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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
俺が私になった理由
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03 魔法、はじめます

 生前に、年をとるに連れて時間の経過が速くなる、という話を聞いたことがある。

 これは一年、二年と年を重ねるごとに、次の一年が2分の1、3分の1と生まれてきてから占める時間の割合が減るということから来ているらしい。

 確かに一理ある考えだとは思うけれど、俺は生まれ変わってまた別の考えを持った。

 それは、大人になるにつれてやること、やらなければならないことが増えるからではないか、と。

 嫌なこと、例えばテスト勉強とかでもいつの間にか時間が経つなんていうのはよくあることだと思う。

 限られた時間内にやらなければならないことが増えるからこそ、時間の経過が速くなるのではないか。それが俺の持論だ。


 それで結局俺が何がいいたいのかというと、早くも三年が経過した、ということだ。

 勿論遊んでいたわけじゃない。他の赤ん坊と同じように少しずつ言葉を覚えたようなふりをして、少しずつ歩けるようになるふりもした。

 ……いや、言葉はまだしも歩けるようになる過程は決してふりではなかった。

 なにせバランスが悪い。身体を支える筋肉がしっかりと構築されてもいない。 頭という重石に振り回され、少し気を抜くとすぐに転んでしまう。

 それでも、知能が高い分他の赤ん坊よりは早く歩けるようになったと思うが。

 情報収集も勤しんだ。生前との差異や、ツッコミどころも沢山あったがそれはまた次の機会ということにしておこう。


 重ねて言おう。俺が生まれ変わってから三年が経過した。

 それはつまり、数ヶ月という誤差はあれど俺が魔法の道を志してからも三年もの時が経ったということ。

 幼児にとっての一年は大きい。なにせ吸収率が違う。

 移動することを覚え、意味のある単語を覚え、またそれらを応用し操り始めようとする。

 ゴールデンエイジという言葉が示すように、幼少期の頃とそれ以上では頭の作りが異なるのだ。

 さて。そんな吸収率のいい身体で三年、魔法の訓練を重ねた俺の今といえば。


「はぁっ、はぁっ……っ!」


 木剣を地面に突き刺し、杖代わりにする。

 鍛えてなどいないこの身体は既に息が上がっており、膝をついて必死に木剣にしがみついている状況だ。

 ぽたぽたと汗が滴り落ち、地に斑点模様を描いた。


「リリィ、まだ終わってないぞ!」


 父からの叱咤が耳に届く。

 その言葉に答えるように、俺は力を振り絞ってふらふらと立ち上がった。

 両手で木剣を引きずるように持ち上げて、父を見据えて踏み込む。


「はあぁあああああああっ!」


 叫びで全身の力を一時的に引き上げ、そして下から斜め上に力一杯斬り上げる。

 次の瞬間にはカンッ! という軽快な音が響いて木剣は回転しながら飛んでいき、俺の両手には鉄に打ち込んだような痺れだけが残った。



 魔法の道を志した筈の俺がどうして剣など習っているのか。

 そこには聞くも涙語るも涙の深いふかーい理由がある。


 でもまぁ、先にこれだけは言わせてもらうことにしよう。

 神様なんてくそくらえ、だ。


 ☆


 自分でいうのもなんだが、俺は努力が苦手だ。

 いや、努力を信じていないわけじゃない。努力をするものが成功するとは限らないが、成功した人は努力をしているとは思っている。

 だが、俺は努力が苦手だ。好きじゃない。寧ろ嫌いな部類に入る。

 しかし、きっとだからこその普通なのだろう。

 散々苦手だ、好きじゃないといってるから説得力がないかもしれないが、これでも努力をしたことはある。その時は普段より良い結果が出せたりもした。

 だからつまり、努力はある。元のスペックは別としても、誰にだって伸びしろはある筈だ。


 そんな感じであるから、魔法も下位も下位のものなら師などいなくとも身につけられると思っていたのだ。

 滅多にすることのない努力を重ね、自分の思いつく限りを繰り返し。

 他にやることがなかったとはいえ、恐らく生前も含めてもっとも努力したと思う。

 初めは順調だったのだ。一ヶ月もしないうちに体内に『何かがある』と解り、それを意図的に集約できるようになるまでには一週間とかからなかった。

 生前に読んでいたラノベや漫画でも感じることが出来ていた為にこれを魔力であると断定する。

 よしこれならばと、母が言っていたように『(ファイヤ)』や『(ライト)』など唱えても、うんともすんとも言わない。

 実は何か他に条件があるのではと考えたり、俺の中に感じているこれは実は魔力ではないのではと思うこともあった。

 が、結局身体の中には魔力と思われるものしか見つからず、年齢を重ねるにつれて試す方法を増やすしかなかった。


 ――そうして、気がついたら三年が経っていた。


 今思うに、きっと疲れ果てていたのだ。

 遅々どころか全く進まない魔法の取得。元来より努力が苦手だというのも合わさって、限界にまで上り詰めていたのだろう。

 目の前で『(ウォーター)』を唱えてピッチャーいっぱいに満たす母を見ていると、ふと口がついた。

 まるでわからない問題の答えを求めるように。

 母の服の裾を引っ張り、注意を向けてから口を開く。


「ママ」

「ん? なぁにリリィ、おなかでもすいた?」

「魔法を教えてほしいの」


 ……ママ、と呼んでいるのは出来れば気にしないでほしい。

 喋れるようになった子供がすぐに父さん、母さんなどといいだせば注目されること必須。

 加えて、これ以上に恥ずかしい思いなら既になんどもしているのだ。

 例えば母のおっぱいを吸ったり、おしめを取り替えられたり!

 今でこそ仕方のないことだと割り切っているが、それが出来るようになるまでいったい幾つもの月日がかかったことか!


 ……閑話休題。

 俺の言葉に母は少しばかり驚いたような表情を見せたが、それもほんの一瞬。

 ぱっ、と花が開くように笑顔を咲かせた。


「ええ! パパとママの子なら、きっとリリィもいい冒険者になれるわ!」


 そうと決まれば、と立ち上がり何かを取りに向かった母を俺は少し唖然としながら見送った。

 頼んでおいてなんだが、反対されるとばかり思っていた。

 精神は生前と合わせて二十を超えているとはいえ外見は三才。子供も子供でありまだ魔法のセーブなど出来ないだろう。

 それとも、よっぽどの期待をよせているのだろうか。


 ああ、今更だけれど、父も母も昔は名のある冒険者だったらしい。

 まだ俺がベッドの上から動けない時に来ていた両親の友人との会話でそのような言葉があった。

 ギルドのランク、というのが下がどれくらいあるのかは知らないが両親は揃ってギルドのランクはAだったらしい。

 聞くところによると、複数のパーティーでだがドラゴンを討伐したこともあるとかなんとか。


 ドラゴン! その名前を聞いた時には子供心ながら胸が踊ったものだ。

 ファンタジーといえばドラゴン。寧ろドラゴンのいない世界などファンタジーですらないといっても過言ではないだろう。

 小説やゲームによっては主人公とドラゴンが盟友の関係で、強力無比な能力を備えていることも珍しくない。

 物語の世界では竜騎士、竜の友、というのはそれだけでステータスであり、現代日本で何の変哲もない学生をしていた俺がたまに夢想するのも無理は無いといえた。

 機会があるなら、会いに行ってみたくもある。この身体では残念ながら難しいかもしれないが。

 竜や魔物が人間を、特に女性や子供を好んで食べるという話は珍しくない。

 なんでも筋肉質な男と違って柔らかくて食べやすいのだとかなんとか物語では言っていたように思える。

 しかし、ドラゴンに比例する実力を持つもの以外で気に入られる可能性があると言われるのもまた純白な乙女であるというのも相場が決まっている。

 いや、自らを純白の乙女と称するつもりなどはさらさらないが……外見は兎も角。


 母が先ほどまで座っていた椅子に座ると、テーブルの上に水を入れたばかりの銀色のピッチャーが目の前に現れた。

 それに反射して写っている姿は、少々歪んではいるが母親譲りの少し青みのかかった銀髪に父親譲りの翠眼を備えていた。

 社交辞令かもしれないが、家に来る人に可愛いと言われたことも数知れず。村に出てもエミリアの小さい頃に似て、というのはよく聞く。

 ちなみに母は美人だ。光に煌めく銀の長髪に透き通るような碧眼。巨乳とは言いがたいが、形もよく美乳。顔の造形に至ってはトップクラスと胸を張って言える。俺にはまだないけど。

 まぁつまるところ、自分は美少女……美幼女? と呼ばれる類のものなのだろう。

 生まれ変わって女になり、それで不細工だとしたらどれほど悲惨だっただろうかと考えたら運がよかったといえるのだろうが、果たして一概にそうだと言えるのだろうか。


 ここは中世もかくや、といった世界。王や貴族が見初めた女を娶るなど珍しくないだろうし、荒くれ者が毎日のように強姦をしている可能性もある。

 はたまた、奴隷といった存在もあるかもしれない。

 それを考えると……寒気がする。

 至急、男になる魔法を見つけ出す必要がある。それまではなんとかして身を守る必要がある。そもそも男に好かれないということが不可欠だ。

 じっ、とピッチャーに映る歪んだ自分を見つめる。自分が母と同じような姿格好になったなら俺は十中八九目を奪われるだろう。というか今でもなんで自分が男でないのかと思うことが多々あるのだ。

 しかし、嫌われることは難しいが近づけないようにすることならできる。生前のノウハウがあるが故に余裕だ。

 学校でぼっちになる、というのは簡単なものだ。無表情で相手の発言をにべもなく切って捨てればいい。それで自分から行動を起こさなければもはや完璧。

 それを実行すれば、多少なりともそう言った事態を減らせるだろう。勿論、身を守る術を手に入れるに越したことはないのだが。


 と、そこまで考えたところで母が手に何かを包んだ布を持って現れた。


「おまたせ、リリィ! いまから準備するから、もう少し待っててね!」


 楽しみで仕方がない、と感情が溢れ出す母を見て改めて確信する。

 無表情を貫き通すことこそが俺の生き残る道だと。

 もし俺が年頃の男であったならきっと押し倒している。

 いや、しかしこの幼女である今でこそいいのではないだろうか。力が足りないから押し倒せないにしても、抱きついて甘えることはできるだろう。

 発散の方法がないのが悔やまれる。未熟なこの身体だと性欲を発散することは難しい。

 けれど、だが、うん、でも…………


 母は葛藤に苦しむ俺に気づかず、床に布を広げて(大きさは一辺が三十センチぐらい)、中から現れた幾つかの色のついた石をそのまま、布の内部に描かれていた魔法陣の上に置く。

 丁度六芒星となっている魔法陣の頂点にはそれぞれ、赤、青、黄、緑、白、黒の石が。

 そこでふと思う。魔法を教えてほしいといったのに、一体何を準備してるんだろう。


「ママ、何するの?」

「うふふ、これはね。リリィの魔法の属性がどの属性に向いているか、というのを調べるためのものなのよ」


 曰く。

 この世界には火、水、土、風、光、闇の六属性が存在している。

 魔法にはそのどれにも属さない無属性というのもあるが、それはおいておいて。 使える呪文はその魔力総量に寄るが、誰しもが一属性は適性を持っているらしい。

 勿論、適性がなくとも他の属性の魔法は使えるらしいが取得率が極端に落ちるとのことだ。

 闇、といえば悪しき者のイメージが強いが、どうやらこの世界では属性の一つという認識しかないようだ。


「パパは火属性が得意なの。っていっても、パパは魔法が得意じゃないから剣に纏わせるぐらいしかできないんだけどね。でもママは、水、風、光、闇の四属性を使えるから、リリィはもしかしたら五つ使えるかもしれないわね」

「本当?」

「ええ。得意な属性っていうのは、親から引き継ぐことも多いらしいわ」


 それでも二つならともかく、三つ以上となると極端に少なくなると小声で呟いた。

 そうなると適性属性を四つも持っている母は魔法使いとしてとても優秀な部類なのだろう。優秀な冒険者だったというのも頷ける話だ。

 けどそれなら、俺も複数属性を適性に持つ可能性が高いかもしれない。

 もしそうだったとしたら魔法を極めるという目標がぐんと近づくということにもなる。


 早く、確かめたい。

 その気持ちが俺の中で大きく膨れ上がった。

 逸るように椅子から降りて、しゃがんでいる母に近づく。


「それじゃあ、やってもいい?」

「ええ。この魔方陣の真中に、手を置くの。そうしたら石が光るから、その光った石の対応する属性が向いている属性よ」


 一歩、母の前に出る。


 唾を飲み込む。

 まるでテストを受ける気分だ。

 どきどきと心臓が高鳴って、収まってくれない。

 俺はこれほどまでに緊張症だっただろうかと思うが、そんなのも考える余裕もないくらいに心臓が脈をうつ。

 生前に比べれば、随分と小さくなった手を魔法陣の中央に伸ばして。

 そして、石は。


「……あれ?」


 光らない。

 六色の石は何一つ光らず、何の反応もない。

 ぺたぺたと何度か触れて離してを繰り返すが変化は見られない。


「ママ?」


 振り向いて母の様子を伺うが、その母の表情も唖然としていた。

 徐々に焦りが浮かび、そして俺も一つの推測に思い当たる。

 属性の石が一つも光らない、ということはつまり。


「リリィ、魔法の才能ないの?」


 もしかしたら、声が震えていたかもしれない。

 だがそれでも、問わずにはいられなかった。

 違う。何かの間違い。実は冗談。この方法は時代遅れ。

 なんでもいいから、現実を否定して欲しくて。


 答えるように母はそっと俺の手を退けて、代わりに自分の指を魔法陣に触れされる。

 すると次の瞬間には、四色の石がそっと瞬いていた。



 この日。

 俺は自分が普通でないのは生まれ変わったことだけじゃないのを知った。

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