キラキラ
「ん?前以て聞いてた相手から変更なった?予定では確か下原って名前の奴やったよな、、、どう見ても日本人ちゃうねんけど、、、」
対戦者を見た高梨が疑問を口にした。
口にこそ出さないが、鈴本の顔にも同じ疑問が張り付いている。
しかし当の松井だけは、一縷の動揺も見せてはいなかった。
(関係ない。どこの国の人間だとか、誰が相手だとか、そんな事は些細な事。
今日この場で、己が闘うという事実は何も変わらない、、、ならばする事は1つだっ!)
松井の顔はそう言っていた。
こういうリアリズムを持っているのも、若き日に路上で闘って来た彼ならではだろう。
そういった意味では、この松井が最も崇に似ているのかも知れない。
そしてその松井はただ黙って対戦者のリングインを見つめている。
セコンドに担ぎ上げられ、その男はリングに転がり込んで来た。
その男は細長かった、、、
顔も胴も、そして手足すらも細長かった。
リングに胡座を組み、長い手を自分の前につくその容姿はあたかも蜘蛛を連想させる。
そして精気の宿らぬその瞳は、えも知れぬ不気味さを漂わせていた。
コーナーで高梨がポケットから何やら取り出した。
それは対戦表だった。
「え~っと、、、うん、やっぱり下原って書いてるわ、、、下原 鈴鳴、、、すずなりって読むんかな?これ、、、」
鈴本と高梨の顔が対戦表とその男の間を往復している。
ここで初めて松井の手が動いた。
小指をチョンチョンと2度、自らの顎に当てている。
意味の解らぬ鈴本と高梨が、助けを求めて美佐に目をやった。
「それ、、、構わないって意味です。誰が相手でも問題無い、、、そう言いたいのでしょう」
美佐の言葉に松井が微笑みながら頷く。
すると頭を掻きながら鈴本が言った。
「その通りやな、、、いや、集中力を乱す真似して悪かった、、、」
「ほんまやな、、、ゴメンゴメン!」
続いて高梨も松井に詫びる。
それに松井が小さく手を振って応えた時、選手紹介のアナウンスが流れ始めた。
「青コーナー、身長173㎝、体重76㎏、障害部位は脊髄損傷による下半身不随。
グングニル所属 松井肇」
沸き上がる拍手に松井が、頭を下げて静かに応える。
「対しまして赤コーナー、身長181㎝、体重76㎏、障害部位は同じく脊髄損傷による下半身不随。
合気道養武会所属 下原鈴鳴」
その名に会場はザワつき、鈴本と高梨の目が点となった。
「ベ、ベルナルドって、、、」
鈴本がボソリとこぼすと
「とんだキラキラネームやな、、、」
そう高梨が応える。
しかしそれでも松井の表情は微塵も崩れてはいなかった。