∞安寧の地 共通①
チッチッチ、耳に刺さる音が嫌でたまらない。
だから時計は叩きつけた。
ガサガサとする紙、クチャリクチャリと噛む音。あらゆるそれが苦しい。
「おはよう」
「おはよう、父さんはもう仕事へ行ったよ」
食事を終えた弟リイミタソールが言う。彼は父がいるときは姉想いの弟だが、二人きりのときは冷たくて、私を嫌っている。
生まれついて耳が良く、騒がしい町で暮らせない私は絶対音感ではなく、単に小さな音が耳に届くいて苦しむだけなので音楽家にはなれない。
なんの役にもたたないそれは家族の負担になっているのは自覚していた。
『ねえ、なにしてるのよ!』
私が邸の二階から堕ちて死のうとしたとき、歳の近い少女に出会った。
『なにってジサツ?』
『なんで!?』
少女は私とは正反対で明るく普通の子。
『私がいると家族が幸せになれないから早く死んだほうがいいなって』
『家族は貴女に死んでほしいって思ってるの?』
私がいま生きているのはあの日少女に止められたから。
『言われてないけど察するでしょ。例えば殺人鬼になった息子を知ってて家に置く?』
『いや置かないけど……貴女は殺人鬼じゃないわよね?』
『ええ、違う。そもそも例えだから』
『貴女がどうして家族の不幸の原因なんて言うのかわからないけど、神様から与えられた命なのに自分から死ぬなんて傲慢は良くないわ』
今時純粋な子だと思う。人間はただ人間から生まれただけで神様などいるわけがないのにね。
いまの私は音が小さく外出がいらない絵描きをしている。
これで少しは穀潰しから脱却していると思いたい。
「じゃあ僕は部屋にいるから」
「うん」
弟は視力が良く、時計の組み立てなど細かい作業をして金銭を稼いでいる。
「美味しい……」
食事を終えて部屋に戻ろうとしていると、庭から人間の姿があった。
コンステッドビーという男、彼は昔出会った少女の兄で私を憎んでいる。
『俺はお前を許さない!』
―――私に安寧などありはしないのだろう。
「お前まだ生きてたのかよ」
「私はあの場にいただけで殺していないから」
コンステッドビーが忌々しげに去り、安堵していると庭から歌声が聴こえてくる。
私はこれまでどんな歌声も嫌いで、耳を塞いできた。
だけど、それは嫌ではなくむしろもっと聞きたいほどだ。
「……驚いた人が住んでいたなんて」