新変人
見事にワルキューレファイトの初戦を勝利で飾った吉川。
デビュー戦の身で格上を圧倒し、尚且つ勝利をおさめる、、、上出来である。
控え室ではそんな彼女を皆で囲んで談笑していた。
そこへ1人の男が現れた。
ドアを中途半端に開き、首だけを室内に覗かせているのは、先の試合でレフリーを務めた朝倉である。
「お疲れっス!ちょっとええかな?」
その目は崇と吉川に向けられていた。
2人が訝しげに自分の顔を指差し、無言で確認を取る。
「そうそう。ちょっと、こっちゃこう」
手招きする朝倉に誘われるまま、2人は控え室を出た。
「どした、急に?」
崇が問うと、頭を掻きながら朝倉が答える。
「いや、大した事や無いんやけど、、、時間あるなら次の試合、見といた方がいいっスよ」
「ん?どういう事や?」
「次の試合は有田道場の柔道家が、総合格闘技に初挑戦するんやけど、その相手がウチのジムの子なんスわ、、、で、その子がちょっと変わった子でね、、、」
「変わった子?」
興味を示した吉川が初めて口を開いた。
「ああ、元々はシュートボクシングをやってた子やねんけどな、いきなりウチのジムに訪ねて来て、こんな事言うたんや
(立ち技で寝技に勝つ方法を勉強させて欲しい)
ってな、、、」
シュートボクシング、、、
元々キックボクシングのチャンピオンだったシーザー武志氏が、立ち技最強を目指して創始した格闘技。
キックボクシングの技術をベースに、投げ技と立ち状態での関節技を認めており、徹底した立ち技へのこだわりを見せる。
「へぇ、、、それで私達に見といた方がいいってのは?」
「さっきも言うたように変わった子でな。総合のジムに来ておきながら、寝技は一切やらへん。総合格闘家にシュートボクシングの技だけで如何にして勝つか、、、その事にしか興味が無いみたいでな。
当然、最初は話にならんで、こてんぱんにされとったわ
難儀な子やなぁ、、、と思っててんけど、スパーを重ねる度に勝つ頻度が上がってな、今ではウチのジムでも5本の指に入る強者や。それも立ち技しか使わずに、、、や。
実際勿体無い話やで、、、本格的に寝技も覚えたらプロでもイケそうやのに、、、」
「それは確かに変わった子やな、、、因みに障害部位はどこやったっけ?」
選考時の書類を思い出そうと、崇が頭を人差し指でトントンと叩いている。
「右膝下欠損。義足を着用しての打撃は相手にも了承もろてる。前にネットワークの会議で出たコポリマーって素材、覚えてます?
カーボンより軟らかいから安全って勇神館の柴田館長が言ってたやつ、、、あれっスわ」
「ああ!そうやったな、、、有田道場の子は障害なんやったっけ?、、、」
バツが悪そうに崇が顎を掻く。
「アンタ、選考委員長やったのに覚えてへんのかいな?、、、まぁ、こんだけ出場者おったら無理ないけども、、、左目が義眼で、更に左手の指が2本しか無いみたい。なんか昔に事故でって聞いたけど、詳しい事は知らんスわ」
崇に対しては、一貫してタメ口寄りの敬語で答える朝倉。その口調はB系の見た目によく合っている。
そんな朝倉が爪のささくれを剥がしながら吉川に言う。
「さっきの試合を裁きながら思った。
アンタの立ち技のセンスはかなりのもんや。
だから次の試合を見る事は、アンタの今後に必ずプラスになる」
ささくれを取り終え爪に息を吹き掛けると、途端に鋭い目を向け更にこう続けた。
「それに、こうも思った。
そのウチの子、花山香織って言うんやけど、いずれアンタとやらせてみたいっ、、、てな」
その言葉を受け、吉川が無言で不敵な笑みだけを返す。
「おもろそうやな。つまりは自分とこの選手の売り込み営業も兼ねて、俺達に見せたいって訳やな?」
未だ無言で怖い笑顔の吉川。その横から崇が代わりに言葉を返した。
「ま、そう取って貰って構いませんわ。
とにかく損はさせへんから、見といて下さいな」
普段の調子に戻った朝倉が飄々と語る。
「わかった。新しい変人の闘い方、ちゃんとウチの変人にも見せとくわ」
そう言った崇の鳩尾へと吉川の肘鉄がめり込んだ。
「ンゴッ!、、、あのぅ、、、結構ガチで苦しいんスけど、、、」
軽く上半身を折る崇の横では、先とはまた違った類の怖い顔をした吉川が立っている。
それを見て朝倉は
「ハハハッ仲ええなぁ!夫婦漫才ごっそさん♪ほな俺そろそろ行きますわ」
そう言って歩き出したが、2、3歩で振り返ると思い出した様にこう付け加えた。
「そうそうっ!グングニル勢、ちぃ~と私語が酷いでっ!今度から俺がレフリーの時は、警告与えるからそのつもりでっ!!、、、ほんじゃまた後で」
足早に去る朝倉を2人が見送る。
崇はまだ上半身を折ったままで。
そしてその原因を作った吉川はと言えば、、、笑顔で手をグッパーさせていた。




