家族(仮)
昼の休憩が終わり、出番の近付いた吉川とセコンドを務める崇、藤井の3人は既に入場口の袖で待機していた。
「ママ、、、緊張してる?」
藤井が少し不安そうな面持ちで尋ねた。
「ん、、、まぁデビュー戦やし少しはね。でも、そう言う一彦の方が緊張して見えるで?」
「だ、、だって、セコンドなんて、、、やった事、、な、無いからさ、、、」
からかう様に言われながらも、素直にそう答えた藤井。
軽度の知的障害と発達障害を抱える彼だが、グングニルに入って以降、人間的に最も成長したメンバーとも言える。
過去の彼は障害を理由にいじめを受け、不登校となり嫌な事からは逃げてきた、、、
しかし格闘技を続け、理解ある仲間を得た事で彼は変わった。
自信を手に入れた藤井は、もう逃げる事をやめたのだ。
再び学校へも通い始めた。
そして周囲もそんな彼の変化を感じ取ったのだろう、あれほどに酷かったいじめも嘘の様に無くなっていった。
そんな藤井だが、やはり吉川の前では今でも素の自分を晒ける様だ。
その証拠に緊張した時の彼の癖、「どもり」が出てしまっている。
強がる事、我慢する事、頑張る事を覚えた藤井が、人前で「どもり」を見せる事はほぼ無くなっている。
それが吉川の前ではこれである。
母親の居ない藤井がママと慕う吉川、、、それだけ彼女の事を信頼している証しだろう。
身体をもじもじと捻りながら、上目遣いとなっている藤井。
それを見て、入団したての頃の彼を想い出しながら、その肩にそっと手を置いた崇。
「俺が一緒や。大丈夫、心配すんなっ!」
それを受け少し不安も和らいだのだろう、藤井がようやく笑顔を見せた。
「一彦も後で試合あるのに、セコンドなんかやらせてゴメンね、、、」
申し訳無さそうに吉川が言う。
「確かにな、、、集中したけりゃ無理せんでええんやぞ?」
吉川の言葉に乗っかった崇だったが、内心は言うだけ無駄だろうと踏んでいた。
するとその予想は見事に的中し、強い眼を返した藤井がキッパリと言う。
「大丈夫っ!ママのセコンドには絶対就くって決めてたからっ!!」
そこからもう「どもり」は消えていた。
「わかった!じゃあママの為に一緒に頑張ろなっ!!」
そう言って崇は藤井の頭をくしゃりと一撫ですると、今度は吉川へと向き直る。
そしてその肩に手を置くと、先程藤井に掛けたのと全く同じ言葉を彼女にも捧げた。
「俺が一緒や。大丈夫、心配すんなっ!」
その言葉を貰い頷いた吉川、悪戯な笑顔で言葉を返す。
「頼りにしてまっせ師匠っ♪」
「ずるいよ福さんっ!(俺が一緒や)じゃ無くて(俺達が一緒や)でしょっ!?」
藤井が拗ねた様に頬を膨らませている。
「解ってる。勿論アンタも頼りにしてるから、お願いね一彦っ!」
なだめた訳では無く、本心からそう告げた吉川。
崇と同じく、力強く頷いた藤井の頭を一撫でした時、ついに入場の時が訪れた。
誰からとも無く3人が円陣を組み、中心でその手を重ねる。
「いよいよかぁ、、、私、頑張るからっ!2人共フォローお願いねっ!」
「うん、頑張ってねママッ!!」
「よっしゃ!ほんじゃ勝ちに行きますかっ!」
それぞれが想いを口にし、威勢の良い掛け声を同時に上げると、崇を先頭に吉川、藤井の順に入場して行く。
先までまるで家族の様な雰囲気だった3人。
しかし3人の顔から既に笑顔は消え、戦場へ向かうチームのそれとなっている。
決戦の時は近い、、、




