その男はあの男
藤井は吉川が付き添い病院へと向かった。
救急車へ乗せられる時のその表情は、意外な程に晴れやかだったという。
もちろん肉体的ダメージは心配だが、心理的ダメージは心配無いようである。
そしてグングニル勢で試合を控えるのは、いよいよ鳥居1人となった。
2試合挟んだ後の最終試合
それが鳥居の舞台である。
対戦相手は異質の経歴を持つ男だった。
現在の所属は大作の古巣でもあるグラップスとなっている。
しかし元々はこの男、某大学にてプロレス同好会に所属しており、卒業と同時にインディーズではあるが、本当のプロレスラーとなる事が出来た。
しかしである、、、そこで悲劇が彼を待っていた。
まだまだデビューには程遠い練習生時代、、、
日々繰り返されるのは、果ての知れないスクワットやプッシュアップ、、、基礎体力を作る為のトレーニングと、数種類の受け身ばかりである。
一緒に入門したのは男を入れて3人。
しかし練習の厳しさに1人、又1人と逃げる様に去って行き、半年後に残っていたのはその男1人であった。
そしてある日、、、いよいよ先輩相手のスパーリングが許される。
スパーリングとは言っても、新人に派手な技の使用は許されない。
寝技と基本的な投げ技のみである。
そしてその時が訪れる、、、
それは基本中の基本。
今では痛め技にすらならない、ただの繋ぎ技、、、単純なブレーンバスターだった。
先輩レスラーが男を高々と掲げ、リングと天を直線に結ぶ。
男はタイミングを見計らい、あとは受け身を取るだけである。
しかしこの時、男は色気を出してしまった。、、宙で身体を入れ替えて逆転の技を仕掛けようとしたのである。
だが、それはタイミングが悪すぎた。
先輩レスラーは既に落とす段階に入っており、男は危険な角度で首からマットへと叩きつけられてしまった。
、、、頚椎損傷、、、
結局はそれが原因で右腕に麻痺が残り、プロレスラーの道を断念する事となる。
しかし、それでも、、、
やはり、それでも、、、
男は闘志の道を捨て切れなかった、、、
プロレス団体への入団は絶望的、、、
だが最近、障害者への門戸を開く格闘技団体が多いと聞く。
しかも何やらそれは「ラグナロク」とかいう格闘技パラリンピックに向けての事と言うではないか、、、面白いっ!男は思った。
プロレス団体に入れないならば、、、
それならば、、、
格闘技団体で、、、
格闘技の試合で、、、
俺がプロレスをやればいいっ!!!
それが男の出したシンプルこの上無い答えである。
そして実はこの男、工藤vs浦上の試合を会場の隅から観ていたあの男である。
工藤の放ったパワーボムを見て
「あ~ぁ、、、先を越されたか、、、」
そう呟いたあの男である。
(第13話 限界点、、、参照)
身長185cm前後、体重は100kg程。
動かぬ細き右腕を、胸元に折り畳んだ巨体の男、、、名を「ビッグ・蛮」と言った。
もちろんリングネームである、、、




