円陣
皆が信じられない物を見る表情を浮かべた。
そこに立っていたのは、居るはずの無い、、、いや、居てはならない人物だったからである。
暫しの沈黙の後、ようやく優子が口を開いた。
「ちょ、、、なんでおるん?」
控え室入口に立った男が真顔で答える。
「俺がお前らを見届けんでどうすんねん」
そう、当然の事が如く言い放ったのは崇であった。直ぐ後ろには気遣うように寄り添う新木の姿が見える。
「病院行かんでええんかいなっ!?」
「ほんまやっ!頭打たれとるんやでっ!」
「無理せんと行かなアカンて、、、」
次々飛び交うメンバーの言葉、、、
しかしそれらには耳も貸さず、室内の椅子に腰を下ろした崇。
皆、崇に言っても無駄だと悟ったらしく、直ぐさま矛先を変えた。
問い詰める様な視線が新木に集中する。
それらを一身に受け、新木はたじろぎながら弁明を始めた。
「いや、皆の言いたい事は解る、、、勿論俺も何回も言うたんやでっ!
でも、、最後やからって、、、見届けな後悔するからって、、、そない言われてもうたら、、こっちは何も言えんやん、、、」
それを聞いて鼻を1つ鳴らした優子、腕を組みながら頷いた。
「ま、、そうなるわね、、気持ちは解るわ」
ここでようやく崇が言葉を吐く。
「兄弟を責めるんはお門違いやで。これは俺のわがままやから。
メンバー全員の出番を見終えたら病院行くよ、、、それは約束する。だから今はわがまま聞いてくれ、、な?」
懇願するその表情を見て、もはや反論出来る者は居ない。
控え室は、これ以上言っても無駄という諦めと、身体に対する心配、そして崇が居てくれる事への安心感が入り雑じった不思議な空気に包まれていた。
そしてそこへ新たな客人が現れる。
「ええんちゃう?
ただし!その状態でセコンドはやらされへんでっ!俺達と本部席で大人しく観戦する、、、約束出来るな?」
声の主は大作である。
崇が救急車に乗らなかったと知り、慌ててこちらへ飛んで来たらしい。
「約束出来るなっ!?」
強めの語気で念を押す大作に、崇が渋々頷いた
「、、、わかった」
「よしっ!ならOKっ!優ちゃん、俺の隣にもう1つ席を用意してなっ!」
勝者と敗者が並んで観戦するという、妙な成り行きとなったが、とりあえずは皆がその形で納得し落ち着いた。
席の準備が出来、大作と優子が寄り添いながら控え室を出る、、、そこで崇が振り返った。
「また顔出すから。先ずは山ちゃん!練習した事を出せれば大丈夫やっ!自信持って全部出し切れなっ!!
それと、、、兄弟、鈴本っちゃん、哲っさん、、、セコンド、、、皆の事頼むな」
頭を下げる崇に呼ばれた3人が親指を立てて応える。
それを見た崇は、安心した笑顔を残し控え室を出ていった。
それを見送ると
「よっしゃっ!俺の出番やっ!いっちょ魅せるでぇ~♪」
そう山下が叫び、鈴本へと目をやる。
そしてようやく2人は、崇の出現により中断されていたウォーミングアップを始めた。
今リングで行われている他団体同士の試合、それが終わるといよいよグングニル勢の出番となる。
アップを終えた山下とメンバーが、円陣を組み士気を上げる。
輪の中央で皆の掌が重なり、一番上にグローブを嵌めた山下の左手が載せられた。
「ほんじゃまぁ、、行ってくらぁな♪」
山下の一言を合図に、皆が重ねた掌を一気に上へと突き上げた。
「イェ~ィッ!」
「ウェ~ィッ!」
「ヨッシャ~ッ!!」
皆が思い思いに声を挙げながらハイタッチを交わす。
落ち着いた頃を見計らい
「よし、、、そろそろ向かおか、、、」
鈴本のクールな声が響き、山下が頷く。
そして皆に背を向けると、グングニル先鋒である山下が、戦場へ向かう為ついにその1歩を踏み出した。