山岡 太一
幼い頃からバカにされて来た。
障害を理由にイジメも受けた。
しかし悲しくは無かった。
強がりでは無い。
本当に1度たりとも悲しいという感情は生まれなかった。
ただ悔しかった。
ただただ悔しかった。
小人症、、、当然、背は低く手足も短い。
確かに一般の人とは違うのかも知れない。
しかし、自分自身はそれを個性としか捉えていない。
目が大きい、小さい。
睫毛が長い、短い。
鼻が高い、低い。
それらと何ら変わらぬ物と考えて来た。
目が小さかろうが、睫毛が短かろうが、鼻が低かろうが、弄られる事はあってもイジメられる事は無いだろう、、、しかし、、、
自分はイジメられた。
そんな理不尽にも、自分をバカにした健常者にも負けたくは無かった。
そうして選んだ物が空手だった。
良くも悪くも他の事には目もくれず打ち込んだ。
そうするとその内、不思議な事にイジメは無くなって行った。
それどころか周囲に人が集まるようにさえなった。
山岡は拳を奮いながらも、心で藤井に問うていた。
「お前もそうだったんだろ?」
と。
「俺とお前は似た者同士じゃないか?」
と。
しかしこうも思っている。
発達障害を抱えていようと、お前は身体的には健常者と変わらない。
ならば、、、
だからこそ敗けたく無い。
今度は敗けられ無い、、、と。
山岡は前の試合が決まった時、総合格闘技初挑戦だったにも拘わらず、組技は一切練習しなかった。
何故なら自分が心酔し、信じて来た物、、、
空手でいいと思ったからである。
他の技術を習得し、たとえそれで勝ったとしても、それは空手で勝った事にはならない。
むしろ空手への冒涜とすら考えていた。
薄紙を重ね合わせてゆく様に、少しずつ鍛え上げていった己の技。
それが決まったならば、相手が誰であろうと倒せる。そう考えていた。
ましてやキャリアの浅いポッと出が、何をして来ようが自分には通じない。そう思っていた。
しかし、、、そのポッと出に自分は敗れてしまった、、、
それでも自らの考えが驕りだとは思わなかった。
自分が未熟故、藤井に敗れたのであり、空手が総合格闘技に敗れた訳では無い。
だから今後も空手でいい、、、
空手だけでいい、、、
その想いが変わる事は無かった。
そして直ぐに再戦を望んだ。
それを目標に
藤井に勝つ為に
より一層、稽古に励んだ。
空手の稽古に。
他の技には目もくれず。
しかしそんな山岡に、師である柴田が掛けたのは意外な言葉であった。
「お前、、、また敗けるで」
「なっ!?」
問い返そうとする山岡だが、それを制する様にして柴田が続ける。
「なんで組技を覚えようとせんのや?お前はまるで、それを覚えようとする事を恥と感じてる様に見える、、、」
「押忍!思ってます。自分は空手だけでいい、、、だから空手だけで勝ってみせますっ!!」
真っ直ぐ見据える様に言う山岡。
「なんや勘違いしとるみたいやな、、、お前」
「?」
山岡は言葉の意味が解らず、黙って次の言葉を待っている。
「あんな、、、殴る蹴るだけが空手や無い。
本来の空手は投げも極めも備えた総合武術や。確かにそれらは、うち(勇神館)の試合で勝つには不要な物やけど、お前が今後も空手家としての矜持を抱えて行くんやったら、知っといた方がええ、、、いや、知っとくべき物や」
恥ずかしい事に初めて知った事実だった。
しかしそれを知れた事で、己の中で永久凍土の様に凍りついていた物が、ようやく溶け始めた。
そこへ、とどめを刺す様に柴田が言う。
「お前知ってるか?講道館のトップクラスの連中、試合では使えへん足への関節技や、立ち関節、人によっては打撃すらも練習しとるんやで、、、何でか解るか?」
「それが、、、本来の柔道の姿、、、だから」
「せや。その通りやっ!」
迷う事無く返した山岡の答えに、柴田は強く優しい眼差しで満足そうに頷いてくれた。
この一件以降、山岡は柴田に教えを乞い、組技の習得へと動き出した。
そして今、本来の空手家の姿で藤井と闘っている。
以前敗れた事、、、それによる藤井への恨みなどは当然持ち合わせていない。
しかし今回勝利する事への執念は、両腕で抱えきれぬ程に持っている。
そしてその執念が、ついに藤井のガードを突き破った。




