是か非か?
「ンガァッ!!」
雄叫びを挙げ、跳び退く様な動きを見せた鈴鳴。
当然その機を逃すはずも無く、松井はまんまと抑え込みから脱出して見せた。
観客は勿論、レフリーすらも何が起こったのか理解出来てはいない。
理解していたのは当事者の2人。そしてもう1人、本部席に居る崇の計3人だけである。
「フフン、、、松ちゃん、アレを使ったな、、、」
呟いた崇を大作が見る。
「アレ、、、?」
「あぁ、、、ちょっとした裏技みたいなもんや。大作、これはひょっとしたら少し揉める事なるかも知れんぞ、、、」
「え?ちょ、、何?、、、全く話が見えへんのやけど、、、」
少々狼狽える大作を横目に、微笑を携えた崇が再び呟いた。
「まぁ見とれや、、、」
この時リング上は試合の流れが止まっていた。
どうやら崇の予言は当たったらしく、左脇腹付近を手で押さえた鈴鳴が、赤くなった顔に脂汗を滲ませながら、何やら必死にレフリーへと訴えていた。
「オイッ!レフリーッ!!こいつ、俺のアバラに指引っ掛けやがったぞっ!いくらなんでも反則ちゃうんかっ!?」
そう、、、松井は皮膚の薄い、1番下の肋骨付近に指を捻じ込み、そのままアバラを引っ張ったのだ。
鈴鳴の胴下に入り込んでいた右手の位置、それが丁度良かった事も手伝って、思いの外スムーズに事は運んだ。
レフリーへと唾を飛ばしている鈴鳴を見つめる松井、、、その冷ややかな視線がまた、鈴鳴の怒りの炎に更なる薪をくべる。
「なんやその目はっ!?汚い手ぇ使っといて、そんな目で見くさりやがって!!」
矛先がレフリーから松井へと変わり、今にも詰め寄りそうな勢いの鈴鳴。
リングに座した体勢のまま、ズリズリと松井に近付き始めた所でレフリーの三島が割って入った。
「待て待てっ!、、、とりあえず2人共、一旦コーナーに戻ってくれ。今のが反則かどうか、、、審議に入る」
痛点を指で圧する、、、
骨に指を引っ掛ける、、、
ルールブックに明確に反則とは記されていない事例である。
問題は「スポーツマンとしてあるまじき行為」
この一文に該当するのかどうか、その一点である。
レフリーの三島は自分だけで審判を下すには荷が重いと、本部席に助けを求める事を選んだ。
「福さんの言った通りになったなぁ、、、」
「せやろ?」
これだけの短い会話を交わし立ち上がると、そのまま2人はリング下へと向かう。
リング下ではすがる様な目をした三島が待っていた。
リング上では松井と鈴鳴の視殺戦が続いている。松井は冷静な面持ちで、ただただ鈴鳴を見つめているだけだが、鈴鳴などは鎖に繋がれた獣さながらで、早々に結論を出さねば今にも鎖を断ち切り飛び出さんばかりである。
「どうしましょ?」
先ず口を開いたのは三島だった。
「大作、、、お前が主催者であり責任者や。お前が決断せぇ」
崇の台詞に一瞬顔をしかめた大作。
しかし集めた皺を直ぐに解放すると
「福さんは松ちゃんが何をしたのか、直ぐに判っとったやん?更にはこういう状況になる事も予想しとった、、、て、事は過去にこれに似た状況を経験しとるんとちゃう?
参考ばかし、良ければ聞かせてぇや」
そう崇に話し掛けた。
崇はあの日、特別講習であった出来事について、そしてあの時と同じ自分の見解をも2人へと話して聞かせる。
「なるほど、、、言われてみれば、、、」
「確かにな、、、一理あるわ」
崇の話を聞き終えた2人の反応である。
「アレを反則じゃ無いと教えたのは俺やしな、正直その考えが間違ってるとも思って無い。それでも最終判断を下すのは、やっぱお前やで大作、、、どうするよ?」
そう言って大作を見つめる崇。
つられて三島も大作を見つめた。
すると大作はニヤリと嗤い、崇だけに何やら耳打ちをする。
「え~~っ!?いやいやいや、、、お前、、、正気か?」
聞き終えた崇の反応、それを見る大作の顔はイタズラっ子その物である。
しかし、、、その中で唯一人、置いてけぼりを喰らった形の三島。
2人の間に視線を往復させると、自問するかの様に静かに呟いた。
「え~っと、、、確か俺がレフリーやった、、、よな、、、?」




