訃霞(ふがすみ)
逆さにリングへと突き刺さった浦上。
チャンスとばかりに工藤が上へ被さろうとする。
しかし浦上は、工藤の首筋へと残っている自分の両足の先端部を両手で掴み、あたかもロープに見立てたかの様に工藤の首に絡め、そのまま絞り上げた。
下の位置になった時、反撃技として用いられる最もポピュラーな技、、、「三角締め」である。
本来なら自分の脚と、相手の首に圧し当て固定した相手の腕を使って、頸動脈を圧迫するのだが、足が不自由で筋力の殆んど無い浦上は、手で自らの足を掴みそれを補う事で変形の三角締めを狙ったのだ。
しかしまだ甘く、技の極りは浅い、、、
今のうちにロープへ逃げるか、技を解かねばならない。
だが先程決心したばかりだ、エスケープはあくまで最終手段だと。
工藤は勿論、技を解く事を選んだ。
その意図を汲み、セコンドの鈴本と高梨がアドバイスを送る。
「隙間に手を捻じ込めっ!」
「下手に上半身動かすなよっ!!」
指示に従い、工藤は自分の首と浦上の脚の間に己の手を差し込もうとしている。
三角締めという技の性質上、左右の頸動脈を同時に締めない限り効果は無い。
手を差し込もうとするのは、せめてそちら側だけでも締まるのを防ごうという動きである。
しかしベテランの浦上、そんな事は百も承知である。そうはさせじと足を掴む手に力を込めた。手を差し込まれる前に勝負を決めてしまおうという肚だろう。
フッ、、フハ、、ハッ、、、
工藤の息づかいが荒くなる。
ギチ、、ギチ、、ギリリ、、、
浦上が力む度に歯が軋む。
このままではジリ貧、そう感じた鈴本がロープエスケープ狙いへと指示を切り換えた。
「少しづつでええっ!ロープ方向に逃げぇ!」
はっきり言ってこれは危険な賭けである、、、
下手に動いてしまい、その拍子に技が極ってしまうというのは、攻防においてよくある事である。
(これ以上動くとまずい、、、)
(ここまでは動いても大丈夫、、、)
そのギリギリのラインを、工藤に見極める事が出来るのか、、、そこが鍵であった。
浦上のセコンドも檄を飛ばしている。
「極めちゃえ、極めちゃえっ!!」
「極めどころやぞっ!絶対逃がすなっ!!」
首に大き過ぎるペンダントをぶら下げて、工藤がジリジリとロープを目指す。
右手は技のガードに使ってしまっている為、左手1本で2人分の体重を引き摺って行くが、技を仕掛けられ前傾姿勢となった体勢、その上に足が動かない工藤にとってその行動は、まさに無謀とも呼べる物であった。
生きている、、ただそれだけで大量の酸素を消費するのが脳という部位である。
いくらガッチリ極っていないとは言え、締められているという事実が脳への酸素供給を妨げているのは間違いない。
その上で動くというのは余計に酸素を要するのだ。
そんな中でロープを目指すしか手段が無い、、、工藤は先に続いて反撃の技術を持たない自分が惨めだった。
それでも歯を噛みながら
ジリジリジリジリ地道な1歩を積み重ねる。
そうしてようやくロープまで30㎝程の距離となった、、、しかしその時である、、、
工藤は己の異変に気付いてしまった。
(視界が、、、狭いっ!)
視界の縁が黒い霞となりぼやけている。
それはまるで訃を告げる、黒き縁取りの様であった、、、




