21.接触
第二週:5日目
時刻は深夜。剣修院の女剣士宿舎、その一室でノゾミが蝋燭に火を灯し机の上に向かっている。
彼女は自覚している。転移者である彼女が剣修院に留まるということは、転移者同士の争いにブラッド一族を巻き込むことを意味する。
それがブラッド一族にとって良いことなのか悪いことなのか、その答えが出せずにいる。
それにも関わらず彼女は行動しているのだ。ブラッド一族と関わること、そして剣聖として恥ずかしくない様に、必死に文字を勉強している。
それは彼女の精神年齢が幼い故だろう。
時を同じくして女剣士宿舎の外に人影が二つある。
彼らは見ているのだ。女剣士宿舎、その室内からカーテン越しに蝋燭の光が漏れている部屋を。
同様の部屋がもう一つある。それは一階の手前の部屋と二階の奥の部屋。
その人影はハヤトとアフロディテ。
彼らは既にブラウニーと接触していた。そして彼女から三つを得ている。
一つ目は剣聖の居場所。この女剣士宿舎のどこかに転移者がいると知っている。
ただしブラウニーはノゾミの部屋の詳しい場所までは知らなかった。故に彼らは計画する、室内の人間が起きている可能性が高いその二部屋の住人から先に殺すことを。
二つ目は女剣士宿舎の玄関の鍵。そうして易々と二人は建物内に侵入することが出来た。
階段を上る際音が出る可能性がある。よって能力により音を立てずに壁面を上がれるハヤトが二階を、一階をアフロディテが担当する。
三つ目は各部屋の扉の鍵の仕組みについて。
ブラウニーは時折同じ宿舎の人間から盗みを働いていた。だから知っているのだ、鍵の開け方を。
必要なのは薄く堅い板状の物。前世で例えるならばクレジットカード。
やり方は簡単、それを扉と壁の隙間に差し込む、そして上に向かってスッと持ち上げる。すると扉に掛かっていた閂が外れる。
そうして扉は開かれる。音を立てずにゆっくりと。
その瞬間ノゾミは振り返る。そして気付く。
何者かが扉を開いた。そして見えない存在の殺気を。
彼女の行動は速かった。ただ、武器を構えるでもなく、臨戦態勢になるでもなく。
一枚の葉っぱを口に当てる。
アフロディテとってその行動の意味は知る由もないこと。
同刻、ハヤトもまた音を立てずに扉を開ける。
ただ彼らは誤算があった。
この女剣士宿舎には二人剣聖が住んでいる。そしてこの部屋の住人はリスト=ブラッド。
因果応報、彼女はこの時間まで報告書を読んでいた。それはフルートとハープの虐殺事件について。
リストもまた気付く、何者かが扉を開け、その奥に姿の見えない何かが潜んでいると。
彼女は考えるよりも行動が速かった。机の傍に立て掛けてある直剣構える。
攻撃が最大の防御。彼女は見えない何者かに剣を振り下ろす。
ゴツンという金属同士の衝突音がする。
それでもリストが出来ることは一つ、再度剣戟を繰り出すのみ。
剣を引き戻した瞬間彼女は直感する。剣の、重さと、重心が変わっていると。
ハヤトは盾を構えていた。そしてリストの直剣と盾が接触した瞬間<無限の摩擦力>発動した。
この瞬間リストの直剣は使い物にならなくなった。
リストは瞬時に、武器を手放し、拳を叩き込む。それは一瞬の迷いもなき行動。
故に直撃する。ハヤトへ重いボディブローが!!
ドスンという鈍い音がする。
ハヤトにとって肺の中から全ての空気がなくなった、それ程人生で最も重い一撃を食らった。そう実感しただろう。
だが同時にハヤトはリストへ触れたのだ。それは彼女を床面へと縫い付けたことを意味する。
武器も無く、動くことさえ出来ないリストは、ただ喉元をナイフで切り裂かれるのを待つことしか出来なかった。
その瞬間ハヤトはファンファーレの鳴る音を聞く。そして瞼の奥の文字を確認する。
・称号:<殺人(五代目剣聖)>
アフロディテもまたノゾミと対峙している。
アフロディテはブラウニーから剣聖の容姿を聞いている、故に眼前の女が転移者であると既に確信していた。
そして今なお武器を構えていないノゾミの姿を見てアフロディテは決断する。
私は自身の能力に絶対的な自信を持っている。武器も持たずに私に勝てるのかな?
今の私に対応なんて出来る筈がない。さっきの不可思議な行動、それが誤りであったことを後悔して死ね!!
二人は事前に転移者と接触した場合、合流するまで待つことを計画していた。それを無視してアフロディテは突き進む。
ノゾミのとった行動。それは攻撃でも回避でもなかった。
見えない存在を見る方法。ベッドのシーツを捲り上げ覆い被せる様に投げたのだ。
そうして露わになる。アフロディテの、姿、形が。
その後の行動はノゾミの早業、ベッドの傍に立て掛けていた弓と矢を、番え、引き、放つ。何者かの胴体へ!!
それはブスリという音を立てた。
シーツ越しにアフロディテの胴体へと直撃し、鎧を貫き鏃が深々と突き刺さった。
アフロディテにとってたった一本の矢が体に刺さった程度で折れる軟な心など持ち合わせていない。たとえ四肢を一部を失ったとしても戦い抜く、その覚悟は出来ている。
しかし既に勝負は決しているのだ。
アフロディテが立ち上がろうとした瞬間、異変に気付く。
体が思うように動かない……
ノゾミの放った矢の先端には即効性の毒が塗られていたのだ。その症状は、眩暈や吐き気、全身の麻痺。
それはトリカブト。
ハヤトは一階へ降り、もう一つの部屋へと向かう。
そして到着する。その目に映るのは。
弓を構えた一人の女とシーツで覆われた人影が倒れている。
その倒れた人影には一本の矢が射られており、シーツを赤く染めている。その存在が動く気配はない。
なにが起きているんだ……
ハヤトはこの状況が理解出来なかった。
それでもハヤトは決意する。
目の前の女を殺るしかない。そして今の俺はそれが出来る!!
その瞬間。
「動くな、動くと殺す!!」
既に後ろに人がいた。そしてそいつはハヤト喉元に剣を突き付けている。
そこにいるのは草笛の音色を聞きつけたスティング。




