閉ざされた部屋の中で
私には友達が居なかった。
あるのは、友達っぽいモノと、友達ではないモノ。
友情の力なんて信じていた頃がなつかしい。
みんなと友達だと思っていた。
みんな好きだったし、なによりたくさんの笑顔が好きだった。
笑顔にさせるためならと、持ち金も貯金もパーティーに使い、消えていった。
多少生活が苦しくても構わずいままでやってきたのも全て、笑顔があったからだ。
しかし、彼女達は私を裏切った。
私の事を避け、パーティーにも来なかった。しかも偽の理由をつけてまで、だ。
そんな彼女達を許すことはないだろう。
もうパーティーに来てほしくないし、呼ぶつもりもない。あの子達にそんな資格はないからだ。
そう思い、この小さな地下室部屋に閉じこもってきたが、食料の備蓄も無くなってしまった。
それに、居なくなる前まで居候させてくれたカップケーキ夫妻にも、別れの言葉を言いたい。
・・・・・・いや、ちがう。行動への本質は別のところだ。
町唯一のパーティーポニーが居なくなったということで、ポニービルは大混乱になっているだろう。
(そんなポニービルを見るのも面白いかもしれない・・・・・・)
意気揚々と、私は出かける準備を始めた。
***
久しぶりの外の空気は、案外すがすがしかった。
だが、空気を味わう時間すら、私には残されていなかった。
(今日はイベントだということを、すっかり忘れていた!)
よく考えれば、今日は夏至のお祭りの日。トワイライトと仲良くなった日だ。
大混乱のポニービルも見たかったが、それよりも人に見られては、隠れている意味がない。
残念だが、食料も買ったし、カップケーキ夫妻への挨拶はまた今度にすることにした。
地下へと走る足が、ふと止まる。聞き覚えのある声がしたのだ。
声の主を探すが、あまりぐずぐずしてもいられない。
・・・・・・いた!あれは、フラタシャイだ!
どうやら、動物たちと話しているらしい。しかし、もともと声が小さい子のため、よく聞こえない。
耳を澄まし、体勢を変えると、なんとか聞き取れるようになった。
私のことを話しているのかもしれないと、期待が高まる。
しかし、聞こえてきたのは信じられないような言葉だった。
「・・・・・・だからね、エンジェル。あなたはあのバカピンキーのように居なくなっちゃだめよ?」
動きが、止まる。
「まったく、あの子ったら周りの迷惑なんて全然考えないの。おかげでこっちは振り回されっぱなし」
迷惑・・・・・・。私の存在は、迷惑?
「エレメントオブハーモニーの力も使えないから、町中大パニックだし。」
世界から色がなくなっていく。
「でもよかったわ」
やめて
「だって、わたし」
言わないで
「あの子のこと前から嫌いだったんだもの♪」
―私は彼女に飛びかかっていた
***
フラタシャイがはじめに目にしたものは、薄汚れたコンクリート造りの壁だった。
そして、次に目にしたものは・・・・・・睨みつけてくる「元」親友の姿。
現状が理解できない。汗を拭おうとして、初めて自分が拘束されていることに気づいた。
怖い。
本能がそう告げる。彼女と視線をあわせることすら・・・・・・怖い。
「久しぶりだね!フラタシャイ!」
しかし、聞こえてきたものはいつもと寸分変わらない声で、思わず顔をあげてしまう。
すると、先ほどの表情はなんだったのかと拍子抜けしてしまうほど、その顔にくもりはなかった。
安心と同時に襲ってくるのは、激しい怒り。
「ピンキー!なにしてるの?!ほら、とっとと、この拘束を解いてちょうだい!」
しかし、その声にもピンキーはひるまなかった。
「なんで?だって私、楽しいことだーいすきだもの!あなたもそうでしょ?」
その言葉に、さらに怒りは増す。
「ええ!そのとおりね!でもねピンキー。私は楽しくないのよっ!」
直後、一瞬の静寂が訪れ、やがてピンキーがゆっくりと口を開いた。
「あなたが楽しいかなんて、関係ないのよ?今の状況が分からない?」
背筋が凍っていくのがわかる。
さきほどの挑戦的な言葉は、もう出なかった。
「あ」とも、「う」ともつかない声が口から漏れて、それを聞いたピンキーは、心底楽しそうに笑った。
壁に飾ってある「モノ」を見れば、容易に想像がついてしまう。これから私を待っているものは・・・・・・
『死』だ。
***
きつい拘束のせいで、だんだん息ができなくなってきた。
ゼイゼイと喘ぎはじめた私を、ピンキーは迷惑そうに見つめる。
「ねえ、大丈夫?じゃないよね、こんな状況だもん」
「だして!!助けて!誰か・・・・・・!」
すると、ピンキーは小さく鼻をならした。
「誰も助けて“くれなかった”よ」
ゆっくりと、間伸びしたその一言は、私を絶望させるのに充分だった。
涙がとめどなく溢れてきて、とまらない。
皆、助けてくれなかったのか。
結局、親友なんて居なかったのか。
泣きじゃくる私を見たピンキーは、こちらへと歩いてくる。
ゆっくりとした足取りは、まるで私の死刑宣告を告げにきた看守のように錯覚させた。
ゆっくりと、ゆっくりと・・・・・・奥に悪意を潜ませて近づいてくる。
やがて、私のそばへ来ると、小さく囁いた。
「可哀想に・・・・・・フラタシャイ。今、どんな気持ちなの?絶望?悲観?」
「それとも憎しみ?ねえ、パーティーしない?ガミーの誕生日の次の日パーティーと・・・・・・」
低いモーター音と共に、回転するモノを見た。
「フラタシャイ永遠にさよならパーティー♪」
―目の前には、チェーンソーを高々と掲げるピンキーがいた。
***
『人間には幸福のほかに、それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である。』
ドストエフスキー 「悪霊」に出てくる言葉である。
もしこれが本当なら、今まで恵まれた生活をしてきたこの子には、どれだけの制裁が必要だろう。
翼を見る。
なにもついていないアースポニーにとって、それはひどくうらやましくもあり、と同時に、憎たらしくもあった。
ポニービルでは、気候を操るペガサスは、なにより優遇されている。
今現在、気候を操る魔法は発見できていないし、天気が変わらないと作物が育たない。それは、死に直結するからだ。
まずはここからだ・・・・・・
轟音をあげる「それ」を翼に押し付けた。
「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁ」
ほどよい厚みを持った皮がはじけ、グチャグチャと音をたてながら、抵抗なく刃ははいってゆく。
ときおり、筋のようなものがブツンと切れる感触が伝わった。
(これは筋肉だ・・・・・・)
本能的に、そう感じた。おそらく間違ってはいないだろう。
もういいだろうというところで、刃を止めてみる。
すると、痙攣する翼は半分以上が胴体から離れ、宙ぶらりんの状態で垂れ下がっていた。
不揃いな切り口からの出血はひどく、滴り落ちる血液はため池のようになり、やがてじわじわと広がっていった。
これではもう空をとべまい。
思わず笑顔になる。血の滴りがおもしろくて、永遠に見ていたいと切に思った。
どうすれば、この子を永遠に見ていられるだろうか?
朦朧とした頭のなかで、そう考える。
(剥製にして飾ればいい・・・・・・)
声が聞こえた。誰の声か、確認する必要はない。
そいつは、ピンキーの中にずっと潜んでいた。悪意の塊。
ポニーの剥製の方法は、もう頭に入っている。まるで人格が変わってしまったかのような、妙な相違感を覚えた。
しかし、そんなことはどうでもいい。
鳴り響く轟音も、私への祝砲のように感じた。
今この瞬間、私は、『狂気的』に、そして『魅惑的』に・・・・・・
―私のなかの「ピンカミーナ」を受け入れた。
***
取れかけた翼はいらない。
かろうじて繋がっている翼を口でくわえる。
おもいきり引っ張ると、ぷつんという音がして、翼は地面に叩きつけられた。
『ああああああああああッ……』
片方取れた翼はいらない。
チェーンソーをあてがい、切断を試みる。
皮膚は破れ、肉が露出し、骨が砕かれ、なおもチェーンソーは進んでいった。
『や、めてっ・・・・・・お願い、いやあああああああああああああああ』
切断された翼は、別の独立した生き物のように痙攣し、思わず飛び退いてしまう。
しかし、そのうちにそれもなくなり、やがてゆるゆると血の気を失っていった。
(もはや動かなくなったモノには興味がない。それは無機物のようなものだ。)
血液が滴る翼はピンカミーナの蹄によって、放り投げられた。
続いて目に入ったものは、
「キューティーマーク……」
それは、本来、個人の才能を現すものだが、私には個体識別のためのマークにしか見えなかった。
「自分であることの証明」
ふと形容しがたい苛立ちを感じて、チェーンソーを落としてしまった。
一瞬我に返る。
「自分であることの証明。」
私は私。ピンカミ―ナも、ピンキーパイも、私……?
鈍痛がした。何かを忘れているような……
「なんだっけ?」
チェーンソーは低く唸り声をあげるばかりだった。
***
「ごほっ、ぐ……」
血の塊を吐き出し、痛みに目を潤ませながらも彼女はまだ生き永らえていた。
翼がもがれ、キューティーマークの部分の肉は抉られ、四肢を落とされてもなお。
不幸にも、どれも死に直結するような傷がなかったのが原因のようだ。
始めのうちこそは地獄のような痛みに絶叫していたが、もはやそんな力は残されていなかった。
ひとおもいに殺してくれたらどんなに楽だろうか。
だが、相手は笑いながらこちらを見つめているだけで、なにも手を下そうとはしなかった。
おそらく衰弱死するのを待っているのだろう。
しかしフラタシャイには最期に伝えたいことがあった。
どうやら彼女はなにか誤解をしているらしいのだ。私はそれを解かなければいけない責任があった。
これ以上犠牲者を増やしてはいけない。
皆のお荷物でしかなかった。
人の影に隠れて自ら行動できない、そんな自分が大嫌いだった。
だけど最期こそは、皆の役にたてるんだね―。
大粒の涙が零れ落ちた。
フラタシャイは大きく息を吸って、彼女―……ピンキーパイに言葉をかけた。
「ピンキー、あなたは誤解をしてる。」
ピンキーの笑顔に、亀裂が入った。
「私たちは、あなたを……」
せりあがってくる血の塊を嚥下し、言葉を紡ぐ。
親友達、ペット達への感謝の思いで、胸がいっぱいになった。
「私たちはあなたを……」
皮肉を言うダッシィ。
ものしりのトワイライト。
強くて優しいアップルジャック。
一番仲の良かったラリティ。
そして、
笑っている私。
笑っているピンキーパイ。
仲良かった頃の記憶が戻ってくる。
あのころの眩しさに涙があふれてきた。
友情って、魔法なんだと切に感じた。
「私たちはあなたを、さ」
眼前に、歯が振り落とされるのを見た。
***
血でぬめった床を歩く。
端にはかつての友人達が、見るも無残な姿で飾られていた。
そこにあるのに、いないとわかる空虚感。
おもえば、ピンカミ―ナを受け入れたあの時から私は死んでいたのかもしれない。
「自分であることの証明」
私はとっくのとうに自分ではなくなっていたんだ。
「……馬鹿だなあ」
気づいてたはずなのに。
彼女の最期の言葉を思い出す。
『私たちはあなたを、さ』
あの後に続く言葉なんて、知ってたはず―。
「私たちはあなたを、避けてなんていなかった。」
「そっか」
私のせいだったんだ。
『ガミーの誕生日の次の日は、私の誕生日だったんだ。』
勝手に勘違いして、暴走して。たくさんの子を殺してしまった。
「あ」
なにしてんだろ
「ああ」
ほんとに馬鹿だな。
「あああああああああああああああああああああああ」
―皆死んでしまった後に気付くなんて。
閉ざされた部屋の中で絶叫が木霊した。
END