BLACK or WHITE
先にリングへと上がったのは鳥居であった。
歓声飛び交うリング上、ロープ越しにセコンドの鈴本と戦略について話している。
「パワーは間違いなく相手が上や。そのぶんお前はスピードで揺さぶって行け」
鈴本のアドバイスに頷きながらも、鳥居の目は蛮の現れる場所を向いたまま離れていない。
そして、、、ついにその男が姿を見せる。
それと同時に、渦巻く歓声を掻き消す程の大音量が鳴り響いた。
それはどこか安っぽいロック調のリズム、、、
今大会はアマチュア大会の為、選手に入場曲など用意されてはいない。
しかし蛮はそれが不服だったらしく、自ら用意した曲を左肩に担いだCDラジカセから流しているのだ。
その光景に客席のどよめきが更に増す。
それに御満悦な様子の蛮
(クゥ~ッ!やっぱこうでなくっちゃな!入場シーンはプロレスの華、もう俺のプロレスは始まってんだよ)
闘いへの内圧を高めながら、ノリノリで歩みを進めている。
それをじっと見つめる鳥居だが、入場曲などよりもっと気になる事があった。
セコンドの姿が見当たらないのである。
そう、、、蛮はセコンドを就けず、唯1人でこの闘いに臨んで来たのだ。
(コ、コイツ、、、)
途端に鳥居は自分が卑怯者の様に感じられてきた、、、
相手は単騎、、、なのに自分は、、、と。
そしてある決断を下した鳥居は、蛮の方へ目を向けたままで口を開く。
「鈴本っちゃん、、、悪いねんけど、、、」
そう言って鈴本の方へと向き直ると、既に鈴本は控え室へと戻る準備を始めていた。
「す、鈴本っちゃん、、、」
「お前の言いそうな事は解るからな。
試合だけは見届けたいところやけど、見てたらどうしても口を出したくなってまう、、、
だから先に戻っとく。控え室で吉報待ってるわ」
淡々と言い終えると鈴本は、1度だけ微笑みを向けリングを降りた。
「悪いな、、、」
その言葉に、背を向けたまま軽く手を上げ応えると、鈴本がゆっくりと立ち去って行く。
それを見送りながら鳥居はもう1度呟いた。
「悪いな、、、」
たっぷりと時間を使い、いよいよと言うかようやくリング下まで辿り着いた蛮。
「よいしょ」
担いだラジカセをリング下に置き、スイッチを切る。
そして一気に階段を駆け上がると、トップロープを左手で掴みジャンプ一番、飛び越えてリングインを果たした。
動く左手のみを高々と掲げ、悦に入った表情で歓声に応える様子は、まさにプロレスラーのそれである。
しかし鳥居はそれを見つめながらも、内心戦慄を覚えていた。
(コイツ、さっきの身のこなし、、、パワーだけの相手や無いな、、、)
巨体でありながらトップロープを軽々と飛び越える敏捷性。
それを目の当たりにし、改めて褌を締め直す。
すると蛮がキョロキョロと辺りを見渡しながら、鳥居へと近付いた。
そして不思議そうな顔でこう尋ねる。
「あれ?、、、アンタのセコンドは?」
「アンタが1人なんを見たからな、、、帰って貰ったわ。これで正真正銘サシの勝負、、、フェアな話や。まさか文句は無いよな?」
鳥居の答えに一瞬キョトンとした蛮だが、それは直ぐに笑顔に変わる。
「ハハハッ!とんだお人好しや。アンタ、なかなかのベビーフェイス(プロレスの善玉)やな、気にいったでっ!!」
御機嫌な様子でそう告げた蛮。
しかしその表情が再び変化する。
笑顔は笑顔なのだが、先までとは質の違う笑顔、、、
そして更に鳥居へと近付くと、その怖い笑顔のまま怖い言葉までを耳元で囁いた。
「でもな、、、俺までベビーフェイスとは限らんで。極上のヒール(プロレスの悪玉)かも知れんから用心しぃや、、、」
踵を返した蛮の背を見つめる鳥居。
蛮がコーナーへ戻ったのを見届けると、静かにそして不敵に嗤い一言溢した。
「そっちこそ、、、な」




