ガラ空きの玉座
仕切り直し。
先の攻防、さしたるダメージは残ってないが、攻められ続けた事で少々スタミナをロスしてしまった。
この試合は30分1本勝負。ラウンド制と違いインターバルは無い。
その事を考慮すれば多少の不安は残るが、元々山下はスタミナ配分など考えていなかった。
相手は明らかに格上である。
初っぱなからギアを上げて行かねば勝負にならない、、、そう考えていた。
元来、器用なタイプで無い事は自覚している。
そのくせ目立ちたがり屋の顔が表に出てしまい、試合開始早々に色気を出してしまった。
先のチャンスで一瞬の迷いを見せたあの時の事である。
得意の打撃で攻めれば良いものを
(柔道家を寝技で倒したらカッコいんじゃね?)
そう思ってしまったのだ。
そして今、かつて崇に言われた言葉を思い出している。
(お前の打撃センスはグングニルでもトップクラスや。その打撃を活かす為にも寝技の逃げ方を身につけろ)
、、、確かにそうやな、と山下は思う。
何も攻める為に組技を使う必要は無いのである。寝技では逃げに徹し、得意の打撃で仕留める。
それが自分の勝利の方程式なのだ。
(よっしゃ!ここからは俺らしく行くでっ!!)
東郷の肘により赤くなった頬、そこをグローブで一撫ですると、決意を固めて構えを取る。
それはオーソドックスなアップライトスタイルではあったが、心理的な余裕が出来た為か、試合開始時のそれより大きく見えた。
そしてその変化は当然ながら東郷にも伝わっている。
(コイツ、雰囲気が変わったな、、、)
警戒を強めたのか、頭部のガードが固められている。しかし重心は低く、手を拳では無く開いて構えている事からも組む事に重点を置いているのが判る。
これは東郷も山下と同じく、己の軽率な行動を恥じての物だった。
試合開始早々、東郷は打撃を繰り出した。
山下が打撃の上手い事は事前に知っていた。
にも関わらず、、、
そうである。東郷も思ってしまったのだ。
(柔道家の俺がコイツを打撃で倒したらスゴくね?)
この事が先の屈辱を招いた。今は反省している。そして東郷も山下と同じく気を改めた。
(ここからは俺のやり方でやらせてもらう)
色気を脱ぎ捨て、己を取り戻した2人が対峙する。
互いの気が絡み合う張り詰めたリング上、そこへレフリー朝倉の声が響いた。
「ファイッ!!」
今度はお互い突っ掛けたりはしない。
東郷は左手で頭部を守ったまま首を振り、少しずつ間合いを詰めようと試みる。
対する山下は軽快なフットワークで距離を調整し、自分の間合いになるとジャブやローキックを放っている。
しかしこれはダメージを狙うというより、東郷を近付けない為の弾幕的な意味合いが強い。
やはり打撃においては山下が有利である。
技術は勿論だが、もう1つ絶対的に有利な点があった。それは右腕である。
両者共通の障害部位ではあるが、東郷は肘から先、、、前腕部を失っている。
対して山下は手首から先、拳の部分を欠損しているのみであり、そのリーチの差は歴然であった。
勿論両者共に右にはグローブを着用していない為、当然ながら右手による顔面への打撃は禁じられている。
しかしボディへの打撃、 防御、相手を突き放す等、あらゆる局面でこの差は大きいと言える。
ここで山下が前に出た。
一気に間合いを詰めて、右ボディブローを放つ!
反応した東郷は思わず左腕を下げてしまった。
そして現れたのは「金」も「銀」も失った「王」さながらのガラ空きとなった顔面である。
勝機とばかりに山下の「成り飛車」左ストレートが襲う!
本来なら左からの攻めを防ぐ、強固な城壁となるのは右腕である。
しかし東郷のそれはあばら家の土壁の如く頼りない、、、しかも頼みの左腕は、ボディブローに反応し下がってしまった。
東郷は頭部に意識を集中し、覚悟と共に衝撃に備えた。しかし目だけは閉じていない。
(来るっ!歯ぁ喰い縛れ、俺っ!南無三っ!!)
しかし来るはずの衝撃が訪れない、、、
(??)
気が緩み疑問符が頭上に浮いたその時、別の衝撃によって東郷の視界が歪んだ。
「ダウンッ!!」