29 攫われ系ヒロイン、始めました
よく、漫画やらゲームやらでは視線を感じて『誰だっ!?』なんてやるシーンがある。
そして案外、近くの影から意味深な言葉を言いながら姿を表わすのだがそれはそれとして。そんな近くにいるのだから見つかるのも当たり前というのも置いておいて。
しかし現実に視線なんて中々感じることは出来ない。周囲が静かな状況……例えば部屋でぼんやりとしているだとか人っ子一人いない夜道を歩くだとかなら少しの物音にも反応は出来るだろう。だが学園生活を送っている中でそんな状況はまずない。会話や勉強していたら気がつかないし、仮に一人ぼっちで人間観察に勤しんでいたとしても辺りの喧騒で紛れてしまう。
……まぁ、相変わらず長々と言ってみたけれど。
要訳すれば、『気配を察知するのは難しい。素人にはお勧めできない』ということだ。
無論私自身が玄人なんて言うつもりはない。昔から多少目端が効く、というか細かい所に気がつくとは言われたが上には上がいるし、そもそも自分ではそんなに敏感だと思ったことがない。
思ったことはないのだが……
「流石にアレには気がつく、普通」
もしも視線に力があったなら既に何かしらの事態が起きてもおかしくない程にビシビシとそれが飛んできている。
くるっと振り向くと、曲がり角から手と気弱そうな顔がこちらを覗いていた。彼女が見ているのは私ではないため、私に視認されていることにも気が付かない。
その数瞬後、私とその彼女の眼がパッチリと合ってあちらが慌てて頭を引っ込める。が、その彼女の頭に生えている獣耳がまだこちらを見ているし、その耳にしたってピクピク動いているのだからこちらの出方を伺っているのがバレバレだ。
まぁ、アレで隠れているつもりなのだろうが……私は視線を戻し、少し先をカエデと会話をしながら歩いている彼を見遣る。
彼は影から見ていた人物どころか、私が立ち止まったことにすら気がついていない。
「……当の本人が気づいていないし、別にいいのかな」
その呟きにようやく気付いたのか(発現の内容そのものは聞こえていないと思うが)、彼……というかテオはようやく振り返り、私が立ち止まっていることを確認すると慌てて近寄ってくる。
「また、お前は! ほら、さっさと行くぞ!」
言う間もなく手を掴まれて引きずられるように引っ張られる。カエデもどこか呆れと諦めの混じった表情をして私達を見ていた。
あの顔には見覚えがある。レスターが毎朝押しかけて来るようになってから暫くした時の顔だ。本当に大丈夫なのか、とその眼が語っている。その問いかけに対して縦に一度、力強く頷いた。
最後にもう一度振り返る。獣耳だけ生えていた壁はなくなり、今度は首から上が生えていた。まるで生首みたいだなーなどと思いつつ、小さく彼女へと手を振ったら今度こそただの壁に戻るのだった。
☆
その視線を感じたのは今週始め……六の月、第一週だったと思う。補足すると、今日は六の月の十日、第二週の中ほどだ。
ちなみに私がアイリス先輩に攫われたのは五の月の第二土曜日ならぬ第二闇曜日(つまり十三日)のため、かれこれ一ヶ月近く経ったことになる。なお、まだ連絡及び接触はない模様。
……別に私から積極的に会いたいわけではない、うん。そういうわけではないが見てくれは紛れも無く美少女だし、見ているだけなら目の保養にはなる人物だ。
でも自分が被害を……被害……被害、なのかな? いや被害なんだけど、私は被害者なんだけど。どちらかといえばありがとうございます、美少女からのキスとかご褒美ですだし。問題は私が女として扱われることぐらいで……
そういえば貴女のおかげでカエデの着替えにも少しどきどきするようになりましたがわたしはげんきです。
……やめようか、この話。ズレているし、アイリス先輩もそのうち顔を出すだろう。出来れば他の人もいる時にお願いしたいところではあるけれど。また襲われたらどうなるかわからないしね。
ええと、なんだっけ。そう、視線の話だ。
もしかしたら私が気がついていなかっただけでもっと前からあったのかもしれないが、とりあえず私が気がついたのが先週の話。その視線を辿ってみると犬耳のかわいい女の子がいて、彼女がテオを見ている事もすぐに解った。昼の時間と放課後には大体感じる。
しかし、その視線にはどうやら仲間内では私しか気がついていないようだ。テオはまだしも、カエデなら気がついても良さそうなものなのだけれど。
まぁそんな感じで。ここ一週間、テオに向けられる視線を私は感じ取って色々と考えているわけだ。
テオを見る目に憎しみなどは感じないし、恐らくだがテオのことが好きか或いは気になっている状態だと思う。
未だに話しかけてこられない奥ゆかしさから考えて、もしテオに彼女のことを聞いてみたりなんかしたら卒倒するのではないだろうか。獣人だから耳もいいだろうし、逃げることも難しいだろう。
というか私でも好きな相手に『あいつのことどう思う?』なんて人に聞かれてるのを盗み聞くのなんて真っ平御免だ。又聞きや直接問うたならまだしも、本人がいないと思って油断している素直な答えを聞ける程心が強くはない。
自分がされて嫌なことは人にはやらない。うん、これは格言だ。
そうしたならどうする、という話になるわけだけど……どうしようね?
あの娘がテオに話しかける可能性があるとしたら、きっとそれはテオが一人の時なのだが、まだテオは私からあまり離れようとしない。そのせいでカエデやレスター以外との交流が全くないのだ。そもそもあんまりないけど、レスターがべったりなことについて興味本位の人が私に直接聞こうと隙を突こうとするのだが、それすらも最初の一言二言でシャットアウトするぐらいだ。
私を寮に送ってからにしてもレスターがいるから一人にはならないし、そもそもコミュニケーション能力が高いから一人になる事自体少ないのだろう。
「それじゃあ、また明日な。迎えに来るから、ちゃんと居ろよ!」
「…………」
「リリィ!」
私がげんなりした顔で答えを渋っていると、少し怒った様に名前を呼ばれる。
仮に先に学校に向かったとしても、待っているのは教室でまた怒られるのみだ。仕方がなしに私は一度頷いて答える。
「……ん、わかった」
「よし」
何がよしなのか。私は何もよくないのだが。
テオは本当、一人っ子で良かったと思う。妹なんていたらきっと過保護に次ぐ過保護で『お兄ちゃんなんて嫌い! ついてこないで!』と言われていたこと請け合いだろう。
私が事なかれ主義でよかったね。
去っていく二人を見送るよりも先に私達は寮の中へと入る。どうせ向こうだって門の前で私達がちゃんと入るまで待つのだから。
「んー……今日も疲れたー」
カエデが歩きながらぐっと背伸びをする。
その疲れの原因がテオ(引いては私)ではないことを祈るばかりだ。
「今週も半分終わった」
「あと半分かぁ、先が長いね。それより今日はこの後どうする? まぁご飯食べてシャワー浴びて寝るぐらいしかないんだけどさ」
街灯なんて無いため外は真っ暗だ。勿論コンビニよろしく深夜営業の店なんて存在しない。そんな中寮を守ってくれている兵士さんには本当に感謝である。
と、それは置いておいて。カエデの言う通り、ご飯を食べてシャワーを浴びたらもう良い時間なのだ。蝋燭は週に一本貰えるし、カエデもちょっとした光の生活魔法程度なら使えるようだがそれもほんの少しの時間だ。
ちなみにカエデは魔力量こそ少ないものの全属性に適性があるらしい。なんという才能リソースの振り方、勿体無い。
「ん……ちょっとだけ、ミスタ達に会っておきたい」
「あー……最近禄にご飯上げれてないもんね。大丈夫かな」
「その点は大丈夫、だと思う」
「そうなの?」
貰えるものは貰うがあまり貰いすぎるのもよくない、とミスタ本人……本猫が言っていた。
それも当然。あんまり人から貰うことに慣れ過ぎると自分で捕ることを忘れてしまう。だからここら一体のボス猫であるミスタが狩りや物の盗り方を教えているのだ。
勿論子猫は身体や身体能力が低いから失敗することが多い。それ故に貰えるものは貰う、ということだろう。誰だって子供にひもじい思いをさせたくはないものだ。
この約一ヶ月、見かけた時には挨拶をしてはいるが餌付けをするどころか禄に交流をしてもいない。事情説明もなしに離れたのだからどうしたのだろうかと思っているだろうし、せめて理由ぐらいは話したいのだ。
「んー……テオじゃないけど、今からじゃちょっと危ないかな? いくら我らが帝都だって言っても毎日の様に事件はあるわけだし、そういう事件を起こす人っていうのは夜目が利くみたいだしね」
「……残念」
デスヨネー。
この場合の夜目が利く、というのはきっと目敏いという意味もあるのだろう。カエデがそこまで言うなら平和ボケしている日本人感覚の私としては従わざるを得ない。
日本では夜に外を出歩いてもまず事件は起きないが、外国ではそうもいかない。某国某所ではホテルの真横にあるコンビニに入るだけでも命懸けだと聞いたことがある。
あとは、自販機がこんなに多く設置してあるのは日本ならではだとか、電車などで寝てしまっても鞄が盗まれないのも外国人からしたら驚きだという話もある。
帝都で大きな事件に私自身が遭遇していないから忘れがちだが、そもそもここは日本ではなく、治外法権とまではいかなくとも十二分に危険を孕んだ世界なのだ。でなければテオもあんなにしつこくないに違いない……かな? いやでも歩も私のことを何かしらいいながらも面倒を見てくれてたし……
……いや、どうせ仮定の話だ。放っておこう。
さて、ではどうしようか。
猫はわりと気ままな生き物だし、そもそも野良だから放置しているぐらいじゃ嫌われたりはしないだろうが、この街における重大な清涼剤の一つをみすみす手放すのは惜しい。
うーん……暫く行けないことは朝にミスタを見つけて伝えておけばいいとしても、これからずっと関われないのはどうにかしたい。最悪テオを連れて行ってもいいんだけど、猫の住処は路地裏だから十中八九止められてしまうだろう。普通に遊ぶだけなら通りで日向ぼっこしてる猫と遊べばいいんだけど、それだと人の目があるし……ね?
「多分、リリィが何言っても通用しないだろうし……テオの目が他に向けばいいんだけどね」
それが出来れば苦労しないよね、と呆れ混じりにカエデがぼやいた。
しかし、その時私に電撃走る。
いや物理的にではなく、比喩的に、閃いた、の意味で。
「……いいこと思いついた」
「え?」
今夜は寝る前に作戦会議である。
☆
そんなわけで翌日の放課後……つまり話は冒頭に戻る。
手を引っ張られて少し、丁度誂向きな場所があったため、ぐっ、と力を込めて踏みとどまる。
テオは少しばかり蹈鞴を踏み、何をするんだと言いたげにこちらを振り返った。
私はそこにあったものを指差してそれの名前を言った。
「トイレ」
勿論、ただ名前を言っただけなわけではなく。自分が今からここに用事があるという意味だ。
期先を制してそう宣言すると、テオは少しばかり鼻白む。
テオ自身がトイレに嫌な思い出があるわけではないが、テオは絶対に入り込むところの出来無い場所だ。且つ、誰もが決していかなけねばならない場所でもある。無論私も。
一昔前のアイドルでもあるまいし、トイレに行かない人なんているものか。
「あー、じゃあ行ってこいよ、ここで待ってるからさ」
「……ん」
そのテオの発言は既に予測済みだ。私はちらりとカエデに目配せをする。
すると合点承知とでもいうように小さく頷き、会話に割り込んできた。
「私も一緒にトイレに行くからさ、テオは先に訓練場の方に行っててよ」
「え、いやどうせ待つだけだし、問題無いだろ?」
「……いやね、リリィから聞いててたけどさ。女子トイレの前で待つのって正直どうかと思うよ。レスターでも流石にそこまではしないよ」
確かに、と私は独りごちる。
レスターもレスターで面倒だけど、常につきまとう、なんてことはなかった。あの感じからして、護衛(?)のために寮の部屋の前で一晩過ごす、なんてこともありそうだと思っていたのだけど。
後日レスター本人に聞いたところ、『四六時中リリィさんを護衛するのは実質的には不可能です。ならば僕が守れるところでは全力を尽くせるよう、リリィさんが比較的安全な場所にいる時では僕も休息をとるべき、というのが僕の考えなんです』、と言われるのは余談である。
なおその際、『それに、リリィさんにも気の落ち着けるプライベートな時間は必要ですから』と付け加えられたこともだ。そう思うならちょっと自分を省みてくれませんかね。
そんな私とカエデの反応を見て、うっ、とテオは少し怯む。
レスターの私への信仰(?)はテオも黙認していた、というか公認していたものだが私が邪険に扱っているのも客観的に見てわかっていたのだろう。最近は自分もそんな扱いをされていると思っていなかったみたいだけれど。
恋……ではないけど。過保護は盲目だ。
「わかったら、さっさと行く。それとも、テオも一緒に入る、なんて言わないよね?」
「いっ、言わねぇよ! リリィみたいなこと言いやがって!」
「そりゃ、ルームメイトだし。んじゃ、また後でねー、行こリリィ」
手をひらひらと振りながらカエデはテオに気づかれないように私にウインクをした。
流石カエデ、いい仕事をする。昨日の打ち合わせ通りだ。
「それじゃ、後で」
私もカエデに倣ってその場を離脱する。
そして廊下に残されたのはテオただ一人。暫くの間呆けていたようだが、ようやっとそうである、ということに気がつくと大きく溜息を一つ吐いた。
「ちっ……あーもう。まぁ、カエデがついてるなら大丈夫だろ……」
足音が遠ざかる。これがフェイントだったならどうしようもないが、テオがそこまで器用な人間じゃないことは私が一番よく知っている。
「行った……みたいだね」
「ん」
私達はトイレに入った最初の曲がり角の所で立ち止まって潜めていた息をようやく吐いた。
実を言えば、今やってみせたように一時的にテオを引き離す、というのは意外と簡単なのだ。
今のテオは『私には自分がついていなくてはならない』という強迫観念にも似た考えが中心に据えられている。逆に言えば自分がついていなくても問題がないならばテオも個人行動を取れることになる。
まぁ今のテオに私が一人でも大丈夫と思わせるのは非常に難しいので、カエデに頼ることになってしまったのだが。
「それで……ここからどうするの? やればわかるって言ってたけど……」
「しーっ」
カエデが結構な声で喋ろうとしたので、私は慌てて人差し指を口元に当てて声を潜めるようにジェスチャーする。まだ終わっていないのだ。
そのまま暫く耳を澄ませていると、タタタタタ、というような軽快な足音が近づいてきて、トイレの前で立ち止まった……のだと思う。一番近いところで足音が止まったから。
そしてその一秒か二秒の後、来た時と同じくらいに軽い足音が離れていく。どちらの方向か、は見えないからわからないが恐らくテオの向かった方向、つまり外へだろう。
それを確認するため、トイレの敷地内から廊下へ躍り出ると結構な速さで走る彼女の姿が角へ曲がって消えた。
「カエデ、速くいこ」
「えっ、えぇ……?」
未だに状況がよくわかっていないカエデを急かし、私達も後を追って昇降口へと向かう。
今更だがこの学校には外履き上履き制度など無いため、昇降口が人でごった返す心配はあまりない。つまり下駄箱などの遮蔽物も無いのでとても見晴らしが良い。
その為一番後ろの私達には歩いているテオと、その後をそっと追いかける女の子の姿が見えすぎる程によく見える。
しかし遮蔽物かないからって壁伝いにそっと歩くのはどうかと思うよ。
「カエデ、ほらあそこ」
「え、どこ? なに?」
「壁のところにいる、あの犬耳獣人の娘。髪がもふもふの」
ほら、と指を指すとカエデは何度か眼を擦る素振りを見せた。
そして彼女がテオを追いかけるために壁から離れると、小さくあっ、と声を上げる。
「あれ、いつの間にあんなところに……ううん、いいや。それで、あの娘がどうかしたの?」
「テオのストーカー」
「えっ?」
「一週間ぐらい前から」
「ええっ!?」
姿も遠くになっているし、辺りも結構騒がしいからカエデが驚きに満ち溢れるのも戒めはしない。
というかこの反応を見るに気がついていてスルーしていたわけではなく、本当に気がついていなかったみたいだ。
なんであんなバレバレのストーキングに気がつかないのか謎である。
「テオにストーカー……あっ、そういうこと?」
「ん」
さっきも言ったが、一時的にテオを引き離すというのは簡単だ。しかし暫くの間引き離すことは私を認めさせなければならない為に難しい。
ならばどうすればいいだろうか。答えは簡単だ。
『私に向いている眼を他の人に向けさせれば』いい。
「はー、なるほど……しかしテオにねぇ……案外隅に置けない……」
実際に話を聞いたわけではないから不明だが、好意を抱いているのは間違いない。
でなければ連日、自分の時間を潰してまで相手を物陰からじっと見つめている理由が思いつかない。
「ってことは……今から告白?」
「……かも」
あの内気な様子を見るに今から告白、というのはないだろうけれど。それでも可能性が無いわけではないため、カエデの問いかけには曖昧に頷いておく。
するとカエデの黒い眼がキラリと輝いたのは、きっと光の反射でも無ければ見間違えてもない。
「お、おぉ……ってこうしちゃいられない! もっと近くに行かなきゃ!」
「ど、どうして?」
「どうしてって、当たり前じゃん!?」
言わずもがなだ、と言外に告げるカエデに対して、私は少し引いた。心理的な意味でも、物理的な意味でも。
以前に女子は恋愛沙汰には特に目敏いと言ったと思うが……カエデもその例に漏れなかった。ただそれだけの話なのだろう。なんか少しショックだけど。
「ほら、もういないよ! はやく行こう!」
そういって駆け出すカエデだがその歩みは僅か数歩で止まる。
なぜなら私が歩き出すどころか、ついて行く素振りすら見せないからだ。
「どしたのリリィ、行かないの? 早くしないと終わっちゃうよ?」
「私はトイレに行ってから行く。カエデは先に行ってていい」
私の言葉にカエデは驚いたように眼を丸くする。
「えっ、どうして? テオ、告白されちゃうよ? いいの?」
「ん、大丈夫」
というかそれが目的なんだけど……もしかしてなんか食い違ってる?
結局は男の思考で行った予測だからね……どちらかといえば感情的な面が大きい女の子の思考は難しい。恐らくはカエデの想像のほうが当たっているかもしれないけれど、今更それを聞く気にもなれない。
私の返事を聞いてカエデは何か変な表情を浮かべる。
私風にいえば、もにょってる感じだろうか。何か言いたいことがあるけれど、言葉が見つからない。そんな感じだ。
「リリィがいいなら、いいけど……それじゃあ先に行くよ?」
「ん。私もすぐ行く」
既に見えなくなったテオと女の子を追いかけるカエデを見送る。ついでに言っておくと、カエデに言ったトイレに行きたい、なんてのは嘘だ。
告白、というのはすごくエネルギーの必要な行為だと思う。私も片思いはしたことがあるが、話しかけるというただそれだけでも勇気が出ずに、結局何をすることも叶わなかった。
仮に勇気を振り絞って話しかけたり、告白をしたり……もしそれを誰かに見られただとか、誂われたりだとかしたならば……そんなことを想像するだけで、嫌悪が走る。それはもしかしたら恐怖とも呼べるかもしれない。
想像するだけでそれほどなのだ、実際にされてしまったらきっと私なら死にたくなる。
……まぁこれはあくまで私の主観の話。ここまでいく人は、きっとそう多くはないだろう。だからカエデを止めるようなことはしなかった。これを理解してもらえるとも思えなかったし、もし反対でもされたら戦争待ったなし、だ。
しかし私は嫌だったから、嘘をついてでも断った。『自分がされて嫌なことは人にはやらない』。やっぱりこれは格言だ。
……まぁ無理矢理尿でも出せばトイレに行きたかった、というのも強ち嘘ではなくなるし。一通りやってから訓練所に向かったらきっと丁度いい塩梅だろう。
そう思い、私は来た道を戻るためにくるりと踵を返す。
……が、それも数歩で止まる。
なぜなら、私の前には知らない三人の少年たちが通せんぼをするように立ちはだかっていたからだ。
考えたのは一瞬。避けて通ろうと歩みを変えようとすると、それに先回りするように邪魔をする。
迷惑そうな表情を浮かべて彼らを一瞥するが、少年たちは一瞬怯んだのみだ。やはり集団心理というのは恐ろしい。気が大きくなって、ちょっと適当な女子を誂って見ようぜ、とでもなったのだろう。仮に反抗されても相手は女子一人で自分たちは男子三人、負けるはずなど無いのだから。
心の中で小さく溜息をつく。男子にしてはちょっとした度胸試しみたいなものなのだろうが、ターゲットにされた人にとっては堪ったものではない。
「……なに?」
邪魔ですよ、不機嫌ですよ。
そういった感情を隠さずに、しかし天然を装って小首を傾げて問いかける。
すると男子たちは短くお互いの顔を見合わせて、真中にいた、テオよりもずっと赤い髪の色をした少年が咳払いをしながら一歩踏み出し、何やら偉そうな口調で告げる。
「お前、いつもピスノフの傍にいる奴だよな? ちょっと来て貰うぞ」
あー……違った。無差別じゃなかったか。これ、何か面倒くさいパターンの奴だ。
そう思いながら、私は自分に伸びてくる手をただ見つめるのだった。
定期的な投稿とは一体なんだったのか。
用事で忙しい時期より遅いってどゆこと……
次は、次こそはきっと。
あ、遅くなりましたがレビューありがとうございますです。
大変うれしかったです。




