プロレスラー論
完璧に極ってはいないのか、蛮の意識は未だ消えずにいる。
とは言え、一般的に手の5倍程もあると言われる足の力で締め付けられているのだ、限界が近いのは誰の目にも明らかだった。
普通、締め技への対策法として、締めて来ている手や足と自分の首の間に隙間を作るのがセオリーである。
その手段として自分の手を捩じ込むのが一般的なのだが、、、
蛮の左腕は捕らえられ、右腕は障害で動かない為、それは叶わない。
となれば、ロープへ逃げるしか残された手は無いのだが、現状それも難しい。
まさに風前の灯、蛮が落ちるのは時間の問題、、、と誰もが思っていた。
レフリーの新木が何度も声を掛け蛮の意識の有無を確認しているが、その度に蛮は捕らえられた左手の人差し指を振り、「効いてない」とばかしそれに応えている。
2分程もそんな状態が続いただろうか、、、
しかしついに膠着状態が終わりを告げる。
以前も書いたが、2分間も全力を出し続けるというのは、想像を絶する程に疲労を伴う。
つまり蛮は、疲労により鳥居の締め付ける力が衰えるのを待っていたのだ。
貝のようにじっと身を縮めて耐えながら、、、
そして頃合いを見た蛮は、その豪腕をもって己の身に絡み付く足の輪、その結び目を断ち切ったのである。
そうして立ち上がると、首をコキコキと鳴らし、今奮ったばかりの左腕を回しながら鳥居を見下ろす。
そして、信じられない物を見る様に見上げる鳥居へと辛辣な言葉をぶつけた。
「ええのぅ、、、お前ら格闘家は楽チンでよ、、、相手の攻撃はかわし放題、避け放題。勝てるチャンスならいつでも勝っちまっていい、たとえそれが5分でも1分でも、、、な。
更には客の反応も気にせず、相手をたてる事もせんでええ。あるのは自分の事、自分が勝利する事だけ、、、ええのぅ、、、楽チンでよ。
ほんま俺らプロレスラーからしたら夢の様な話やで」
本来なら試合中の私語を咎める立場の新木だが、鳥居を立たせるのも忘れてその言葉に聞き入っている。
そして蛮の饒舌は尚も続く。
「でもまぁ兄さんの言う事も一理ある。
どれも中途半端、、、お前ら格闘家からしたら確かにそう見えるやろな。でもな、兄さんは1つ大きな勘違いをしとる。
俺達プロレスラーはな、立ち技系でも組み技系でも、極端に言えば総合格闘家でも無いねん。プロレスラー、、、それが俺達唯一のジャンルやっ!わかったか?わかったらとっとと立ってくれや。そんだけ長い事座っとったら、ほんまならダウン取られてんでっ!なぁ?レフリーの兄さんっ!?」
その言葉でハッと我に返った新木。
慌てて掌を上下させ、鳥居へと立つように促した。
それを受け、足に溜まった乳酸を散らすよう、数回屈伸してから立ち上がった鳥居。
右手でぬるりと顔を拭うと一言
「上等っ!!」
そう気を吐いて、三度アップライトに構えて見せた。




