重なりし物
ずっと前屈みの体勢を強いられていた工藤、技から解放された瞬間、浦上の胸元に手をつき、跳ね上げる勢いで上体を起こした。
新たな展開に会場から拍手が沸き起こる。
(へっ脱けたでっ!こっから俺のターンやっ!)
色めいた工藤が反撃に出ようと、浦上の上へ被さる動きを見せた。狙いは抑え込みである。
袈裟固め、上四方固め、横四方固め、、、
技は何でも良かった。
己の未熟な技術では関節技での1本を取るのは難しい。これまでの闘いで実力の開きは実感していた、、、そう、文字通り痛い程に。
しかし抑え込みならば!
抑え込みという物は1度型に入ってしまえば、そこに実力差があろうとそうそう返せる物では無い。
まして柔道や柔術と違い、これは裸での闘いである。道着のような掴む物が無い。
そんな相手を返すのはまさに至難の技と言える。
つまり自分が勝機を見出だすならば、これしか無い、、、工藤はそう判断したのだ。
だがしかし、、、やはり工藤は青かった。
いや、浦上が数枚 上手だったと言うべきか。
この時、工藤の動きには2つの落ち度があった。
先刻、浦上の胸元についた左手、それを掴まれている事に気付かなかった、、、
これが1つ目の落ち度。
そして勝ちを焦ったのか、、、未だ己に絡む浦上の足、それを振り払わないままで攻めに転じてしまった、、、
これが2つ目の落ち度だった。
浦上は覆い被さって来る工藤の勢いを止める事はせず、絶妙のタイミングで右横へと体をずらす様に逃がしたのだ。
この際、工藤の左手を掴んでいた為、自然と工藤の左腕も浦上の動きに合わせて横へと伸びた。
それをガッチリと固定しながら、その肘裏に自らの足を滑り落とした浦上、そのまま掴んだ左手首を軽く上へと押し上げた。
つまり、俯せとなって固定された工藤の左肩が支点、押し上げた手首が力点、そして浦上の足が乗り上から圧迫された肘裏が作用点となった訳だ。
裏十字固め、、、そう呼ばれる技である。
ここまで完璧に極まっては最早逃れる術は無い。
自力での脱出は絶望的と言えた。
三角締めから逃れ、反撃のチャンスだったはずが、瞬時に危機的状況へと陥ってしまった工藤。
その耳元で浦上が囁く。
「こうなってしもたら もう無理や、、、先輩」
「へっ!ぬかせっ!俺は死んでもギブアップせんどっ!折りたきゃ折れやっ!!」
精一杯の強がりだろう、、、
言い終えたその顔は脂汗にまみれ、歯はカチカチと不規則に鳴っている。
「そっか、、、解った、、、」
工藤の覚悟を確かめる様に浦上がその手に力を込めた。
工藤の腕が弓弧の如く反っていく。
「グフッ、、、ング、、、カハッ、、、」
工藤の息づかいが荒くなり、涎と鼻水までも垂れ流している、、、屈辱で涙が溢れ出した。
そしてそれを掻き消す様に最後の強がりを吐く。
「ク、クソったれがぁ~っ!!」
その声に重なる物が2つあった。
1つはレフリーの止める声。
危険と判断した三島がストップを決意したのだった。
そしてもう1つはボグッという鈍い音、、、
それは聴く者をゾッとさせる、聴き慣れぬ音であった、、、、