同属嫌悪
リング中央で見つめ合う吉川と保科。
その間でレフリーがおおまかなルール説明を両者へと行っている。
身体的な障害の無い2人故、試合は通常のロスト・ポイント制で行われる。
要は30分の間に、ダウンやエスケープで相手の持ちポイントを0にするか、KOやギブアップを奪えれば勝ちである。
レフリーの説明に頷きながらも視線を外さない2人。
しかしそれは、闘志の火花を散らし合うといった類いでは無く、同じ匂いを嗅ぎ取った者同士の確認作業の様にも見える。
説明を終えたレフリーが両者のボディチェックを始めた時、ふいに保科が吉川へと言葉を掛けた。
「あなた、、、どこか私と似てる気がする、、、だから嫌い、、、」
「コラッ!私語は慎めっ!!」
レフリーが保科に注意するが、すかさず吉川も返事を返す。
「いいねアンタ、、、そういうの嫌いじゃないよ」
レフリーは吉川にも注意しようと睨みつけたが、諦めの表情でやれやれと首を振った。
(まったく、どいつもこいつも、、、)
心で毒づくレフリー。
そうである。この試合レフリーを務めているのは、毎度選手の私語に頭を悩ます羽目となる、総合格闘技ジム「烏合衆」のリーダー朝倉なのだ。
俺はこういう星の下にあるのだ、、、そう自分に言い聞かせた朝倉。
これ以上話されては厄介だとばかり、ボディチェックを手短に済ませると、早々にゴング係へと視線を投げやる。
「ファイッ!!」
朝倉が鋭い声と共に両者の間の空間を手刀で斬り、それと同時にゴングの音が波の様に周囲へと拡がった。
その波紋の中心で吉川が拳を差し出す。
すると、叩く様にではあるが、保科もそこへと拳を合わせた。
健闘を誓う儀式を済ませ、両者が一先ず距離を取る。
試合が始まっても、保科は空手着を脱がなかった。
上は空手着、下はロングレギンスという姿で、ベタ足気味にアップライトで構えている。
チィチィと舌を鳴らしながら時折膝を上げ、プレッシャーを与えながら吉川の反応を見る。
対する吉川も同じくアップライトに構えているが、あまりフットワークは使わずに左脚をトントンとリズミカルに上下させている。
この動きはいつでも前蹴りを出せる様にする為の備え、、、ムエタイ選手がよく見せるスタイルである。
保科の方が体重がある為、突進力で攻め込まれては飲み込まれてしまう。
これは保科が前に出る所にカウンターの前蹴りで動きを止め、距離を保とうという吉川の防御策である。
リーチで分がある吉川ならではの良策と思えた、、、しかしここで保科が戦略を変える。
ベタ足でジリジリと距離を詰める機を窺っていたのが、突然ステップを踏み出したのだ。
軽量でリーチのある吉川が身を据えて、重量でリーチの短い保科がその周囲を跳ねる、、、
普通ならば逆である。
それは常識的に見るならば、セオリーに反した異様な光景と言えた。
しかし保科のこの動きにより、吉川がやりにくくなったのも事実である。
言うなれば、前蹴りは「槍」の様な物だ。
前方より走り来る馬は仕留めれても、身辺を飛び回る蝿を落とすのは至難の技という事だ。
ここで、その不利に気付いた崇が指示を飛ばした。
「こっちも動けっ!」
それに反応した吉川が、保科と同じくフットワークを使おうとしたその時、一気に保科が間合いを詰めたっ!
ほんの一瞬の隙、、、
フットワークを踏む為に、足の配置を変えようとしたその瞬間を狙われた。
制空圏に入った保科が、黒帯を揺らしながら右ローキックを放つ!
それは通常の薙ぎ払う打ち方では無く、上から叩き下ろす様なローキック、、、
通称「折るローキック」である。
十分に間合いを詰めたからこそ放てる技と言えた。
しかし反応が遅れたとは言え、吉川のセンスも負けてはいない。
左腕を「アイ~ン」の形にして、右腕は目一杯前へと突き出している。そして左脚を腰まで高く上げて防御の型へと入ったのだ。
鋭角に曲げた左腕は、次に続くであろう顔面への攻撃に備えた物であり、前へと突き出された右腕は間合いを取りつつ、そちらからの攻撃を防ぐ事も出来る。
そして高く上げた左脚でローキックを受け、力を分散して威力を殺したのだった。
これもムエタイ選手がよく使う、鉄壁の防御姿勢である。
しかしガードしたとは言え、全くダメージが無い訳では無い。
隙を突かれていない万全の吉川だったなら、ガードすらせずに捌く事も出来たはずである。
(流石に重い、、、な)
吉川が顔を歪ませる。
しかし保科も目の前に伸ばされた吉川の右腕に阻まれ、それ以上の連撃に繋げる事は出来なかった。
そして再び両者の間に距離が生まれる。
仕切り直し、、、またも探り合いの始まりである。
互いにフットワークを駆使して間合いを測る。
時にジャブを、時にローを放ちながら機を窺う。
両者の距離が縮む度に空間が軋んだ。
そんな中、無意識だろうか、、、ふいに吉川が笑みを浮かべた。
「楽しいねぇ、、、」
そう呟いた吉川が動く。
それはあまりに自然で、あまりに緩やかな動き、、、それだけに気配を生まず、隙も生まなかった。
そしてそこに現れたのは、崇や藤井も知らない吉川の姿だった。




