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格パラ外伝 意志を継ぐ者達  作者: 福島崇史
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類比推理(るいひすいり)

先に入場した吉川が、リング上から静かに相手を待っている。

皆キャリアが浅いので当たり前だが、グングニル勢が先に入場するのは最早定番とも言える。


上下一体となったスポーツ用のタイツを身に着けた吉川。形としては女子レスリングのユニフォームに近いが、色は吉川の一番好きな黒である。

当初吉川は、上下別々のコスチュームを着用する予定だった。

上はトレーニング用のブラトップ。

下は(くるぶし)までのロングレギンス。

しかしこれを崇が止めた。


打撃のみの試合ならばそれでいい、、、

だが吉川が闘うのは、組み技有りの総合格闘技である。ブラトップだと()れてしまう恐れがあり、それが集中力を欠く事にも繋がる。

更にはロングレギンス、これも頂けない、、、


関節技全般に言える事だが技を極める際、両膝での締め付けというのは重要な項目である。

しかし足全体を包むロングレギンスの場合、その素材の特性から滑ってしまい、どうしても締め付けが甘くなってしまう。

万一、相手もロングレギンスを着用していた場合など、滑り具合が倍増してしまい目も当てられない。

そういった理由から崇はストップをかけたのだった。


上下一体式のタイツならば()れる心配は無く、脚部も膝上までなので技を極める際の不安も解消される。

そして勿論、打撃の攻防に関しても何等問題は無く、崇はこちらを強く推したのだった。


理由を聞き、素直にそれを受け入れた吉川、、、好きな色とは言え、地味な黒のタイツに黒のオープンフィンガーグローブ。折角の晴れ舞台だが、そこに華やかさは皆無である。

だが、どこか凄味が増して見えるのは気のせいだろうか、、、

それはその落ち着き払った佇まいも作用しているのだろう。


普通デビュー戦と言えば、リングに上がってから試合が始まる迄の間、シャドーをしたり意味無く動き回ったりと、多少なりとも緊張を表に出すものだが、吉川と来たらリングに上がり一礼を済ますと、自陣である青コーナーにずっと(もた)れたままである。

そのまま微動だにせず、じっと相手の入場口を見つめていた、、、その様は一種の大物感すら漂う。


いよいよアナウンスに(いざな)われ、対戦相手の保科 静が姿を見せる。

セコンドには規定ギリギリの3名が就いているらしく、計4名が入場口から現れた。

大極塾のロゴが入ったTシャツにジャージ姿の男達が3名。

その中で唯独り、空手着を纏って入場した保科。


5年のブランクがあろうとも、己の原点は空手にあるっ!その姿はそう言っていた。


総合格闘技の試合であっても、自分は空手家として臨むっ!そんな矜持が滲み出ている。


そんな保科の想いを感じ取ったのだろうか、それまで無表情だった吉川が初めて笑みを浮かべ呟いた。

「いいねぇ、、、」



セコンドの1人が身体でロープを開き、保科がその隙間を潜り抜ける。

片手を挙げ声援に応えた彼女は、思いの外に小さかった。

吉川より10㎝は小さいだろう。

恐らくは145㎝程だろうか、、、、


しかしその分、幅と厚みは吉川の比では無い。

空手着の袖口から覗く前腕などは、買い物袋からはみ出したフランスパンの如く、歪な隆起を見せている。

体重は吉川の10㎏は上と思って間違いは無いだろう。

そんな保科を見た崇の第一印象は、失礼ながら(豆タンク)だった。


「解っとるとは思うけど、パワーはあっちが遥かに上や、、、真正面からぶつかろうなんて思うなよ、、、」と、崇。


「でもスピードはママが上やと思うから、揺さぶって行こうっ!」と、藤井。

しかし吉川はそれらの言葉に反応を見せない。

ただじっと保科の顔を見つめている。

不思議に感じた崇が、同じように保科の顔へと目を向ける。


(??、、、どっかで見た気が、、、)

崇は妙な既視感に襲われた。

勿論、書類選考の際に写真は見ているが、そういう事では無い。

彼女の持つ空気や表情に見覚えがあるのだ。

記憶の糸を辿る崇、、、、

(!!)

既視感の正体がようやく判った、、、

それは今、目の前に立っている。

そうである、、、その正体は吉川だったのだ。


グングニルに入団して来た時の吉川は、生気の無い表情をしていた。

力無い眼差しが、全てを諦めた人間の様に感じられた、、、しかしそれでも自分を変えようと入団以降も足掻き続けた結果、今の吉川が居る。

保科からは、自分を変える決意をしたあの時の吉川と同じ匂いがするのだ。

決して顔が似ている訳では無い。

力無いながらどこか強さを感じさせる眼差し

。そして空気や匂い、それらが一致している、、、そうとしか説明は出来ない。


しかし藤井も薄々感じたのだろう、吉川と保科の間で視線を往復させている。

そして何より吉川本人がそれを感じていたのである。

先程の凝視の理由はそこにあった。


ついにリングアナが両者をコールする。

所属先・名前・身長・体重と共に障害部位をコールするのが定例となっているのだが、心の病にも色々な症状があり、一言での説明は難しい。

その為、事前に両者の承諾を得て、精神的疾患という言葉を使わせて貰った。

そんな言葉で表せるような軽い物で無い事は理解しているのだが、運営側としても不本意な苦肉の策だったのだ。


コールが終わり、レフリーが両者を中央へと招く。

足を踏み出した吉川を崇が呼び止めた。

コーナーへ戻って来た吉川の耳元に顔を寄せた崇。そして喧騒の中でも聞き取れる様に、ハッキリとした口調でこう伝えた。


「セコンドに就いたのは御守りのお礼であり御返しや、、、でもな、ここから先は俺からのプレゼント、、、絶対に勝利をくれてやるから」


言われた吉川は一瞬だけ女の顔を見せたが、直ぐに流し目で崇を睨み付けると、この一言だけを返してそそくさとリング中央へと向かって行った。

「何よ、、偉っそうにっ!」


やり取りを見ていた藤井にその言葉は、態度とは裏腹に妙に嬉しそうに聞こえていた。


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