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37.ピース


 私の名前はラテス=ヒポク。

 カリメアのとある州で生まれた。


 物心付いた時、既に私は孤児院にいた。

 両親が私を、捨てたのか、何か事情があるのか。その理由を私は知らない。

 それでも孤児院は必要最低限のものを私に与えてくれた。学費、食事、そして同じ境遇の仲間達。



 それは私が高校受験のため参考書を買いにデパートへと行った日だった。

 そこで偶然目にしてしまう。いや、それは必然。

 その場所には多くの人が集まる。だから当然だろう私が今まで目を背けていたものに出会うことは。


 それはただの家族。男と子供と女が手を繋いでいた。それがとても幸せそうだった。


 私はそれを見た瞬間急いでトイレへと駆け込む。そこで吐いた。


 私が見たものは家族と幸せを共有する人達の姿。それは私にとって取り戻すことの出来ない時間。

 もう既に私の幼少期の思い出は孤児院での生活というものに上書きされているのだから。

 私がずっと目を背けていたもの。それは本当の家族とその思い出が私に存在しないということ。

 私の心の中にポッカリと空いたピース。初めてその存在と私が向き合い自覚した瞬間だった。



 私は好奇心旺盛で勉強をするのが嫌いじゃなかった。だから私はこの好奇心を満たすことの出来る場所へ行くことを望んだ。

 そうして優秀な高校を経て優秀な大学入学を実現する。

 孤児院育ちの私はお金がなかった。その解決に国の奨学金制度が私の助けになった。


 大学で優秀な成績を残した私は医療の最先端技術を研究する役職に就く。

 その仕事に決めたことに特に深い理由はない。ただ私は研究が好きであると同時に食い逸れの無い仕事だと思ったからだ。


 私がそこでいくつかの研究成果を上げた頃。大学時代から付き合っていた彼女と結婚した。



 その翌年。

 私は急いで妻のいる病院まで向かっている。もうすぐ産まれそうなんだ。

 そうして、妻の出産、娘の誕生に立ち会った。


 その時私は何故か涙が出ていた。

 なんでこんなにも涙が溢れるんだろう?

 自分自身のよく分からない感情。それに疑問を持ち答えを探した。


 ああ、やっと分かった。今の私は満たされているんだ。

 子供の頃から今までずっと心の中にポッカリと空いたもの。そのピースがやっと埋まった。

 私が“家族”を実感した瞬間だった。


 私にとって、掛け替えのないもの、大切な存在。

 私達家族は何度も旅行に行って幸せを作った。私は過去の空白を埋めるために、そして唯一の愛娘に私の幼少時と同じ悲しみを抱かせないために。

 こんな時間が永遠に続けばいいのに。



 娘が7歳の頃、それは宣告される。

「あなたの娘は末期癌です。延命措置をしたとしても寿命は2年でしょう」

 私の頭は真っ白になった。それと同時に心の中の大切なピースにヒビが入っていく。

 どうして私の娘が、なぜ世界はこんなにも私達家族に残酷なんだ!!


 長い時間が私の悲しみを和らげ、感情的になっていた私の心を少しずつ冷静にする。

 ハッ、私にはまだやり残したことがある。

 私は医学の研究者だ。医者が不可能なことを可能にする仕事なんだ。

 だから娘の命を助ける方法を見つける。必ず見つけてやる!!


 私は寝る間も惜しんで研究所で研究を続けた。


 それは深夜、私以外誰もいない場所での出来事。

 研究室の中で私は光に包まれる。それはまるで強大な何かを呼び起こす様な……

 その出来事は私の記憶に強烈に印象付いた。


 そしてそれはSTOP細胞を発見した瞬間でもあった。それは力強く細胞分裂を繰り返した。

 実験の結果として癌細胞への対抗力と人間の再生能力では修復出来ない欠損の再生をも可能とした。


「ついに発見した。これで娘の命を助けられる!!」


 私はその細胞を娘に植え付けた。

 時間経過と共に娘の体から癌細胞はいなくなった。そして宣告から2年経った今でも生き続けている。

 私は大切なものを守ることが出来た。また幸せが帰って来る。

 これからも作っていこうね。私は心の底から安堵した。



 それは突然、自宅での出来事。

 娘の部屋から悲鳴が聞こえた。私は急いで娘の元へと向かう。

 腫れた顔。娘の体に異常が起きていた。


 娘を急いで病院へ連れて行き、精密検査する。

 レントゲンの結果、頭部の細胞が異常に細胞分裂している。

 それは脳細胞や頭蓋骨が目に見えて増大していると証明していた。


 この時初めて私はSTOP細胞の危険性を理解する。と同時に既にもう手遅れだった。


 娘は病院のベッドの上でしか生活出来なくなった。


 娘の頭部は日々刻刻と膨張していった。それはまるで風船の様に。

 いつか爆発する。そう思ってしまうのも仕方ない程に。


「お父さん助けて!!」

 私はその肥大化を止める方法を探した。だがその答えはどこにも存在しなかった。

 娘は毎日、恐怖しただろう。あなたの気持ちを共有出来なくてごめんなさい。


 そうしてそれは訪れる。

 私が娘の手を握っている時、娘の甲高い悲鳴と共に頭部が爆発した。周囲には血と脳液と頭蓋骨の破片が飛び散った。

 私が娘を死なせてしまった。大きな罪悪感が私を襲う。


 だが本当の絶望はここから。


 娘の頭部は再生した。まるで時間が巻き戻ったかの様に。

「お父さん私まだ生きてる。どうして!?」


 それは娘にとって恐怖の始まりでしかなかった。

 また頭部が膨張する。そうして爆発する。

 娘は何度も死と蘇生を繰り返した。そうして彼女の言葉は変化する。

「お父さん、私を死なせて!!」


 娘は爆発を何十回も繰り返した後、ようやく死を遂げることが出来た。


 私は冷静ではいられなかった。

 罪を償わなければ。その感情が頭から離れない。

 私は娘に死よりも辛い恐怖と苦痛を与えてしまった。私も同じ苦痛を体験しなければならない。

 だから自身の肉体に悪魔の細胞を植え付けた。


 そうして私も例外なく変化していった。それは日常生活もままならない程に。



 トロル症候群の患者は細胞分裂を繰り返す。だから肥大化するのだ。

 周囲の人間にとってそれは醜悪の象徴。

「その患者に意識はもう無い」

 人間は自らの都合のいい解釈をする。だからそれが決定されたのは当然なことだろう。


 世界中のトロル症候群の患者は一か所に集められる。

 そこは焼却炉。そこに、油がまかれ、火が放たれる。

 遺体を火葬する様に私達も肉体を焼かれる。だが、その細胞の生命力はその火力をも上回った。

 肉が、焦げ、溶け、混ざり合う。それにも関わらず細胞が復活する。

 肉が燃えている熱い、息が出来ない苦しい。焼却炉の中は私達の絶叫が木霊した。


 それから、どれくらいの時間が経ったのか分からない。

 一年か十年か何十年か、私達は焼かれ続けた。

 それでもまだ私の意識はそこにあった。娘への罪を償うために。


 私達の肉体は溶けると当時に混ざり合った。そうしていつしか一つの肉塊へと変化していた。

 その細胞の恐るべき能力。溶けると同時に混ざる、それは決して混ざり合うことの無いものが混ざった。

 それは記憶。私は私以外の患者の、恐怖、悲しみ、苦痛、後悔、屈辱数えきれない程の情報が私の中に流入した。


 それは私一人が絶えられるものでは到底なかった。だから発狂した。


 その瞬間それは訪れた。

「生物に等しく訪れる死よりも更に“過酷な苦痛”を肉体に刻まれる者達よ」

 美しく明瞭な声が響き渡った。




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