28.盾
眼前に建物が見えた時、私は走るのを止め自然な動きの歩行に変更した。
それは黒焼きのレンガなのだろう。視界に収まりきらないほど黒い防壁が広く長く存在していた。
それにも関わらず防壁の外側に民家が集落の様に密集している。
近づいて見て分かったこと。
そこは今にも朽ちそうな木材と石とボロボロの布で造られた今にも壊れそうな家々。そして汚物臭や腐敗臭があたりに立ち込めている。
ここはまるでスラム。
何らかの理由で防壁の中に入ることの出来ない者達。住む場所の無い彼らにとって唯一の溜まり場。
私の心はざわめく。
抑えなければ、私はまだ何も知らないのだから。邪推や憶測で判断を下すべきではない。
あの防壁の中に入れば分かること。だからそれまでこの気持ちを抑えて!!
遠目に映るのは防壁の入り口。あそこに行こう。
その時防壁の中から数人が出て来る。二十人の鎧姿の衛士と高貴な服装をした中年男性。
遠く離れた私に聞こえる程、大きな声でその中年男性は衛士に命令する。
「チッ、まーた、こんなにもゴミ共が住み着きやがって。こんなボロボロなゴミ屋敷建てられては景観を損なう。
お前ら生きとる人間は全員捉えて我輩の前に跪かせろ!!好き勝手に建てられたゴミは全部燃やせ!!」
「「ハッ」」
その言葉は余りにも残酷だった。それ故に頭が真っ白になり内容の全てを理解することが出来なかった。
私はただ見ることにした。これから行われる全てを。
衛士は武器を片手にボロボロの住宅に入って行く。そして悲鳴やすすり泣く声が聞こえる。
その後衛士がボロ布を着ただけのガリガリに痩せ細った人間を拘束して出てくる。更に追い打ちを掛けるように家に火を放つ。
そうして何件もの家々が燃やされ辺りは炎で包まれる。何人もの人間が中年男性の前に拘束され跪かされていく。
そうして中年男性は跪いている人間を一人ずつ一瞥して、その言葉を放つ。
「痩せた男と老人は使い物にならん、殺してゴミと一緒に燃やせ。
労働力になりそうな男と女はこのまま奴隷商に売りに出す」
私は心が痛い。ああ、引き裂かれそうな程に。
今まで住人の気持ちを踏みにじる残酷な行為をしているのに、更にその中年の男は言ったのだ。
人間の命を選別する言葉を。そればかりかこの世界には存在するのだ……
どうしてそんなに残酷でいられるの!?
それの答えは、衛士達は権力者を盾にしているから、権力者は自らの権力を盾にしているから。
私は全てを理解した。
なぜ私が転移者として選ばれたのか。それは前世の私が廃止を試みて断念したものがあるから。
なぜこの世界なのか。それはこの世界が権力の集中と格差の存在する世界だから。
私が生まれて来た理由。ああ、ここにあったんだ。
神様ありがとうございます。私にその答えを教授して頂いて。
私はその場で両手の指を組んで祈る。
私に授けられた能力。そしてこの使い道。
それは格差を是正するために使用しなければならない。
武力による解決。私の能力を使い格差を無くす方法はそれしか存在しない。
彼らは勘違いしているのだ。権力が絶対的なものだと。
そして知らないのだ。権力よりも“神”が絶対であると。
彼らが権力を盾にして残酷でいるならば。
私も残酷でいよう。神の力を盾にして。
だから権力者、それらに従う者、全て抹殺する!!
人間の命を選別するのは私だ。お前らは命を選別する権利などもうない。
それは目の前で残酷な行為をしているお前らを私が許さない、生きることを許さないから。
「だから殺す!!」
私はゆっくりと彼らに近づく。
私の声と近づいて来る私の姿。これにより彼らは私に気付く。
「ほう、上玉の女がいるじゃないか。あいつも捉えよ」
中年の男は私を見ると下卑た笑みで衛士に命令する。
私は深く息を吸い込む。
衛士達は私を取り押さえようとする。
だがそれは困惑へと変わる。私に触れることすら出来ないのだから。
君達の相手は後にしてあげるよ。
私は中年の男に向かって勢い良く跳躍し肉薄する。その男はさぞ驚いたのだろう、一瞬怯えた表情をする。
私は男の額を右手で触れ<完全なる透過制御>発動する。
発動後の変化は瞬きをするよりも早かった。
その男は首から、下がズボリと地面に埋まり、上が地面に置かれた生首の様になった。
男は何が起こったか分からない顔をした後、息を吸い込む。そうしてその男は一瞬にして気絶した。
それを私は凝視し見逃さなかった。
今の私は残酷。だから人間の命を実験に使うこともいとわない。
私は能力でこの男の首から下だけ霊体に変えた。たとえ首から上が現体であったとしても吸い込む空気も現体、肺が霊体なのだから空気が肺まで供給されることはない。
私の予想通り霊体空間では酸素が存在しないのだろう。彼は酸素欠乏により気絶した。
ただこう空気の流れを想像してみると一つの疑問が出る。
人間の血液はどうなるんだ?
私は男の髪の毛を掴む。そして持ち上げる。
女である私でも簡単に出来る。首から下の重さが存在しないのだから。
それは傍から見れば、地面に植わった大根を引き抜くよりも軽々と持ち上げた様に見えただろう。
私は目線を下に向ける。そこには血の一滴も垂れていなかった。
この男の今の状態は首から、上が現体、下が霊体、その境目が相互干渉体である。
おかしい点がある。
人間の血液は常に循環している。その血液もまた私の能力によって現体と霊体に分かれた筈だ。
だとするとこの男の頭部にあった血液が循環の過程で首から下に流れる時、霊体である体を通り抜けて垂れ流しになるのではないか?
仮にこの男の心臓が私の能力の発動と同時に止まり血液の循環がなくなったとしても。頭部に残留する血液は重力により落下する筈である。
そうならない原因や理由を探るとするならば……
現体と霊体の境目にある相互干渉体が特殊な役割をしていると考えられる。
例えば変換器。現体の血液が相互干渉体を通る過程で霊体へと変換されるとすれば解決する。
だがこの考え方も更なる疑問を出す。
男が吸い込む空気は変換されず、血液は変換される。この矛盾。
例えばフィルター。何を変換、するか、しなかそれを選べる様な……
試してみよう。このクズ人間にそんなもの必要ない!!
私は再度この男に<完全なる透過制御>発動する。
発動の瞬間、男の血液が首から下へバシャバシャと飛び散った。
ふむ、やってみれば出来るものだな。便利な機能だ。
これで私の体への部分的な透過の適用と外敵への適用を使い分けることが出来ると知った。
実験が終わった私は首を上げ、周りを見渡す。
そこには衛士達がギョッとした顔で私を見ていた。




