ISM(イズム)
グングニル勢の控え室は重々しい空気に包まれていた。
もしこの中の誰か1人でも欠けたなら、その重さを支え切れず倒れこんでしまいそうな風情である。
それほどまでに崇の敗戦はショックな出来事だったのだ。
信じていた力が崩れ去るのを目にした時、人は哀れな程に脆い。
負の内圧が高まった控え室、これ以上に高まったならば爆ぜてしまいそうだが、それを救うかの様にドアが開いた。
入って来たのは一般の部トレーナー兼選手である高梨と鈴本、そして優子の3人だった。
「思った通りの空気、、、だね、、、」
何故か申し訳無さそうに優子が呟く。
しかしそれに応える者は居ない。
相変わらず押し黙ったままのメンバー、その様子を高梨と鈴本が壁に凭れて眺めている。
数秒間の沈黙の後、1つ舌打ちを鳴らした鈴本が動こうとした。
その目は尖っており、明らかな苛立ちが見て取れた。
しかし高梨がそんな鈴本の腕を掴み動きを止めた。
そして振り返った鈴本の胸をポンと叩くと、委せろとばかりに自ら皆の方へと近付いて行く。
その佇まいはいつもと何等変わらず、どこまでも飄々とした物である。
そんな高梨の背を鈴本は溜め息と共に見送った。
「お前らさぁ、、、全敗するつもり?」
デリカシーの無い言葉を容赦無く吐き出した高梨。
その口調はやはり軽く、顔には笑顔すら浮いている。
「ちょっ、、、哲っさんっ!」
そう言って狼狽する優子には目もくれず高梨は続けた。
「しかし、、、見事な敗けっぷりやったよな」
この言葉には流石にカチンと来たらしく、皆が切れる様な視線を浴びせる。
「勘違いすんな、、、皮肉や無いよ。逆に訊くけど、福さんの闘いは恥ずべき物やったか?ちゃうやろ?胸を張って誇れる闘いっぷりやったやろ?その上で敗けたなら、それは見事な敗けやと俺は思う。だから、、、」
ここまで言うと高梨の表情は一変した。
目はつり上がり、眉間には深い皺が刻まれる。
そして驚くほどの大声で気を吐いた。
「しゃんとせんかいっ!お前らっ!!」
それは檄を超えて喝と呼べる物であった。
普段は見せぬ高梨の姿、それは皆を目覚めさせるに十分だったらしく
「せやな、、、哲っさんの言う通りやな、、、」
ようやく鳥居が固く閉じていた口を開いた。
他の者も皆、目を見合わせ頷いている。
鳥居の他に口を開く者こそ居ないが、その表情も空気も先とは別物となっていた。
それを見て高梨もまた普段の高梨へと戻っている。
「お前らは、、、お前らだけが福さんの意志を継ぐ者達なんやで。福さんの育てたお前らが結果を残せば、それは福さんの結果でもあるって事やから。その辺を踏まえて気持ち入れ替える事っちゃな」
言い終えた高梨が背を向けると、そこへ山下が声を掛けた。
「次、俺の番やねん。頑張れそうやわ、ありがとなっ!」
高梨は一瞬足を止めひょいと右手を挙げると、鈴本の隣へと並び、再び壁へとその背を預けた。
「やるやん。俺じゃあこうはいかんかったかもな」
そう言い残し今度は鈴本が皆へと近付く。
「新木やんは福さんに付いてったから、多分一緒に病院行ったと思う。だからここからは俺らがセコンドを務める。山ちゃん!時間も無いし軽くアップするでっ!!」
そう言った鈴本がミットを装着し終えたタイミングで、再び控え室のドアが開かれた。