幕引きは慟哭と共に
試合を止めるというレフリー三島の判断は正しかった。
しかし時は既に遅く、三島がストップをかけるとほぼ同時に、工藤の肘はゾッとする断末魔を轟かせる。
「ボグッ!!」
日常で耳にする事の無いその音、、、三島が慌てて2人を引き離した。
そして会場の人々が目にしたのは、逆方向へも曲がる仕様となった工藤の左肘である。
あちこちから小さな悲鳴があがり、ようやく試合終了を告げるゴングが鳴り響いた。
7分08秒、、、レフリーストップにより浦上の勝利である。
騒然とする会場とシンクロするように、リング上も慌ただしい動きを見せていた。
リングドクターが応急処置を施すその横ににじり寄り、浦上が工藤へと話し掛けた。
「悪いな先輩。大丈夫か?」
脂汗を滲ませながらも工藤が答える。
「大丈夫な訳あらへんやろっ!
折ってみいって言われて、ほんまに折る奴があるかいっ!!」
口ぶりは荒くとも、その顔はどこか嬉しそうである。そしてこう付け加えた。
「しかも顔色1つ変えんと折りくさって、、、凄ぇな、お前」
なんの躊躇いも見せず折った浦上。それはある種の工藤への敬意であり、心配りとも言えた。
工藤は浦上が見せてくれたその心意気と、覚悟、、、そう、折る覚悟を讃えたのだ。
「アンタこそ凄ぇよ、、、先輩」
今まで意地を張るだけの相手は数多く見てきた。
大口を叩くだけの相手も腐る程に見てきた。
しかしそういった連中の殆どは、覚悟の足りない口先だけの男達だった。
いざとなれば情けない声をあげ、容易くギブアップを選ぶ、、、、
しかし工藤は違った。
散々に意地を張り、大口を叩いた、、、ここまでは他の男達と同じであるが、驚く事に工藤は折られる瞬間は呻き声1つ発っさなかった。
浦上は工藤の見せた意固地っぷりと、折られる覚悟を讃えたのだ。
しかし、、、
格闘技の試合で関節技が極り、よく「折れた」と表現するが、実際には脱臼が殆どである。
打撃でならば剥離骨折や粉砕骨折、陥没骨折や開放骨折となりえるが、関節技では脱臼もしくは螺旋骨折といった所である。
工藤の肘のダメージも、例にもれず脱臼であった。
外れた肘を固定され、担架に載せられた工藤。
リングから運び出される直前、思い出したかの様に浦上へと問い掛けた。
「あ!そうそう、、、お前さぁ、なんで俺の事を先輩って呼ぶん?」
ニヤリと嗤った浦上が
「直ぐに判るわ」
とだけ答えると、意味を察したのか工藤も、嗤いながら一言だけを返した。
「待っとるで」
グングニルの面々に運び出される工藤へ深々と頭を下げた浦上。
運ばれ行く担架の後ろ、主人を担架に横取りされた寂しげな車イスが鈴本に押されている。
観客はその姿が見えなくなるまで拍手で見送り、浦上も拍手が鳴り止むまで頭を上げようとはしなかった。
一段落したリング上で、レフリーに手を掲げられ改めて勝ち名乗りを受けた浦上。
称賛の拍手の中、四方へと頭を下げた後、本部席へと目を向けた。
そしてそこに座する憧れの地の長、福田 大作と目が合うと、マイクを使わずに生声で叫んで訴えかける。
「俺を、、、俺をグングニルに入れて下さいっ!!」
未だ鳴り止まぬ拍手と歓声、それらをものともせず、その魂の声は大作へと届いた。
1度窺うように崇を見た大作。
しかし崇はもうグングニルの人間では無くなった身である。
「お前が決めろ」とばかりに、笑うだけにとどめている。
子供のような目を向け、答えを待つ浦上、、、
大作は徐に立ち上がると、返事代わりに浦上の方へ向け笑顔で親指を立てて見せた。
突っ伏すようにリングへ額を擦りつけた浦上。
その身体は小刻みに震えているようであった。