14.メリット
その男は立ち止まっていた。
ひざを折り両手で後頭部を押さえている。それは降伏を意味するポーズ。
そいつにとって何かの策略があるのだろう。私は陰からじっと見つめる。
「そこにいるんだろ!!」
私は言葉を発しない。先ほどと同じ過ちを繰り返さないために。
その男は、長い沈黙と、攻撃がないことから私が近くにいると判断したのだろう。一人で話し始めた。
「これは一方的なお願いだ」
断る。それが私の答え。
「あんたに俺の生殺与奪権を与えるよ。だから奴隷にしてくれ。
この世界には隷属魔法というものが存在している」
それは私も知っている。だが奴隷になることに何のメリットがある!?
話し合いの余地は……あるかもしれない。
その男に位置を知られても対応出来る距離に離れてから私は質問する。
「それで私が何のメリットを得る?」
「ああ、あんたにメリットは存在するよ。
俺を奴隷にして今週の偉業を成す義務を手伝ってくれ。そして翌週の初日に俺を殺せばいい。
そうすればあんたは、翌週の7日間丸々フリーで動ける。これはメリットの筈だが?」
「その答えだけでは気に食わない。お前の狙い、その本質は何だ。
お前はその行為で何のメリットを得る?」
「前世で酷い経験をしたなら分かるだろ。この世界に一日でも長くいたいんだ!!」
なるほど私には無い発想だ。
「ただしこれもまたお願いだ。三つだけ契約に条件を付け加えてほしい」
その条件の内容によってはこの交渉は破棄だ。覚悟して発言しろよ。
「一つ目は、俺が自ら死ぬと分かっている様な場所に向かわせる命令はしないでくれ。
二つ目は、助言や提案をする発言権をくれ。その発言内容を了承するかどうかはあんたが判断してくれて構わない。
三つ目は、もしあんたが死んで、俺が生きていた場合、奴隷契約が解除されるようにしてくれ」
翌週の初日に私がこいつを殺すことは確定事項。ならこの三つの条件全てが意味を成さない。
それを理解して発言しているのか?
私が得られるメリットは大きい。
「OK、その契約了承しよう」
私はそいつの背後に行き再度<完全なる光彩の消失>発動する。
「隷属契約が取り交わされるまで、お前の視力は封印させて貰う」
「ああ、それで構わない」
奴隷契約をするために私達はドラムを目指すことにした。
そいつは馬の扱いに慣れていると言ったので馬車の御者をさせる。
フルートの町でかき集めた金品を荷台に乗せ、私達はドラムへと出発する。
太陽が真上の位置にある頃に私達はドラムに到着する。
到着の直前そいつは言った。
「あんたの体は血が付着して汚れている。町の中でも能力を使う訳にはいかないだろ。
俺のクロークを渡すよ。フードを被って汚れを隠しな」
確かにその通り、素直に従う。
そいつは隷属魔法を扱う店の場所を知っていた。
その店の中は薄暗く、そして奥にはいくつもの牢屋が存在していた。
中から老婆が現れる。
「おやおや、いかがなさいましたか?質のいい奴隷なら揃えておりますよ」
「いや違う、私の隣にいるこいつと隷属契約を交わしたい」
「かしこまりました。大銀貨1枚ですが、よろしいですか?」
私は町から強奪した金品の中からサイズの大きい銀貨を取り出して渡す。
「貴方様と奴隷のお名前を伺います」
「私はアフロディテ」
「俺はハヤト」
この時初めてお互いが名前を知った。
「では、奴隷はこちらに」
そういうと男は服を脱がされ上半身を裸にされる。
目に付くのは私が男の肉体を切り裂いた傷、それは痛々しいまでに残っていた。
既に血は止まっている。
老婆は針で男の血を採決する。私も同じ様に針で指先に傷をつけ血を差し出す。
次に老婆は私の血と男の血を塗料に混ぜ合わせる。そしてその塗料で男の胸元に拳大の魔法陣を書き出す。
「最後は呪文を詠唱するだけでございます。契約内容はどのようなものかお決まりでしょうか?」
「一般的な隷属契約と同じでいい。ただし三つほど条件を加えてほしい」
それを伝えると老婆は頷き詠唱する。
「アフロディテに対しハヤトは絶対服従の誓いを立てるものとする“アグリーメント”」
契約の内容は以下の通り。
1.ハヤトはアフロディテの命令に対し絶対服従である。
2.アフロディテはハヤトを殺害しても罪に問われない。
3.アフロディテがハヤトに対し死ぬことが分かっている様な場所に行く命令をしても、隷属魔法の効力は発揮されない。
4.ハヤトはアフロディテに対し助言や提案をする権利を有する。
5.アフロディテが死亡しハヤトが生存している状況が発生した場合、隷属契約は破棄される。
私は老婆に問い掛ける。
「もしそいつが契約内容に違反した行動をとった場合、どの様な隷属魔法の効果が発揮される?」
「はい、胸元の魔法陣が発光し肉を焦がす様な激痛を与えます」
「分かった」
そうして私と男の隷属契約は成立した。この瞬間男の視力を奪っていた能力を解除する。
死んだ魚の目。それが視力の回復したそいつの目。
お前はもう死んでいるのも同然。だから今のお前にお似合いだ。ハハハ。
私達は移動する。ハープの町へ。
そしてこの一週間で『フルートの町』『ハープの町』から人がいなくなった。




