30 ヒーローは何処
|∧∧
|・ω・`) そ~~・・・
|o旦o
|―u'
| ∧∧
|(´・ω・`)
|o ヾ
|―u' 旦 <コトッ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ミ ピャッ!
| 旦
「ほら、ここだ」
道すがらどこに行くのか、と問いかけた私に返ってきた返事はすぐに分かる、というもので。
その言葉の通り五分もかからずに一つの扉の前に立っていた。
というか一年五組だった。
リーダーらしい赤髪をした少年Aが先導して扉を開く。
続いて私や私の左右を囲む取り巻きが中に入ると、教室内に残っていた生徒のいくらかが私達に注目した。しかし、その視点からすぐに私達を外してそれぞれの会話を再開する。
もしかしたら教室内の全員がこの少年達の味方なのかもとこちらを見られた時に思ったが、そんなことはないようだ。
テオに対する恨み? かどうかは定かではないが少なくとも友好的な雰囲気ではなかったため従順な振りをして危害を加えられそうになったら抵抗することも視野に入れていたが、それなら態々他の人がいる教室になど連れて来るまい。とりあえずその点についてはほっとする。
「まぁ、とりあえず座れ」
教室の出入り口よりほど近い席を指して言われ、言われた通りに座ることとする。
一人は遠回りして私の横に座るが残りの二人は私を逃がさないためか立ったままだ。便宜上立ったままの方を少年B、私の横に座った方を少年Cとしておこう。使わないかもしれないが。
「えー……一応、もう一回確認しておく。お前は、ピスノフといっつも一緒にいるやつだよな?」
「ん、そう」
「そうか」
私が短く答えると、少年たちは目配せをして頷きあう。
そうしてまた視線を私に戻したかと思うと、少し戸惑いながら少年Aは口を開いた。
「あー……お前。名前は?」
「リリィ」
「リリ……名前でいいのか? それとも名前しかないのか?」
その言葉に少しばかり首を傾げるが、すぐに言わんとすることに気付く。
そういえばテオのことも苗字で呼んでたね。それは慣れ合う気がないということなのかどういうことなのか。まぁ普通は最初は苗字で、仲が良くなってきたら名前だとか渾名に移行することが多いだろう。
テオは小さかったから初めから名前呼び、カエデや先輩方は自然に名前で呼んできたのであまり気にしたことはなかった。レスター? あいつは知らない。
けどまぁ……苗字で呼ばれることなんてそんなに無いからね。正直どっちでもいい、というのをそのまま口にする。
「オールランド。別に名前でも気にしない」
「……オールランド。別に俺達はお前に何かしようとかそういうわけじゃないから、ここで大人しくしてたら夜までには解放する、いいな?」
「ん」
残念振られてしまった。そして少年Aのその言葉に是の返事を返す。
だって変に暴れて怪我でもさせられたら馬鹿馬鹿しいし。そりゃあ何もしなくても手を出すっていうならこっちにも考えがあるけど、暫くここにいるだけでなんてことないなら抵抗する意味もない。
ネックなのはこいつらがテオに何をするか、だけれど……決闘的な一対一とかならいいけど、多勢に無勢の方ならいただけない。ここはこっそりついていって、場合によっては助太刀に入る、これがいいだろう。
自分がピンチのところを救われたならテオもきっと私のことを少しだけでも見直してくれるはずだ。具体的に言えば、行き帰りの自由時間をくれる程度には!
そんなことを考えて私が未来の情景にどきどきしていると、立ったままの少年達『二人』が踵を返して教室の扉の方へと足を向けた。
「じゃあグラム、後は頼んだ」
「あっ、ああ! 任せろ!」
「……? まぁいいや、じゃああいつをさっさと倒しにいってくる」
そうして少年AとBは教室から出て行く。私の真横に座る少年Cを置き去りにして。
……デスヨネー、特に親しくもない人の口約束を信じるほど世の中甘くありませんよね。
まぁその分人数は二人に減ったけど……カエデがいるなら心配ない、かな? 確か出歯亀してるはずだし、カエデはテオや私よりも強いみたいだし。
でもテオは無事だとして、その代わり私が人質になったということはテオに知れ渡るはずなので次っていうか明日から(テオの)私の警備が厳しくなるわけで……
おのれ……なんてことをしてくれたんだこいつらは……
睨みつけるように顔を横に向けると、一瞬だけ目が合う。私の眼力に怯んだのか、少年Cはすぐに目を逸らした。
しかし少年Cは探るように少しばかり吃りつつも、言葉を紡ぐ。
「あー……えっと。俺はお前のことを名前で……リリィって呼んでもいい、か?」
「……別にいい」
さっきどっちでも良いって言っちゃったし。
「そ……そのいいっていうのは、呼んだらダメってことか? そっ、それともっ」
「好きに呼んで」
言わせんな恥ずかしい……わけではないけど。
私がそう答えると少年Cは喜色を満面に浮かべて少しばかり私の方へと身を乗り出してくる。
「そうか! なら俺も名前で……グラムって呼んでくれ!」
「……苗字じゃなくて名前でいいの?」
先ほどまでとは打って変わったその勢いに少しばかり引きつつ、先ほどの意趣返し。やったのは彼じゃないけど。
しかし少年Cことグラム(仮)はそれにも気が付かないで何やら力を込めて答える。
「べっ、別に家名でもいいけど、俺は家名で判断してほしくないから!」
……あー、うん。
その志は立派なことなのだろうけれど、それ答え言ってるようなものだよね。普通の家だと別に判断するも判断しないもないんだから、一般市民より格が上だってことじゃん。
っていうことは、きっと少年AとBもそうなんだろうね。多分グラム(仮)より家の格も同じか上で。
学校内では家系による差別はなしってことにはなっているけれど……念のため。
「……グラム、様」
「っ、……ぐっ、グラムで……様は、いらない」
まぁそうだよね、家名で判断してほしくないなら当然だ。私だって念のためにつけてみただけだし……その割には微妙に間があったけれど、それはいいか。
ん、と短く返事をしてから言葉を繋げる。
「聞きたいことがある」
「おっ、おう。なんだ」
「テオ……テオドールは何をしたの?」
質問する前は期待に満ち溢れていたようなグラムの表情が一瞬にして萎えた。
解せぬ……ではなくて。もしかして地雷だった?
家名なんて気にすんな(要訳)って言ってたからズバリ聞いても問題はないと思ったんだけど……テオはそれほどのことをしたのだろうか。
私達の間を沈黙が……いや、教室内の喧騒が包み込む。局地的に流れる気不味い雰囲気などまるで無いとでも言っているかのようにちょっとした笑い声が聞こえた。
「やっぱり」「いや別に」
タイミングを見計らって『やっぱり言わなくてもいい』、と言おうとしたが相手の言葉も重なって途中で台詞が止まる。
勿論グラムも同じように口を噤んで、あー、と私から目を逸らしながら呻き声にも似た声をあげた。
「……どうぞ」「……先に」
二度目である。
……二度あることは三度ある、とはいうけれど。こんなラブコメみたいなのが二度も三度もあってたまるか……いや二度はあったけど、流石に三度目はない。
っていうか二度も三度もあったところで、なんでもないからね。そもそもこういう言葉が重なるっていうのは、告白直前とか告白後に二人きりになって、いつも通りに出来ないもどかしさとかを演出するものであって、断じて初対面の二人の運命を感じさせるシチュエーションではないのだ。
もし仮にそうだとしても、私が感じているように普通は気不味さだけしか残らない。こんなので落ちるとかどんなチョロインだ。
そんなわけで三度目はない。じっとグラムを見つめて話の先を促す。
自分を穴があきそうなぐらい見ている私をグラムは少し不気味に思ったのか身を少し引いたが、次は私が口を開く気はないと悟ったのか中断していた話から始める。
「んんっ、じゃあ先に……えっとだな、別にピスノフが何かをしたってわけではない……うん。別に悪いことはしてない。どっちかといえば、いいことをしたんだ」
「いいこと?」
「少し前の話になるんだけど、レリウス……えっと、赤い髪のやつがちょっとしたいざこざで……その、弱い者虐めってやつをしたんだ。俺はそういうのは駄目だと思ったんだけど……俺の爵位が下だから、あまり強く止められないんだよ」
まぁ、そうだよね。
平民と貴族の関係ほどではないにせよ、貴族の上下関係はそれは複雑なものなのだろう。学校内では関係ないとはいえどもふとした拍子に自分の親にでも話が渡ってしまえば叱咤されること待ったなし、だ。
で、話の流れからすると……
「そこで助けに入ったのがテオだった?」
「ああ、正直ほっとしたよ。相手は獣人で普人よりかは丈夫とはいえ苛烈に過ぎたし、なによりも女の子だったから……」
……ん? んん? 獣人の、女の子?
その言葉を聞いて脳裏に過ぎるのは近頃テオを付け回していた犬耳の女の子。それと同時に私の中のピースが色々と繋がる。
ああ、なるほどなるほど……ふーん、へー……そういうことなんだ……
いつも私の傍にいたのにいつ助けたのかーとか考えるのは意味のないことなので放っておくとして……いやよくないけどさ。なんで私にはプライベートな時間が殆ど無いのにテオは自由行動してるんですかね。
別に……別にさ? 私にも出会いが欲しいとか、そんなことは言わないよ? 男にしても女にしても今の私だったら色々困るからね? でもさ癒やしを求める時間ぐらいは欲しいわけよ。いや、出会いだってあるにこしたことはないけどさ。
それなのにテオったら自分だけフラグ立てて、しかも相手は獣人の娘だよ!? ずるい! 私も遠慮なくもふもふしたい!
そんな風に私がテオのあまりの所業に沸々(ふつふつ)としていると、隣の席(臨時)のグラムくんが一つ大きく咳払いをした。
「そういえばさ、リリィはあいつ……ピスノフとどういう関係なんだ?」
「? なんで?」
「な、なんでって……別に……レリウスやカルロと一緒に見てたけど、どうも俺には、ただあいつが付き纏ってるようにしか見えなかっただけだよ」
傍から見たらやっぱりそう見えるのか。
いや彼だからこそ、かも? 実際にテオが私にただ付き纏っているだけの人間ならそれ自体が責めてもいい理由となりえるわけで、ここぞとばかりに乗り込んできていただろう。
まぁそうしなかった、というのはつまりそれなりに仲が良いようには見えるわけだ。事実それは当たっている。
「同村出身の幼馴染」
「ふーん……幼馴染ね……その、なんだ。村にいた時から仲は良いのか?」
「ん、そう」
最初は、まぁ少し微妙だったけどね。
最近となっては姉弟というか、兄妹というか……私的には前者を押すが、まぁそんな関係だろう。
「でも、最近は少し過保護気味だからそう見えたかも」
「過保護気味?」
こくん、と一度だけ頷いておく。
前世でも私は歩とそれなりに仲が良く、互いに帰るのが遅くなったら心配する程度の姉弟であったわけだが、心配しすぎで四六時中付き纏うというのは子供の頃ですらなかった。
確かにこの世界は日本より危険度が段違いとはいえ、テオの行動は流石にやり過ぎだと断言できる。
「……俺から言ってやろうか?」
「……ん?」
「いや、だから……いくら同村の幼馴染って言っても、ずっと付きまと……一緒にいるのは嫌なんじゃないか? 迷惑なら、俺があいつに直接言ってやるぞ? 他人から見た視点ってのもあるだろうし……」
「んー……そういうのは、いい」
少し悩んでから言うと、驚いたようにグラムは目を少しばかり見開いた。
「なっ、どっ……どうしてだ? 過保護気味なんだろ? 迷惑じゃないのか?」
「確かに迷惑は迷惑。でも……」
「……でも?」
「嫌なわけじゃ、ないから」
確かに過保護で面倒臭がっていたのは確かだが……テオは良くも悪くも真っ直ぐだ。本気で強く拒否をしたらきっとまたいつかのように喧嘩になってしまうのではないだろうか。
本当に嫌なら、嫌いになってしまったならそれでもいいのだが、私はテオ自身については嫌いではない。心配しすぎだとは思うし、私はそこまで子供じゃないという反抗心もあるが、それ以上に感謝も覚えているのだ。
怒るのは気にかけているから、良くなってほしいと思うから。呆れられ、もう知らないと愛想を尽かされた時にようやくその有り難さに気付く……というのはよくある話。
確かに私はテオの過保護について迷惑に思っているが、それはその行動についてのみだ。心配してくれる気持ちこそは素直に嬉しいものなのである。なおレスターは除く。何か下心見えるし、肝心な時にいないし。
故に私は『その心配はないよ、せめて過保護の過を抜いて保護にしてよ』と行動で示そうとしているのだが……はぁー…………
「…………」
「……? どうかした?」
「……あっ、いやっ! なんでもない! あぁっ、ただ、その……えっと、お前も笑うんだなって!」
グラムが急に黙ったのでそちらを見て問いかけると、そうやって少し焦ったように首を振って答えた。
んー、私今笑ってた? まぁそういうならそうなんだろう。自覚はなかったけど。
「とりあえず、テオのことは嫌いじゃない。幼馴染で、兄妹(姉弟)みたいなもの。だからちょっとぐらいの迷惑なら仕方ない」
あとは少しでも自由をくれれば文句なしである。別に一生関わるなって言ってるわけじゃないんだし……ねぇ?
せめて一週間に一度!
「……そっか、そうだよな。俺も兄が二人いるんだけど、その気持ちはなんとなく分かるような気がする。子供扱いされてるのに何か恨めないんだよなぁ……単純に二人とも凄いってのもあるんだけど」
「そうなの?」
「ああ、二人とも今は国の――ってこれはどうでもいいか」
一瞬自慢話に入りかけたのをグラムは苦笑いしながら自制する。
狙ってやっているなら恐ろしいが、きっと彼のは素であろう。貴族ではあるがそれをひけらかさない。好感が持てるね。
そして再び訪れる沈黙。しかし先程とは異なり、気不味さに寄るものではない。少しばかり互いのことを知れたからか、穏やかな雰囲気だ。悪くはない。取り立てて良いというわけでもないが。
「……なぁ、もう一つだけいいか?」
「なに?」
「いや、別に大したことじゃないんだけど……」
私が問いかけると、何故か気不味そうにグラムは私から視線を逸らす。
とはいっても顔はこちらに向いたまま、しかしすぐにまたその目の焦点は私に向けられる。
「これからはさ、あいつら……レリウス達にはリリィに手を出させないようにするからさ、俺と、その……まずは友達にグンムッ!?」
だがそのグラムの言葉は最後まで紡がれることはなかった。なぜなら彼の背後から手が伸びてきて、それが一瞬のうちに彼の視界と呼吸を奪ったからだ。
左手で彼の目を覆い、右腕で首を引っ掛ける。あまりの早業に私も驚くばかりで声すら発することが出来ない。
それでもグラムは呻き声をあげながらも首に引っかかった腕に自らの手をかけるが、しかしそれも意味をなさない。私にも彼にも気付かれずに彼の背後に忍び寄った者はくいっ、ともう少し腕を首に食い込ませるだけでその意識を刈り取る。
ガクンと力が一気に抜けたその様子は、ともすれば死んでしまったようにも見える。
……死んでないよね?
確認するように彼の腹部を見遣ると、もう首の拘束は緩んでいるのか僅かに上下しているのが見て取れた。よかった、死んではないようだ。そのことに少しばかり安堵する。
「……その……大丈夫、でしたか?」
声をかけられてその存在を思い出す。そういえば、グラムが狙われて私が狙われない道理はなかった。私には問答無用で仕掛けてこなかったので話し合いの余地はあるようだが……
息を一つ飲み込み、覚悟を決める。大丈夫、声からして女の子だろう。もしかしたら男の子の可能性もあるけれど、その時はその時だ!
そして私は、グラムに向けていた視線を少しずつ上へとずらしていく。少しずつ露わになるその顔立ちこそ普通であったが、問題はその更に上である。
ぴくぴくと少し怯えているように震える、彼女の頭に生えているそれは、想像以上に犬耳で、予想以上に犬耳であった。
というか、テオのストーカーをしていた獣人の女の子だった。
……え、なにこれ? どういうこと?
もう一つ続くんじゃ