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22.胸騒ぎ


 ハヤトは今の状況を冷静に分析する。そしてこの時ようやく眼前の女が転移者であると気付いた。

 俺は今剣を突き付けられていて動けば殺される。

 仮に後ろの人間の言う通りにしたとしても、目の前の女は俺達が転移者であると直ぐに気付くだろう。

 そうなれば俺達二人は殺される。


 動けば殺され、動かなくともいずれ殺される。こんなところで終わりなのか……

 

 そう絶望した瞬間だった。ハヤトの纏っていた漆黒が消える。


 ノゾミとスティングにとって姿の見えない存在が突如として姿を現した、それは彼女らの警戒をより一層強めるものとなる。


 ハヤトは敵対者の微細な変化を見逃さなかった。

 漆黒が取れている。そう気づく。

 そしてその意味を瞬時に理解する。

 生き残る方法はこれしかない。自身を偽り演じるんだ。


「頼む、命だけは助けてください」

 そう言ってハヤトは胸元の隷属魔法陣を目の前の女に見せつける。


「俺は絶対服従の命令されているんだ。そいつの命令に逆らえばこの魔法陣が俺の肉を焦がす。

 人殺しなんかやりたくない。そいつが死ねば俺は奴隷から解放される。

 だから、お願いします、お願いします」


 ハヤトは演じる。惨めな奴隷を。

 泥水をすすってでも生き抜く。そう決意しているハヤトにとってプライドなど存在しなかった。

 

 その姿を見たノゾミは心を痛めた。この世界に奴隷がいると今この時初めて知ったのだ。

「スティングさん、彼を解放して頂けませんか?」


 スティングもノゾミの悲しみの表情とハヤトの哀れな姿を見て、突き付けていた剣を収める。

「行け、もうここに戻って来るな」


 そうしてハヤトは解放される。そして女剣士宿舎から暗闇に向かって走って出て行く。



 ハヤトはこの時思いを巡らせる。

 今この状況は俺にとって最良の結果と言えるだろう。偉業を成す義務を達成し、隷属契約の主となっているフロディが殺されるのだから。

 だがなぜだろう。胸の奥で何かが騒いでいる様な……



 スティングは女剣士宿舎に何者かが侵入しそれを捉えた、これは母に報告する必要があると判断する。そうして二階の母の部屋へと向かう。

 そして気づく、部屋の扉が開け放たれていると。


 スティングは心の中で胸騒ぎがする。そして急いで部屋に駆け込む。

 その目に映る光景は……


 そこにはリストが倒れている。その喉元は刃物で切り裂かれていた。

 もう死んでいるのだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 スティングにとって唯一の家族。その母が死んでいる。

 それは彼に悲しい現実を突き付ける。


 その現場にノゾミも居合わせた。

 ノゾミもまた深い悲しみを抱く。それと同時に思う。

 私のせいだ。私が転移者同士の争いにブラッド一族を巻き込んでしまった。

 私はここからいなくなるべきだ。でももう既に巻き込んでしまっているのに、ごめんなさいでいなくなるのはあまりにも無責任。

 私はどうしたら……


 彼女の眼前には母を抱くスティングがただ泣き崩れている。


 私は彼の悲しみや孤独を分かち合わなければならない。彼を傍で支える。

 それがノゾミの決意。



 スティングは朝まで泣き続け、ノゾミは彼の傍を決して離れなかった。


 そうして剣修院に五代目剣聖の死という不幸の知らせが訪れる。

 彼女を尊敬し慕っていた多くの者が悲しみながら、リスト=ブラッドは埋葬された。




 アフロディテは剣修院の地下牢に閉じ込められていた。


 彼女は一つの選択を迫られていた。

 私に残された選択。それは、素顔を隠すか、能力を隠すか……


 私の答えは能力を隠す。

 素顔を知られたとしても能力によって素顔を隠すことは可能。

 能力が知られた場合、たとえ素顔を知られていなかったとしても外敵に対策や罠を講じる手段を与えることになる。それは、敵対する転移者の殺害、自身の防衛を困難にする。

 その判断から今アフロディテは纏っていた漆黒を解除した。



 そうして何者かが地下牢へと踏み込んで来る足音が聞こえる。

 それはスティング。彼は激怒していた。

 そしてアフロディテに対し絶対に聞かなければならないことがあった。


 彼はアフロディテの牢屋の前で立ち止まる。

「お前が母上を殺したのか?」

 それは殺気の混じった冷徹な声。


 アフロディテは困惑する。

 それもその筈。彼女はノゾミの部屋の中での出来事しか知らないのだから。

 眼前の男の母が、女剣士宿舎にいたことも、そして死んでいることも。彼女には知る由もないこと。

 しかし彼女は容易く連想する。

 彼女の知らない場所での出来事。それはつまり同じ実行犯であるハヤトの所業であると。

 彼女は思考する。その本当の答えは“違う”だ。しかし目の前の男の怒りの矛先を私自身に向けることは、結果として私の生存率を高めることに繋がる。


 だからなんの感情も含まず言う。

「そうだ」


 スティングはアフロディテの態度、そしてその発言に更に激高する。だから言ってしまう。

「この化け物め!!」


 アフロディテにとってそれは言われても当然のこと。

 だがそれと同時に疑問に思う。それを口に出す。

「あなたにとって私は化け物かもしれない、だけどあなたの傍にいる女と私は何が違う?

 その本質は一緒だ!!」


 それは至極全うな答えなのだ。そしてその言葉はスティングに深く突き刺さる。

 彼も同様にノゾミに対し化け物という印象を抱いてしまっていたのだから。


 スティングが、何を思い、何を考えるのか。それは彼のみぞ知ること。

 ただ一つだけ言えること。状況が違うのだ。




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