美人局(つつもたせ)
藤井と山岡。
格闘技との出会いで、いじめられた過去を乗り越えた者同士、その境遇は似ていると言える。
だが、格闘家としては全く別の種類に育っていた。
極論するならば、格闘家には2つの人種が存在する。
1つは互いを丸々ぶつけ合い、拳で会話する事による相互理解を求める者。
藤井はこのタイプである。
そしてもう1つは相手の嫌がる事に徹底し、一方的に排除しようとする者。
山岡はこちらのタイプと言える。
「武」の概念で言うならば山岡が正しい。
「スポーツ」の概念ならば藤井が正しいのかも知れない。
そんなタイプの違う者同士だが、相性は良いらしく不思議と試合自体は噛み合っている。
そしてリング上では、ついに山岡の拳が藤井のガードを弾いていた。
丹念に積み重ねた物が実を結んだ時。
地道に口説いてきた女性を、ようやくベッドに誘い込んだ様な高揚感、、、
あとは全てを剥ぎ取り、己の全てをその身体にぶつけるだけ。
悦び勇んで躍り出た山岡、剥き出しとなった藤田のそこへと狙いをつける、、、しかし、、、
得も知れぬ危機感がその足を止めさせた。
(な、なんや今の感じ?)
正体の判らぬ悪寒、、、
そんな不確かな物だが、本能が告げたのだ。
危険である、、、と。
見ると藤井は嗤っていた。
この状況下で嗤っていた。
ガードという衣服を剥ぎ取られ、全てをさらけ出した無防備な姿のはずなのに、、、
嗤っているのである。
(何か狙ってんのか?)
目の前には全てを剥き出しにした相手。
山岡は肉欲にも似たものに襲われるが、負けそうになる自分を抑え込みながら考える。
時が止まったかの様に動きを止めた両者に、観客はもとより両セコンドからも声が飛ぶ。
「チャンスやろがいっ!行かんか山岡っ!!」
「一彦っ!ガード上げて動いてっ!!」
しかし藤井は相変わらず両腕を垂らしたままで、妖しい微笑みを携えている、、、
山岡にはそれが、ベッド上 笑顔で手招く美女に見える。
が、容易く手は出せない。
下手に手を出し、相手が美人局だった場合、手痛い思いをするのは自分である。
構えたまま軽くステップを踏み、藤井を探る。
(軽い前傾姿勢、、、少し腰も落としとる、、、タックル狙い、、、か?)
試しに本気のローを1発放ってみる。
しっかりと脚を上げ、それをガードした藤井。
しかしタックルを合わせて来る気配は無い。
今度はジャブを2発。
対して藤井は、前蹴りで突き放す事でそれをしのいだ。
ガードも上げず、今回もタックルを合わせようとしない藤井を見て山岡は思う。
(考え過ぎか?)
ならばと、今回は少し冒険してジャブから右ローのコンボを試してみる。
左ジャブ2発、、、入った!!
藤井の頭部が弾ける様に後方へ仰け反る。
(よっしゃ!追撃っ!!)
山岡が更に前へ出ようとしたその時、なんと藤井も前に出るっ!
その直後、水気を帯びた様な破裂音が鳴り響いた。
「ってぇ~、、、」
歯を食い縛ったままの、くぐもった声が漏れる、、、そしてそれは山岡の口から漏れた物だった。




