決意
美佐が見守る中、鈴本と高梨に抱え上げられる様にしてリングへと入った松井。
リングインすると、暫し感慨深げに周囲を見渡していた。
実は松井はこの場所で闘うのは初めてでは無い。
空手家として数回、この体育館で試合を行った事があるのだ。
体育館全体に目を配り、最後に視線を止めたのは己の居るリングの直ぐ隣、畳の試合場だった。
そこでは柔道・柔術・空手の試合が行われており、それを何とも言えない表情で見つめている。
空手への未練、、、それが無いと言えば嘘になる。
あの頃よりも高い位置にある、リングという戦場で過去に想いを馳せると、色々な感情が心の中で渦巻いた。
そこへセコンドの鈴本が声を掛ける。
「お前が見学に来た日の事、福さんから聞いたよ。打撃の練習はほぼ出来ない、組技メインの練習になる、そう伝えた時のお前の無念そうな顔が忘れられん、、、
そんな風に福さんが言うとったわ。
100%とは言わんけど、俺もお前の気持ちは解る。好きな物を諦めなアカン辛さ、経験は無いけど想像つくよ。
でもお前はそれを乗り越えて今この場所におる。頑張る姿を見てきたからこそ、勝たせたいと強く思う。
だから今のお前を全て出し切って来い。
んで、、、美佐さんに勝つ所を見せてやれ」
沁みた。
危うく感情が堰を切る所だった。
普段は寡黙な鈴本だけに、示してくれたその言葉に温もりを感じた。
ちゃんと心の中では理解して見てくれていたのだと思うと、それがとても嬉しかった。
確かに鈴本の言う通りである。
なかなか空手家だった過去を捨て切れない自分、、、グングニルに入ってからも、それとの闘いが暫く続いた。
打撃を練習する他のメンバーを羨む自分が居た。
組技の練習をしながら、俺は何をしているのだろうと疑問を持った時もあった。
しかしそれらは時間と共に、新たな知識や技術を得る悦びへと変わっていった。
松井は思う。
自分は進化したのだと。
身体的にはあの頃より劣ろうと、心・技は今の方が上であると。
人間として総合的には成長を遂げたと。
鈴本の言葉のお陰で、つい今しがたまで心の中をバラバラに乱れ飛んでいた、幾つもの感情が1つの決意としてまとまった。
空手という枠を払拭し、空手家としての矜持だけを胸に、一武人として闘い、、、そして勝つと。
高梨が鈴本の背を叩き、その肩に肘を掛ける。
「くぅ~~っ!ええ事言うなぁ鈴本っちゃん!!」
そう言うと今度は松井に目を向けてこう続けた。
「でもな松ちゃん、これ俺が言おうと思うとった事やねん。盗作やねん盗作っ!だから近々訴えようかと思うとるねんけどな」
「なんでやねんっ!!」
ベタベタな突っ込みを鈴本が入れ、3人が同時に笑い出すと、リング下からそれを見ていた美佐も弾ける笑顔で笑っている。
すると丁度そのタイミングで対戦相手が入場して来た。
「来たで、、、」
鈴本が顎をしゃくらせ、その方向を見るように促すと、和やかだった空気が一瞬にして一変する。
松井も緩みかけていた気を引き締め直した。
、、、いや、そうでは無かった。
緩んだのでは無く、リラックス出来たのだ。
今の自分は緊張と緩和が良い形で同居している。
驕る訳では無いが、どんな相手であろうと敗ける気がしない。
心身の合致による充実感に充たされ、松井は静かに対戦者へと目を向けた。
自分と同じく車イスに乗り、2人のセコンドと共に近付いて来るその男、、、
それは浅黒い肌をした異国の男であった。