01.プロローグ
ここは裁判所。
俺は舞台の中央にいる。犯罪者として……
見つめる先には裁判長がいて、その瞳に映るのは俺。
その目は俺を見下している。そしてそいつは言葉を放つ。
「立花隼人は有罪『死刑』とする」
その言葉は俺の心に最も奥深く突き刺さり、人生をどん底まで落とした。
突然世界に濁流が流れ込む。俺はそれに飲み込まれ、ぐちゃぐちゃにかき乱される。
息が出来ない、苦しい、死にたくない……
その時救いの手が差し伸べられる様に強い光が射し込む。
あぁ、あそこが水面だ。
体が、上手く動かなくても、苦しくてもそこに向かって必死に泳ぐ。
泳げば泳ぐほど光が強くなる。同時に俺の体は疲れて動きが鈍くなる。
もうすぐだ、諦めるな!!
全ての力を振り絞り水面から顔を出した瞬間――
俺の両目が勢いよく見開かれ、飛び起きる。俺の体は水の中にいたかの様にぐっしょりと汗をかいている。
今俺の目に映るのは、コンクリートの壁、鉄の格子。ここは“現実”で俺の牢屋。
「また夢だ……クソ」
この夢は何度も見ている。それは俺が実際に死刑囚であり死刑宣告をされたからだ。
ただの記憶の焼き回しに過ぎない。それでも何度見ても心を握り潰された気分になる。
俺はただのサラリーマンだった。犯罪なんてやっていない。
3年前、国の重要機密文書がハッキングされた。これにより軍事機密や政治機密が流出しこの国は大騒ぎになった。
捜査の結果、俺の自宅のパソコンから何故か足跡が見つかる。
最初はすぐに疑いが晴れると思った。なぜなら俺はパソコンで動画を見るぐらいしか使わない。
パソコンが押収され俺への本格的な捜査が始まった時、無実の証拠が出ると確信していた。それでもとんとん拍子で俺が犯人であると決めつけられていった。
プログラミングなんて学んだことの無い俺にとって疑いに反論する術がまるで無かった。
この国が威信を守るため犯人を仕立て上げたのか、真犯人の偽造が完璧だったのか……
おそらく両方だろう。
俺は冤罪だ。この秩序の乱れた国の裁きによって殺される。
今はただ無常にも刑執行の時を待つことしか出来ない。
コツンコツンと硬い靴を履いた看守が通路を歩いて来る音が聞こえる。顔なじみの看守ならただの見回りだ。
俺はその音源へ顔を向ける。そこで歩いているのは腰が少し曲がった老人。
俺は以前こいつに一度だけ会った事がある。
そしてこれから何が起こるのか直感する。一瞬にして体が震え寒気がする。
怖い、悔しい、胸が苦しい、負の感情が自分を襲う。しかしそれと同時に心の奥底で壮絶な戦いが終わったかの様な安堵を感じる。
俺の牢屋の前で立ち止った老人はこの刑務所の所長。彼は受刑囚の前に易々と現れない存在。
一度目はこの刑務所に入所する際に顔合せした。その時彼はこう言った。
『私と次に会う機会が来れば、それは君がこの刑務所から卒業する時だ』
死刑囚には執行日まで刑の日にちを教えない規則がある。彼と再会したということは今日が“その日”だ。
これから冤罪で死に逝く者に彼は何と言葉を発するのか。抵抗出来ない俺はただ静かに口が開かれるのを待つ。
「今から私が話すのは君の想像と違うだろう。でも重要だからよく聞いて欲しい。
今日国会で一つの法案が可決された。それは死刑制度を廃止するというものだ」
俺の頭が真っ白になる。そして数舜までそこにあった恐怖が霧散する。
冤罪で、死刑、又は終身刑。はたしてどちらの方が心休まるのか……
まだ分からない。心を整理するには時間が掛かる。
彼の言葉は終わりではなかった。
「そして現行の死刑は人体実験の被験体になるという刑に代わる」
「君もその対象だよ、良かったね」
彼はにっこりと微笑んで、最後にそう付け加えた。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!」
俺は声を荒げて老人に向かってめいっぱい掴み掛かる。
もう少しで掴めそうな所で、俺の体が鉄格子にぶち当たりドスンという鈍い音がする。
肩や肋骨が折れたかもしれない。それ程ぶつけた場所が痛い。
それでも俺は目の前のこいつを、殴り飛ばしたい、腕を伸ばすのを止めたくない。
「お前達は人の命を何だと思ってる?俺の人生をめちゃくちゃにして、おもちゃにして、最後に楽に死なせてもくれないのかあぁぁ」
俺は絶叫する。もう何度も泣いて枯れた筈の涙がとめどなく溢れてくる。
感情が怒りで塗り潰されて何も考えられない。もうこんな醜い世界いたくない。
この世界に神なんて存在するのか?
酷い、酷すぎる、人として生き物としてあまりにも酷すぎる仕打ち。
「どうして誰も助けてくれないんだ!!」
心の底から出た叫び。
その瞬間……
俺の目に映るものがゆっくりと蜃気楼のように“ぐにゃり”と歪んでいく。そしてそのまま世界は大きく歪んで停止した。
俺の心は物質の形が変わっていくスローモーションの様な時間の最中、少しずつ冷静を取り戻しつつあった。
目の前にいる老人は所々に左右に引き伸ばされ醜い姿のまま立っている。
体が触れている鉄格子も熱せられぐにゃぐにゃ溶けた様に曲がっている。
ふと牢屋内の時計を見る。例の如く歪んでおり秒針は止まっている。
その時、美しく明瞭な声が頭上から響き渡る。
「生物に等しく訪れる死よりも更に“過酷な苦痛”を肉体に刻まれる者達よ」
見上げると刑務所の室内である筈なのに天空から暖かくまぶしい光に照らされていた。
あぁ、本当に存在するのか……
「肉体と精神の苦痛を和らげよ、パーフェクトヒール」
その言葉が聞こえた瞬間、全身が暖かな光に包まれる。肩と肋骨の鈍い痛みが癒され、激情に染まっていた精神から理性が戻って来る。
俺は願った。心の底から助けを……
「私は空間を捻じ曲げ降臨したこの世界の神。
あなた達を別世界に転移する。逃れられない過酷な運命から救う助けになれば幸いでしょう」
俺は今不思議と冷静だ。おそらく先ほど光に包まれたその効果で、この状況、この提案に対しても理性的に理解出来るのだろう。
今まで味わって来た苦痛の全てから解放される。それは俺が今切に願っていること。
「お願いします。俺をこの世界から解放してください!!」
そう強く言葉を放った。
「これから行く世界であなた達は一週間毎に偉業を成すことを義務付ける。
あなた達の運命はこの世界と強く結びついている。もし別世界で死んだ場合、そして怠惰はこの世界の停止しているそれぞれの“今”に引き戻される。
別世界で安らかに死ねるのは最後に生き残った一人だけ」
おかしい……
神は俺だけに話している訳じゃない。俺以外にもいるのか!?
俺はこの歪んだ世界で回りを見渡す。ここは牢屋の中、他には誰もいない。
体がまぶしい粒子となって浮遊し始めた頃、神は最後にこう付け加えた。
「あなた達がそこで、生きるのに最低限必要なもの、そして私の力の一部を授けましょう。
そこで目を閉じ深く瞑想しなさい。いくつかの疑問が解決することでしょう」
粒子状になった俺の体は、空を、宇宙を越え、何処か分からない別世界に移動する。
その最中俺の意識は暗転する。




