23.繋がり
スティングは地下牢から出て行った。
残されたアフロディテに出来ることは何もない。ただ彼女は無意味と知っていながらもやっている。
彼女の右手の甲には一枚の布切れが張り付いている。それは女剣士宿舎の侵入に際して事前に打ち合わせしていたことがあるからだ。
万が一想定外の出来事があった場合、互いに知らせ合う必要がある。前世でいう通信手段のないこの世界で、距離の離れた相手に対して情報を発信するのは容易ではない。
だが二人は互いの能力の発動と解除を用いてそれを可能としていた。
彼女の右手にあるそれはハヤトの能力によって絶対に剥がれないものになった布切れ。
それがそこにある理由。それはハヤトがアフロディテに対して“緊急事態撤退”を伝えたい場合に能力が解除され布切れが剥がれる、その意思表示だ。
今彼女の右手のそれはもう何の意味もないもの。しかしアフロディテにとって唯一のハヤトとの繋がり。
だから彼女は右手の甲の布切れを口に添え、ただ目を瞑っている。
王都ベルその都心酒場の一角でハヤトは酒を飲んでいる。
俺は今回の一件について最良の結果になったと自覚している。その考えは今でも変わらない。
ただ心の奥深くで何かが俺に叫び続けているんだ。
それが何なのか、取り返しのつかなくなる前にその答えを導き出さなければならない。
俺がフロディに対する印象。それは最悪最低なもの。
彼女は俺の前世の苦痛を嘲笑ったのだ。それは今でも許せない。
ただ俺達が宿舎で追い詰められた時、彼女が俺への能力を解除してくれたお陰で今俺がここで平穏に生きている。それは彼女に俺の命が救われたという意味ではないのか?
その捉え方も出来る。だが裏を返せば違う意味になる。
あの場では俺が逃げるしか選択肢は存在しなかった。だからフロディにとって後から救出してくれとの打算的な考えがあったのだろう。
あの場面で俺を助けてくれた。そんなものは俺にとって絶対に彼女を救出する理由になり得ない!!
では俺のこの感情は何なんだ?
それよりもっと前にその理由があるのかもしれない。
俺は目を閉じ、彼女と初めて出会った場面を想像する。そこに映るのは、ひざを折り盲目になった俺と剣を構えるフロディ。
そして彼女はこう言った。『お前の前世は何だった?』
俺は返答する。『冤罪の死刑囚』
そうその場面だ。
彼女が俺に質問を投げ掛けることもなく首を切断していれば、既に俺は死んでいただろう。
それはつまり彼女が俺に質問をしてくれたお陰で、俺の命が救われたということ。
もう一度目を閉じる
『お前の前世は何だった?冤罪の死刑囚』
疑問はそこなんだ。なぜ俺の前世を知る必要があった?
本当に最悪最低な人間なら即刻即断で首を落としていた筈なんだ。
それは何でなんだ!?
ハヤトはその答えが出せずにいる。
剣修院地下牢にアフロディテはまだそこにいる。
彼女の姿勢は変わらない。ただ右手の甲の布切れに口を添え、目を瞑っている。
助けて!!
彼女は声の届かない相手に必死に叫んでいる。
同刻、都心酒場の一角にて一人の男が立ち上がっていた。
その目は鋭く。覚悟か決まったことを意味する。
俺の答え。
それは“背負う”ということ。彼女は今から殺す転移者の前世を聞いてそれを背負おうとしたんだ。
それは彼女の優しさ。だから俺は生き延びた。
一度だけフロディを助ける!!
ハヤトが決意した瞬間だった。
ここは剣修院宿舎の一室。
目の前に机がある。そしてその上に一枚の羊皮紙が置いてある。
どうやら日記の様だ。不躾ながら覗いてみよう。
『 のぞんでない ふるえる剣
気付かされた のこされたもの
陽の光に照らされた トリカブトの美しい
その一輪の花によく似た ノゾミの笑顔 』 著者:スティング
第二週:6日目
そこには王族剣修院街道を一台の馬車が走っている。
そこにいるのはノゾミ、スティング。そして後ろ手に拘束されたアフロディテ。
この国の重鎮、剣聖を殺したとしてアフロディテは国王の前で処刑が決定している。故に王族貴族区へと向かっているのだ。
その街道は片側が防壁、反対側は雑木林になっている。人気の無い街道。
ハヤトは待っていた。
<無限の摩擦力>この能力のもう一つの性質。それは発動した対象物と離れた時、その方角が何となく分かるというもの。
アフロディテの右手の甲に貼り付けた対象物が移動する。それは彼女が護送されるという意味。
ハヤトはその予想を的中させた。そしてこのタイミングがアフロディテを救出するチャンスであると判断している。
故にハヤト馬に乗り馬車へと近付く。
それに最初に気づいたのはスティング。そして追手の顔を見て気付く。
あの時の奴隷だと。
スティングはノゾミにも状況を伝える。それを聞いてノゾミはその男を迎え撃とうと動き出す。
それをスティングが静止させる。
彼には思いがあった。
俺は大切な人、母上を守れなかった。そんな時ノゾミが傍にいてくれて救われたんだ。
最後の母上の望みを叶えたい。だからノゾミだけは絶対に守る。
「俺があいつを止める。だから先に進んでくれ!!」
彼はその時言わねばならない気がした。
「ノゾミこれが終わったら結婚しよう」
ノゾミは少し驚いて、いつもの様に微笑む。
「はい」
そして付け加えられるノゾミの思い。
「死なないで!!」
スティングはそれに覚悟を持って頷く。




