25秒になる頃、、、
膝立ちすら困難な2人である。当然その試合の始まりは静かな物であった。
寝技のみのルール、その上、抑え込みによる1本勝ちもある為、先ずは相手の上を取る事が狙いとなる。
それを承知の両者は、開始と同時に一先ず距離を取った。
他の選手のように華麗なフットワークを使える訳では無い。
工藤も浦上も、座位のまま両腕の力で身体を浮かせ、巧みにリング上を移動した。
両手で宙をかき、間合いを計ると共にプレッシャーを掛け合う。
工藤が尻をジリジリとずらしながら、少しずつ間合いを詰める。
すると浦上がそれを嫌がり、大きく間合いを離そうと再び両腕で身体を浮かせた。
(かかったっ!)
工藤はこの瞬間を待っていた。
両腕で身体を浮かせている間は、完全に無防備となる。防御は勿論だが、反撃が来る心配も無い。
そこで工藤は一瞬だけ膝立ちとなり、身体が支え切れず前に倒れ込む勢いを利用して、一気に間合いを詰めたっ!
正面から組み付き、左腕を浦上の後頭部へと絡める。
そして右腕を浦上の左脇下に差し込もうとした瞬間、己の首筋に巻き付く物があった。
それは浦上の右腕、、、
凄まじい力で捻られ、一気に捲き込まれた。
いわゆる首投げである。
右腕を差し込もうとする動きにより、工藤の身体の軸は右方向に捻れ、左からの力に弱くなっていた。
そこを浦上に突かれ、右腕での首投げを決められたという訳だ。
長年格闘技をやっていると、力の流れが見えるようになる。
勿論そこには勘や天武の才もあるが、余程センスの無い者でない限りは、ある程度判るようになるものだ。
こういう部分でキャリアの浅い工藤より、ベテランの浦上に一日の長がある。
そのまま押し倒され上を取られた工藤、袈裟固めに抑え込まれてしまった。
(し、しもたぁ、、、)
工藤は焦った。
通常のルールならば、ここから反撃の策を練る事も出来る。
しかしこの試合は30秒の抑え込みでも勝負が決してしまう。
つまり30秒以内に自力で抑え込みを解除するか、ロープへとエスケープせねばならない。
しかもこの試合、持ちポイントは3ポイントしか無い、、、出来る事ならばエスケープは避けたい所だ。
(どうする?どうする俺?)
これ迄に練習してきた事を必死に思い出す。
己の引き出しを軒並み開きにかかる。
一般的に袈裟固めから脱出する場合、足を持ち上げて相手の首に引っ掛けるのが手っ取り早く、一番成功率が高い。
更にこれが成功した場合、そのまま腕十字固めでの逆転も狙える。
この方法は柔道では反則となるが、総合格闘技では最も有効だ。
しかし工藤も浦上も両足の筋力が殆ど無い、、、
一番効果的なこの脱出方法を用いる事は望めなかった。
抑え込みから10秒が経とうとしている。
右手を伸ばせば直ぐロープに届く位置には居る、、、弱気が頭をもたげた。
(いや、アカンッ!)
いつでも逃げれるならば、ギリギリまで足掻くっ!エスケープは最終手段でしか無いっ!!
そう決めた工藤は身体を捻ったり、エビのように跳ねさせたりと抵抗を試みる。
が、やはり徒労に終わり、悪戯にスタミナだけを消費してしまった。
抑え込みから20秒になろうとした時、諦めたようにロープへと手を伸ばした。
ところがそれを待ってましたとばかりに、浦上がその手を掴みに来たっ!
(コイツ、、、マジかっ!?)
このタイミングで逃げの手段を奪われては「詰み」である。
工藤は必死にもがいた。
しかし抵抗虚しく25秒になる頃、その手は容易く捕らえられてしまった、、、