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格パラ外伝 意志を継ぐ者達  作者: 福島崇史
20/76

過去 2

ものの2分とかかってはいない。

鈴鳴は目の前で起こった事が信じられなかった。いや、、、理解すら出来ては居なかった。

その老人は眼前に迫った男の顔に笑顔を投げると

「お前さん、息臭いで、、、ちゃんと歯ぁ磨いとるか?」

そう言い、被っていた帽子で男の顔を塞ぎ視界を奪うと、男の顎下に手を当てそのまま押し上げた。

強制的に天を仰がされ、爪先立ちとなった男。

老人は爪先で男の足先を刈り、宙に浮いた男の身体を顎に当てたままの手で地面へと叩き付けた。


後頭部を(したた)かに打ち付けた男はそのままノビてしまった。

更に老人は、呆気に取られるもう1人の男へ目を向けると


「すまんが、これ持っとってくれるか?」


そう言いながら、フワリと帽子を投げ渡した。

不思議なもので人間は、咄嗟に目の前に投げられた物を反射的に手に取ろうとしてしまう。

そしてこの男も例外では無かった。


「おっと、、、」


そう言いながら落とさぬ様にと、御丁寧に両の手でその帽子を受け止めている。

まんまと男の両手を封じた老人は、一気に間合いを詰めると


「ありがとさん♪」


そう言いながら男の手から帽子を取り、己の頭にヒョイと載せた。

その直後、男の左脇に右手を挿し込み、フックする様に背後に回した手で男の肩を掴む。

そして左足を1歩後方に引きながら自らの身体を捻ると、男の身体は自然と前のめりに倒れて行った。

老人は男の左腕を背後に折り畳み、膝で男の身体を抑え込むと、余裕綽々で関節を極めて見せた。

情けない声を挙げながら、アスファルトに抑えつけられた男


「どや?参ったか?」


老人が問うが、激痛からまともに返事も出来ない。ただただ言葉にならない呻きを挙げている。

すると老人は攻撃の際に手放し、地面に転がっていたステッキを空いている左手に取った。

そしてそれで男の頭を小突きながら再び問う。


「参ったかと訊いとるんやけどな?」


「ば、、、ばいっだ」

痛みで半ベソをかきながら男が答える。

しかし老人は直ぐには放さず、意地悪な表情で再び話し掛けた。


「目上の者には敬語を使うもんや、、、はい、やり直し」


「ば、、、ばいりばじたぁ~っ!!」

もはや半ベソでは無く、男は完全に泣いている。


「よっしゃよっしゃ、それでええ。で、1つ忠告やが、、、この技を解いた後でもしお前さんが再び向かって来たなら、今度は容赦無く折るで?そん時ゃあ腕とは限らんがのぅ、、、

解ったか?」


その怖い台詞に男は、アスファルトに抑え付けられた顔で強引に頷いて見せる。

地面に擦れてゴリゴリと音を鳴らしながら、、、

しかし老人は、そんな男に向けて容赦無く怒鳴りつけた。


「解ったかって訊いとるんじゃ、茶坊主っ!」


「ば、、、ばがった、、、いや、ばがりまじだぁっ!!」


「解りゃあええんよ、解りゃあ♪」

先の鬼の如き恫喝が嘘の様な優しい声で言うと、老人はようやく男を解放した。

その足下には白目を剥いて横たわる男と、左腕を押さえて踞る男、、、2人がやられる間、鈴鳴は1歩も動けなかった。

仲間を助けようという考えすら生まれなかったのだ。

鈴鳴は、足がすくむとはこういう事なのだと初めて知った。


そんな鈴鳴へ老人が目を向ける。

今しがた倒した男達に比べ、未だ幼さの残る鈴鳴に違和感を覚えたらしく


「なんやお前さん、、、よう見たら未だ子供やないか、、、なんやら訳ありみたいやのぅ」

そう声を掛けた。


緊張で顔の強張る鈴鳴、震えながらも本能的に拳を構えてしまった。

それを見た老人は感嘆の声を挙げた。


「闘うワシを見ておきながら、構えを取るとは大した胆力やっ!お前さん、気にいったで!

どや?爺さんとラーメン喰いに行かんか?」


その言葉に鈴鳴はスッと力が抜けた、、、

そして構えを解くと、自分でも驚くほど素直に頷いていた。


これが師となる塩川(しおかわ) 鉄心(てっしん)との出会いであった。


24時間営業の店でラーメンを食べながら、これ迄の自分の生い立ちと経緯(いきさつ)を話した鈴鳴。

鉄心は同情などでは無く、共感を以て聞いてくれた。


店を出ると鈴鳴は深々と頭を下げて


「ご馳走さまでした、それと、、、聞いてくれてありがとうございました」


そう言って鉄心に背を向けた。

しかしその背に鉄心の声が掛かる。


「お前さん、行く所無いんやろ?これも(えにし)や、、、ワシん所に来んか?」


こうして鉄心の営む、実戦合気道場「養武会」の内弟子としての生活が始まった。


「とりあえず義務教育だけは済ませとけぃ」


鉄心はそう言って中学へも復帰させてくれた。

武の道へ入った事で自信も生まれ、卑屈になる事も無くなった。

すると不思議な事に、つまらないイジメも受けなくなって行った。

ようやく、、、本当にようやく、普通の中学生としての暮らしが始まり、初めて居場所が出来た鈴鳴。


しかしである、、、悲劇は終わってはいなかった。

そんな彼をかつての仲間が放っておくはずも無く、捜し出された鈴鳴は激しいリンチを受ける事となってしまった。

複数の男達に木刀とバットで滅多打ちにされ、その傷がもとで下半身に障害を残す事となる。


再び絶望感に抱かれ、闇へと沈みそうになった鈴鳴。

しかし鉄心はそうさせなかった。

同情も贔屓も何も無い、今までと何も変わらぬ接し方が鈴鳴を救ってくれた。


「合気道には座したままで相手を制する技も多数ある、何も心配せんでええ」


そう言って修業も続けさせてくれた。

そうして約10年、家族の一員として蜜月の日々を過ごす事となる。

鈴鳴にとって鉄心は、闇の中の灯火にも等しい存在だった。

しかし数ヶ月前、その灯火は突然消えてしまった。しかも鈴鳴の目の前で、、、


それは道場での稽古中の事だった。

座して皆の稽古を見ていた鉄心が、突然舟を漕ぎ出したのだ。

(もう、お歳だしね、、、)

(疲れてはるんやろな、、、)

道場生達はクスクスと笑いながら、微笑ましい想いでそれを見ている。


しかし鈴鳴だけは違和感を持っていた。

この10年、稽古中に鉄心が居眠りする事など、ただの1度も無かったからである。

首をかしげながら鉄心の様子を窺っていると、座していた鉄心が崩れる様に倒れこみ、大きく(いびき)をかき始めたではないか。

(やはりおかしい!)

そう感じた鈴鳴が叫ぶ!

「救急車、、、救急車やっ!!」


脳梗塞だった。

開頭手術が行われたが、間に合わなかった。

あっけなく、、、本当にあっけなく、別れの言葉も感謝の言葉も告げる事すら出来ずに訪れた突然の別れだった。


暫くして鈴鳴は考えた。

師に対して自分に出来る弔いを、、、

そして出した答えがラグナロクへの参戦である。

鉄心が愛情と共に授けてくれた技術、それがどれだけ身に付いているか、、、

天国の鉄心に見て欲しかった。


全てが敵だったあの頃。

それを救ってくれた鉄心ももう居ない。

道を指し示してくれた光が消え、再び闇に迷う想いの鈴鳴、、、その目はあの頃と同じ暗い双眸へと戻りかけている。

その空恐ろしい視線を正面から受け止め、真っ直ぐな瞳で対峙する松井。


失った深き愛を引き摺る者と、健やかに愛を育む者、、、そんな両者の闘いがついに始まった。

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