俺様にぶつかるんじゃねぇぞ!!」
この世界は野蛮だな。つまらないものを見た。
俺はまた歩き出す。
そして宿に到着する。
「おかえり」
中年女性が声を掛けてくる。先ほど見た光景とはすごい温度差だ。
「はい、部屋の鍵。それと夕飯出来てるけどこのまま食べてくかい?」
俺は部屋の鍵を受け取りこのまま夕飯を食べる旨を伝える。
席はどこでもいいと言われたので、一番角の室内を背にした席に座る。
待つこと数分。
木のトレーに乗って運ばれて来たのは質素な料理。そしてフォークとスプーン。
パンとスープと、イモ類と少量のミンチ肉を混ぜた肉じゃがの様なもの。
俺は心の中で、いただきます。と言って料理を食べる。
パンを千切って口に運ぶとパサパサだなと感じる。
だからスープを一口飲む。塩気が足りない味気無い。
これは変わらない刑務所の料理と。あそこはカレーやシチュー系の料理のローテーションだった。しかもいつも冷めていた。
そして俺は何気なく、イモとミンチ肉の料理を食べる。
「ん゛!!」
俺の立てた音に店内にいる他の客がこっちを振り向く。俺は黙々とその料理を食べ続ける。
暖かかった。3年ぶりの暖かな料理。
それは味も具材も違うのに俺は連想してしまった。“家庭の味”最後に食べた母の手作り料理を。
視界が歪む。止めようがない程に溢れそうなんだ。
だけど泣いちゃだめだ、泣けば周りから特異な目で見られてしまう。
だからこらえろ。今はダメだ、ダメなんだ……
俺は料理を食べ終わり自室に入る。
そして扉に鍵を掛ける。更に<無限の摩擦力>発動。
これでこの扉は俺が能力を解除しない限り絶対に開くことはない。
この世界に来て初めての俺は、今日ぐっすりと眠ってしまうかもしれない。
そんな中盗賊に部屋の中に入られたら困る。この能力こんな時に役に立つ。
部屋は真っ暗だ。この部屋で出来ることは何もない……
だから俺は今日一日を振り返る。
最初に思うこと。明日から宿を変えよう。
俺はこの宿で二つ過ちを犯した。
一つ目は自分の名前を書けなかったこと。
二つ目は料理を食べた時、声にならない悲鳴を上げてしまったこと。
小さな失敗、この世界に来て全てが初めて。だから仕方ない。
だからもう“二度と”同じ失敗は繰り返さない。
次に思うこと。俺はこの一日ほとんど疲れが溜まっていない。
3年間牢屋の中にいてまともな運動をしていない人間が。一日中屋外で動いた、馬車に揺られた、人混みをかき分けた。
果たして疲れないだろうか?
断言できる。それは異常だと。
俺の体に起きているこの現象も確かめねば。それもまた明日……
そのままベッドに横たわり目を閉じる。俺はすぐに眠りに付いた。
そして夢の世界へと。




