終幕
試合終了を告げるゴングが鳴り響くと、リングは拍手と歓声に包まれた。
決着がつかなかった事に対し一部の客からはブーイングも飛んでいたが、会場の反応は概ね温かい物だった。
他の全競技が終わり、全ての視線が注目する中で行われたこの試合、、、
それだけに鳥居に絡まった重圧の鎖は太く頑丈で、試合終了を迎えた今となって尚、その楔から解放されてはいなかった。
腰に右手をやり、ずっと下を向いたままで何度も首を振る鳥居、、、
腰に左手をやり、ずっと天を仰いだままで何度も首を振る蛮、、、
それぞれが重責を果たせなかった無念を滲ませている。
そんな中アナウンスが試合結果を告げ、レフリーの新木が鳥居の右手と蛮の左手を、共に高々と掲げた。
俯いたまま、血が出そうな程に唇を噛む鳥居。
天を仰いで、血が出そうな程に唇を噛む蛮。
両者共に、今こうして己が手を掲げられている事、、、それがただただ恥ずかしかった。
それを理解していながらも、あえて手を掲げたまま四方を向かせた新木。
それでも俯いたままの鳥居を小声で諭す。
「悔しいのは解る、、、でも同じ悔しがるなら、蛮を見倣って上を向いて悔しがれっ」
その言葉でハッと我に返った鳥居だが
(客は、、、仲間は、、、どんな顔で俺を見とるんやろか、、、)
そう思うと正直、顔を上げるのが怖かった。
すると突然、そんな意思とは関係無く顔が正面を向いた、、、いや、何かに向かされたと言うべきか、、、
(え、、、!?)
一瞬何事かと思った鳥居だが、直ぐにその正体に気付いた。
試合中、2度も自らが召喚した人物、、、
あの年の離れた友人が前を向かせたのだ。
鳥居は確かに感じていた。
背後から顔に添えられた手の感触を、、、
そしてそれが、前を向かせる為に動いたのを、、、
(何度も助けてもらって、、、なんか悪いね)
(なぁに、ワシとお主の仲じゃて。
それにな、、、下に落としてしもうた物よりも、前や高みにある物へ目を向けて欲しいでな)
(、、、せやな、ありがと)
(ん。ほんならワシはそろそろ行くでな)
(そっか、、、それじゃまた)
(うむ、またいずれな友よ)
時がゆるりと流れたかに感じたが、実際は刹那であった。
そして力強く前を向いた鳥居を見て、蛮も負けじとそれに倣う。
一瞬にして変わった2人の空気に戸惑いながらも、どこか満足気な新木が掴んでいたその手をそっと放した。
そして2人の邪魔にならぬ様に、2歩・3歩と後ずさる。そのままロープ際まで下がると、1度頭を垂れて、一足先にリングを後にした。
リング上に残ったのは闘いを終えた両者のみ。
汗で光った肉体はライトで更に輝きを増し、神々しさすら感じさせる。
「悪かったな、、、」
そう言って左手を差し出したのは蛮だった。
「いや、俺、左手全く動かんから握手出来んし、、、」
「あ、、、そっか!ワリィワリィ」
そう言うと蛮は、胸元に畳まれた己の右手をヒョイと鳥居に向けた。
笑いながらそれを握って鳥居が問う。
「悪かったな、、、って、何がや?」
「ん、、、いや、、、格闘家は楽でええのぅなんて言うてもたやろ、、、あれ取り消すわ。
俺らプロレスラーは試合の流れ、時には結末をも自分達で書き換えられる。でもリアルファイトの世界でそれは出来んやん、、、せやからこんな苦い終わり方を味わう事も多いんやろなぁって思てな。それはそれで精神的にキツい話や、、、だから詫びたんや。
ほんま悪かった、堪忍してくれ」
蛮が改めて頭を下げるが、それを鳥居がクイと持ち上げる。
「??」
キョトンとする蛮に鳥居が微笑んだ。
「いや、ある人に言われてや、、、下に落とした物より、前や高みにある物に目を向けろってな」
「ある人?」
「ああ、大事な友達や」
「へぇ、、、さっきまで兄さんも下を向いとったくせに、昔言われたその言葉を思い出して顔を上げたっちゅう訳かいな?」
「昔?、、、いや、今言われたばかりや」
「、、、、はい?」
そんなやり取りをする両者を、大作と崇が本部席から見つめている。
優子は閉会式の準備がある為、試合終了と同時に慌ただしく本部席を離れて行った。
「ま、鳥やんもええ勉強なったやろ、、、」
溜息混じりに崇が溢す。
「せやなぁ、、、格闘技の世界に居る以上、いつもええ結果が待っとる訳や無い、、、納得いかん事も多い、、、いやむしろいかん事の方が多いくらいや。それを挫折と取るか、バネにするかは本人次第やけど、、、」
「あの様子やと大丈夫っぽいな」
視線の先では、未だ神々しい輝きを放ったまま談笑する2人が居た。
「あ、それはそうと福さん、、、この後の閉会式で締めの言葉をお願いしたいんやけど?」
大作による突然の申し出だったが、これに崇が首を振る。
「それは悪いけどパスやな。何度も言うけど、俺は引退した身や。そんな俺が再び人前で光を浴びるのは失礼やからな、、、」
「そう言うやろとは思ってたよ。わかった!しゃあないから渡嘉敷さん、代わりに頼んます♪」
突然話を振られた剛柔会代表の渡嘉敷
「!?、、、ワシかいなっ!?しかもしゃあないから代わりにって、、、アンタ、、、」
複雑な心境と共に狼狽えを見せるが、相変わらずの大作は
「まぁまぁ、よしなによしなに♪」
と、訳の分からない言葉で話を終わらせた。
それを横目にリングへと視線を戻した崇。
「あいつらの再戦、楽しみやなぁ」
「ほんまそれっ!2ヶ月後かぁ、、、待ちきれんなっ!」
大作が同意したところで、グラップス代表・五十嵐が崇に言う。
「そん時も福さんは本部席に招待しますわ」
「いやいや、今日以降の俺はもう関係者ちゃうしな。ただの1ファンとして楽しませてもらうわ。勿論チケットも自腹で買うから、送って来たりすんなよっ!ダメだぞっ!絶対送るなよっ!!」
「、、、ダチョウ倶楽部かよ」
そして鳥居と蛮の再戦は3月下旬、グラップスのリングにて行われた。
場所は神戸サンボーホール。
結果はまたもタイムアップによる引き分けであった。
2人はその後も2度、、、計4度、拳を交える事となり、1勝1敗2引き分けと全く五分のままで未だ決着はついていない。
しかし2人のカードは内容的にハズレが無く、ファンの間では名勝負数え歌と呼ばれる様になっていく。
だが、、、あれほど楽しみにしていた2人の試合を、2月初旬に急逝した崇が観る事は結局叶わなかった。
その無念を汲んだ訳では無かろうが、その後もラグナロクの名を冠した大会が、毎年崇の命日に行われる事となる。
そして本人の望み通り、崇の写真は室田の写真と共に本部席では無く、いつも一般席の最前列に置かれ、そこから皆の闘いを見守っていた。
外伝なので10話程で終わる予定でしたが、結局は半年に及ぶ物になってしまいました。
前作の「格パラ」は人間ドラマに重きを置きましたが、この外伝では試合と格闘技の描写のみで構成されているに等しく、楽しく書かせて頂きました。
稚拙な駄文にお付き合い下さった皆様、本当に心から感謝いたします。
底辺ながらも心に決めている
「絶対にエタらせない!」
という約束ごとを今回も守る事が出来たのは、少なかろうが読んで下さってる読者様が居るという事実が力を下さったからです。
感謝感激恐悦至極、、、
本当にありがとうございました。




