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32.黒


 母は無言だった。そうして私と母は家に着く。

 

 家に帰ると母は私の頬を力強く叩いた。いつも優しかった母の初めての暴力。

 私は叱られると思って怯えていた。だけど母は私に対して何も言うことはなかった。

 

 叱ってほしかった。そして私の失敗を許してほしかった。

 だけど母のその行為は私をもう許さないと訴えている様だった。それが私にとって何よりも辛くて心に重く伸し掛かった。


 私は落ち込んだ。そんな私を父は励ましてくれた。

「フレアは失敗したかもしれない、でも悪いことをした訳じゃない。

 この国で一番になった。お父さんはフレアを誇らしいと思っているぞ。

 だからもう落ち込むな」


 私にとってそれは救いの言葉。

 私の居場所はまだここにある。それが嬉しかった。



 それから数日が経ったある日。私は気分転換のため家の外に出た。

 道端の綺麗な花々にいつもの様に話しかけた。それが嫌なことを忘れさせてくれる時間だった。


 そうしていると私の後頭部にズキンと痛みが走り、地面にコロンコロンと何かが落ちる音がした。

 私は急いで後ろを振り返る。

 そこには誰もいなかった。だけどクスクスと誰かの笑い声を聞いた。

 石を投げられた。それは陰湿ないじめの様な行為。


 私は走って家に帰る。

 心の中の黒い何か。それがまた大きくなっている。

 私は嫌なことを全て忘れたくてチェス盤を広げた。


「おじいちゃんが来ない」

 私が一人でもチェスが出来ていた理由。それは祖父が対戦相手として下りて来てくれたから。

 あの日から私は一人でチェスが出来なくなっていた。


 これは私への罰だと思った。


 そうして日々が過ぎていく。私は少しずつ変化に気づいていく。

 ご飯の量が私だけ少ない様な……会話から私だけ除け者にされている様な……


 今になって思えば分かる。私の家族は村から迫害されていたのだ。

 私が陰湿ないじめを受けた様に、家族もまた同様なものを受けていたのだ。

 だから私に対して不満や鬱憤が貯まるのは当然のことだろう。



 そんなある日、いつもより遅い時間に父が帰って来た。

 温和な父がいつもと違う雰囲気だった。

 それは怒りの様な……不満の爆発の様な……


 私は部屋の隅で無意味にチェス盤を広げている。そんな私に向かって父は歩み寄って来る。

 私は心の中で叫んだ。やめて来ないで!!


 父は私の広げているチェス盤取り上げた。

「こんなもののせいだ。これが原因だ!!」


 父はチェス盤と駒の全てを焼却炉に放り込んだ。


 私は涙した。

 私にとって特別な物、特別な思い出。それが大切な家族によって燃やされたのだ。


 その瞬間からたとえ家の中だとしても私の居場所はなくなった。私はチェスの燃やされた焼却炉の前で、全てが燃えるまで泣き崩れた。


 焼却炉の炎が燃え尽きた頃。私は焼却炉を開ける。

 そこは全て灰と化していた。それでも私は手を突っ込んで中を漁る。


 ただ一つの駒だけが残っていた。全身焼け焦げ、頭部が炭化している、それは一見何か分からない。

 私は全ての駒の黄ばみや染み欠けを覚えていた。だからその駒が何であるか分かった。

 それはキング。それだけ特別な物だったんだ。

 


 私はその駒をポケットに入れて。必要な物だけ持って家出した。


 女の子が一人で生きていく。その方法は限られる。

 ああ、もうそこからは思い出したくもない。




 私は自分が生きていくので精一杯だった。だから周りなんて見えていなかった。

 だけどそんなある日、偶然目に入った。一枚のポスター。

 それは絵画コンクール。その最優秀賞者に王女からトロフィーの贈呈式があると書いてあった。


 私はこの瞬間全てを理解した。


 私の心の中を埋め尽くしている黒い何か。これが何であるか。

 それは殺意。ああ、私は殺したいんだ。

 権力者をこの国の王族を。私から、特別なもの、大切な家族、その全てを奪った存在を。

 王族なんて存在しなければよかったんだ。


 だから私の人生の全てを犠牲にしてでも殺してやる!!


 私は全財産を使ってマシンガンを買った。

 贈呈式の前日の夜に会場に忍び込む。そしてロッカーを動かしてその裏になる壁面に、穴を掘りマシンガンを隠した。



 そうして贈呈式に観客の一人として私は参加した。

 私は壇上に立つ女を見る。そこにいるのはツーフラワー=マーリン。

 容姿も服装も美しい女。今まで王族として贅沢な暮らしをしていたんだろ?

 私の家族が迫害された理由。それはお前が原因なんだろ!!


 その女が最優秀賞者にトロフィーを贈呈しようとした瞬間、私はマシンガンを乱射する。

 巻き添えの一人や二人構わない。ただ目の前の女が確実に死ぬように何度も連射した。


 そうして私は警備員に取り押さえられ、殺人者として監獄に閉じ込められた。

 私は王女を殺した罪で死刑になるだろう。それでも構わない。

 今の私は心の中の殺意が綺麗に無くなっている。だから穏やかなんだ。



 私が監獄で死を待つ間、一人の看守が私に話しかけてきた。

「お前が殺そうとした王女様は治療により一命は取り留めたよ。

 少しは罪が軽くなるかもな、よかったな」


 私は絶句した。それと同時に消えていた心の中の黒いものがより強大な波となり押し寄せて来る。

 私の人生の全てを壊したあの女を殺せなかったのか……

 今まで辛かった。必死に生きて来た。

 それに耐えた理由はあの女を殺すためだったんだ。それが出来なかったなんて。

 

 私の視界は真っ黒に染まっていく。心の中の黒いものが理性を破壊する。

 私は心の中で絶叫する。

 ああ、私は何のために辛い人生を歩んで来たの!?何のために生まれてきたの!?


 それは全ての駒が初期位置にあるチェス盤。その中の一駒がひとりでに動いた様に訪れた。

「生物に等しく訪れる死よりも更に“過酷な苦痛”を肉体に刻まれる者達よ」

 美しく明瞭な声が響き渡った。


  


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