王道キャラメル
晴れて気持ちがいい。
なぜ晴れて気持ちがいいのか、雨ならば気持ち悪いのか。
雨が降り始めて気持ちがいい。
降り始めならば気持ちいいかもしれない。どしゃ降りが三日も続いたら気持ち悪くなるかもしれない。
「どうしたの? お天気のこと書いて。お手上げ?」
結衣子が笑った。透明な声が身体のすみずみまで広がってから言った。
「苦手なんだ」
「でしょうね。止めれば?」
孫息子の夏休みの宿題は「夏休みに起こった出来事を他人の目で追う」だった。孫息子はいい笑顔で、自分がどう見えるのか参考にするから書いてねと三分で帰って行った。やっと書いたのは孫息子とは関係のない天気の話。いや、話の入りとしては王道なのだ。
「結衣子から見て、あいつはどんなやつかな?」
「あなたみたいに、いい笑顔で自分の用事を済ます子です」
「褒めたのか?」
「そんな風に聞こえましたか?」
聞こえなかった。結衣子は電話してきますと立ち上がった。嫁との会話が頭や肩に突き刺さる。
「ええ、書けないみたい。報告書は書き慣れてるから、そのままなら書けるの。内側を知ろうとしないから、晴れて気持ちがいいとか言い出すの」
天気の話のどこが悪いのだ。
「こんな真夏日に部屋の中で涼しい顔して。だいたい、窓ガラス越しにしか空を見ないから。だって、お天道様から見たら、こっちが外側でしょう。お天道様は気持ちいいなんて思っていないかも。こんなに照らしてゴメンよって泣いてるかも」
太陽が泣く? そしたら大雨だ。だが、暑く照るこんな日に夕立があると嬉しい。
孫息子が泣く? なぜ?
お腹が空いたから、おむつが濡れたから。いや、もう高校生なんだ、泣くとしたら理由はなんだろうか。友達と喧嘩、部活で負けた、携帯を無くした、お小遣い使いすぎた。
あいつはどんなことも報告しに来た。新しい彼女が出来た時も剣道の個人戦で優勝した時も。なぜ来るのだ。わざわざ電車を二回も乗り継いで。
「ごめんなさいね」
結衣子は電話を切り、コーヒーを淹れてくれた。
「あら、あなた。いい笑顔」
「あいつは誉められたいんだな」
「そうですよ。誉められたい、叱られたい。あなたはあの子のお天道様ですから」
「え」
「ガラス越しではない、あなたの気持ちが知りたいのよ。もう三年生ですから、多分、進路で悩んでいるのでしょ」
コーヒーと一緒に出されたキャラメルを口に入れる。
「あいつも大きくなったな」
「ええ。あなたを追い抜こうと必死ですよ」
晴れて気持ちいい。心が晴れるから気持ちいいのだ。
目標とされ、追いかけられる嬉しさがキャラメルの甘さと混ざりあって、さっき頭と肩に突き刺さったものを解かしていく。
「楽しみだな」
「ええ」
結衣子もキャラメルを口に入れた。ぽこんと頬が膨らむ。
この甘さは天気の話のように王道である。
結と結衣子がじじばばになった時のお茶の時間でした。