限界点
工藤と浦上の闘いを、じっと見つめる男の姿があった。
会場の隅、壁際に凭れて笑みを浮かべている。
その男は巨体だった。
身長は185㎝前後、体重は100㎏ぐらいであろうか。
一見すると太り気味にも見えるが、下地に分厚い筋肉を詰め込み、その上からうっすらと脂肪でコーティングした様な肉体である。
しかし右腕だけが細かった。
どうやら動かないらしく、胸元で折り畳まれたままとなっている。
巨体に対して明らかにアンバランスなその姿は、最強の肉食恐竜と謳われたTーREXを連想させた。
どうやらこの男も参加選手のようである。
そして工藤がパワーボムを繰り出すと、驚きと落胆の入り雑じった表情でこう呟き、首を振りながら控え室へと消えて行った。
「あ~あ、、、先を越されたか、、、」
話はリング上へと戻る。
変形の三角締めに捕らえられた工藤。
堪えてはいるが、もう残された時間は少ない。
狭まる視界がそれを物語っていた。
意外かもしれないが、素潜りのダイバーや海女など、息を止める事に慣れた人間ほど、この限界点に対しての感覚が麻痺している。
特にベテランほどそういったふしがある。
地上ならば酸欠となりブラックアウトしたとしても、肉体は再び呼吸を始める。
その為、締め続けられでもしない限りは死に到る事は無い。
しかし水中ではそうはいかない。
水中でブラックアウトに襲われたならば、待っているのは確実な死である。
初心者のダイバーや海女は恐怖心も手伝って、この限界点を浅く設定しているものだ。
故に無理をせず、危険を感じたならば早めに水面を目指す。
しかしベテランは鍛えられ感覚が麻痺している上に、プライドや驕りが邪魔をする、、、
その結果、無理をしてしまい限界点に気付かず命を落とす事が多いのだ。
格闘家とて同じである。
締め技に捕らえられた時、キャリアが長い者ほど(まだイケる)と無理をする。
意地を張り、逃げる事よりも技から脱け出す事をよしとしてしまう。
しかし幸い工藤はキャリアが浅い。
己の限界点も浅い事を知っている。
プライドの高さが少し邪魔をするが、敗けるよりはマシとリングにおける水面、ロープを目指す事を選んだ。
ジリジリジリジリ、、
工藤が全力でロープに向かう。
ギリギリギリギリ、、
浦上が逃がしてなるかと全力で締め上げる。
しかしである、全力で締め続けるというのは想像以上に体力を消耗する。
互いに全力を尽くしている為、両者の身体は大量の汗に濡れていた。
己の足先を掴んでいた浦上の掌も然りである。
長時間の攻めによる疲れと大量の汗により、技の要となっているその手が外れてしまったのだ。
(し、、しもたっ!)
焦る浦上に対し、突然己を締め付ける力から解放された工藤、今が機とばかりに技からの脱出を試みた。
皮肉にもこれが勝負の分岐点となった。
勝敗を告げるゴングが打ち鳴らされたのは、この約1分30秒後の事であった。




