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19.真意


 彼女は母上の筋肉隆々とした肉体を見つめていた。その様子から何か考えごとをしていると俺は推察する。

 おそらく彼女の中で母上に勝つための方法を導き出しているのだろう。俺が彼女の立場に立って考えるとするならば。

『受け身に回ったら負ける、勝つには攻めるしかない』とでも思うのだろうか。


 そうして互いに間合いの届かない位置で対面する。


 そして始まる。審判の掛け声で。

「始めっ!!」


 彼女は恐ろしく早い瞬発力で母上に肉薄する。

 そして振り下ろす。あのひと振りを。


 母上はそれを木剣で受け止める。

 それでも彼女は流れる様な動作で剣戟を繰り出す。剣戟と剣戟の隙が微塵もない程流麗に。


 母上が追い詰められ、彼女がイケるそう思い油断した瞬間。

 彼女の木剣は折れていた。


「まいりました」

 彼女は敗北を宣言する。


 母上が唯一彼女に勝てる方法。それは経験の差を利用すること。

 彼女は想定すらしなかっただろう。木剣が折れることを。

 母上は彼女の木剣を折ったのだ。その膂力でもってして。

 それしか勝ち目がなかったのだから……


 彼女はがっかりしている様子だった。

 しかし剣修院にいる剣士たちは今頃になり、ようやく彼女の実力を知り驚愕している様子だった。


「スティング次はお前が模擬戦をしろ」

 母上は俺にそう言葉を投げかけた。


 俺はその言葉の真意を考える。

 それは俺が他の奴らに陰口をいわれている。その現状に対する返答をこの場で奴らに見せつけろということなのだろう。

 俺が今までしてきた努力や追求それを証明する最大のチャンス。


 だが別の捉え方も出来る。

 お前じゃ勝てない、負けを知ろとも……


 俺は彼女と試合する。



 あっさりと負けた。

 端的に言ってしまえば、彼女に間合いに入られてしまえば反撃のする機会もなく速度で圧倒された。

 俺は防戦一方になり、そのままずるずると負けた。


 今この瞬間俺は天才でも良質な血統を継いだ訳ではないと自覚する。彼女こそが本当の天才なのだと。



 母上は俺を一瞥することなく彼女に話しかける。

「おまえは剣聖に勝った。お前の目的はなんだい?」


 彼女はにこやかな笑顔で言う

「はい、私に称号を頂けませんか?」


 母上は目を閉じる

「おまえの名前はなんだ?」

「私はノゾミです」


 そして再び目を開け言葉を放つ。

「ノゾミお前をこれより『六代目剣聖』とする」


 多くの剣士が興奮したのだろう叫びを上げる。


 その最中俺は母上の発言のその真意を感じ取っていた。

 『六代目剣聖』この呼び名が複数人に対して使われることはない。それはつまり俺の元から『剣聖』が剥奪されたことを意味する。

 そしてもう一つ……


 母上はノゾミに問いかける

「ノゾミ頼みがある、ここにいてくれないか?」


「はい、私もそれをお願いしようと思っていました」

 そう言って彼女は微笑んだ。


 こうして新しい剣聖が生まれた。




 母上の望みはもう一つあった。それは俺が誰かと婚姻し幸せな家庭を作ること。


 そのために貴族令嬢からお見合い話を持って来ることが多々あった。俺は母上の意向に従いその話を断らず、全てにおいて相手と対面した。

 

 そしてその度に俺はあることを思う。

 一流の剣士同士の戦いにおいて相手の心を読む、これもまた必須となる。俺は剣士として長い間そこに身を置いていた以上、染みついてしまっているのだ。

 そしてそれは貴族令嬢と対面した時も同様だ。心を読んでしまう。


 彼女らは貴族の娘として大事に育てられた。その過程であること教えられる。

 それは貴族と平民の身分の違いについて。そして誰もが平民に対する差別意識を持つ。

 俺は貴族でも何でもないただの平民なのだ。それにも関わらず彼女らは喜々として俺に寄って来る。

 それはなぜだ?その答えは俺に寄って来ている訳じゃない、俺の『六代目剣聖』という肩書に寄って来ているんだ!!

 彼女らは見ていないのだ。俺という人間の中身をその本質を。

 

 では同じ剣修院の女剣士はどうだ?

 それは母上が絶対に許さない。自身がその過程を辿っているからなのだろう、険しい道のりだと母上が体験している。

 そしてこの剣修院に母上の認める女剣士は誰一人として存在しない。



 ノゾミに対して母上が『六代目剣聖』その称号を授けたもう一つの意味。

 それは俺とノゾミを結ばせたい。そういう意味が込められているのだ。


 あまりにも当事者の気持ちを度外視した考えだと思う。

 だが母上はそういう生き方をしてきたのだ。それを俺が変えることは出来ない。


 俺はそれに従えるのか?

 俺はノゾミに負けたにも関わらず“悔しい”という感情を抱かなかった。

 それは一度思ってしまったからだ。彼女は怪物、化け物、人ならざる存在であると。


 彼女のあの練習風景は、俺が今まで積み重ねてきた努力や苦悩の全てを崩壊させるものだった。

 そんな人間と一緒になれと?

 俺は心の中が拒絶反応で満たされていることを自覚している。それにも関わらずここでも俺の臆病や思い切りのなさが全面に出てしまう。


 ノゾミの考えは分からない。だが一度だけは彼女とお見合いという形で対面することになるだろう。


 俺は奥歯を噛み締める。




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