第3話:嫌な自分
急いで会社に戻って自分の席に着くと、テーブルの上に置いてある携帯にランプが光っているのに気がついた。
携帯を開けて液晶を見るとメールのマーク。
誰からだろうと早速ボタンを操作してメールを開く。
どうやらお昼休みの間に届いていたらしい。相手は祐樹からだった。
From:祐樹
Sub:ごめん
今日夜飯いらなくなった。
なによ。たったこれだけ?
はぁ…。今日も一人で食べるのか…。
最近またしても新しい彼女が出来たのか、祐樹は滅多に早く帰ってくることは無くなった。
今まで一緒に暮らしてきて分かった事は、付き合った女は3人以上はいるって事。
帰ってきても私が寝た後だから、何時に帰ってきているのかはわからない。
だから夜は一人でご飯を食べるか、優子を誘って飲みに行って気を紛らわせている。
今日は金曜。
明日は会社が休みだし、優子誘って飲みにでも行くかな…。
社内用のメールを開きそこに必要事項を書き込むと送信を押す。
すると数分もたたないうちにメールが届く音が鳴り、返信が届いた。
もちろん相手は優子だ。視線を優子の方へ向けると手をヒラヒラさせている。
メールを読んでみると、どうやら優子も私を飲みに誘おうと思ってたらしかった。
午後は比較的余裕が出来てちょっと暇になってきた時だった。
「川原さん、悪いんだけど、これ会議に使う資料20部コピーしてくれる?」
そう言って話しかけて来たのは、課長の藤崎健吾だ。
彼は27歳という若さで課長に抜擢された所謂エリート。
その上、スラっと背も高く、顔も悪くない彼は女子社員に人気がある。
「あ、はい。会議は4時からでしたよね?」
「うん。それまでに用意してくれればいいから。じゃ、よろしく」
「わかりました」
急ぎの仕事も無いので、席を立ち資料を持ってコピー室に向う。
するとそこには先客が居たのか、女子社員が2人何やら話し込んでいた。
「でね、私ついに告白しちゃった」
「えぇぇぇぇっ!あの藤崎課長に!?で、返事は?」
思わずでた名前に無意識に聞く耳を立ててしまう。なんたって上司が告白されたとなっては、普段なんとも思っていなくとも気になってしまう。
ここはさっさとコピーをしてこの場を立ち去ったほうがいいかもしれない…。
「それが…思ったとおり、だめだった…」
「そっかぁ。だめだったかぁ」
「でも、これで諦めがつくし、告白できてよかったかも」
そんな会話をコピーを取りながら聞いていた。
私もダメでもいいから告白してこのモヤモヤした気持ちを精算できたらどんなにいいか。
姉弟として出会っていなかったら、彼女のように素直に告白でも出来たんだろうか…?
いや、意地っ張りな私はきっと本音をぶつけるなんて事は出来ないかもしれない。
それでも名前も知らない彼女の事を羨ましく思った。
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優子と飲みに行って自宅の近くに着いたのは、すでに深夜1時。
タクシーの運転手に運賃を払って車を降りると、バタンっと音を響かせてドアを閉め走り去っていった。
いい感じに酔いが回っていた私は、寝静まったシーンとしている住宅街をフラフラと歩いて家まで向う。
あと家まで5mという所で門の前に誰かが居るのに気がついた。
暗くてよく見えないが、背格好からしてあれは祐樹だろう。
そして祐樹に寄り添うようにして立っているのはきっと彼女。
胸に痛みが走った…
祐樹は私の方に背を向けていて、ここに私が居るなんて事は気がついていない。
しかもあんな所に居られたら、もちろん家には入れない。どうする事もできず、その場で立ち止まっていると、一瞬彼女の方と目が合った。
その目は明らかに嘲笑っているようにしか思えなかった。
物凄く気分が悪くなり、何でもいいから早くその場から立ち去ってほしかった。
しかし、次の瞬間そこを立ち去ったのは私。
それは祐樹が少し俯いて彼女にキスする寸前。私は重なろうとしているシルエットを見ていられなくなり、踵を返すとその場から離れた。
なんとか曲がり角まで来て、壁に体を預ける。
酔ってフラフラな上、目の前が涙で霞んでいく。
今までは祐樹が彼女と2人で居るところなんて見たことも無かったし、だから胸を痛めるだけで、涙は流さないでやって来れた。
しかし、今さっき見た光景は明らかにキスする直前。
自分の心の中にどす黒い感情が渦巻く。
こんな自分が心底嫌だった。




