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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
俺が私になった理由
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02 異なる世界との付き合い方

 二ヶ月が過ぎた。

 たかが二ヶ月、されど二ヶ月。決して侮ることなかれ。

 運動なら体力が増加するし、勉強なら理解度もより深まる。ダイエットなどに至っては一週間で効果が出る場合もある。

 つまり二ヶ月という期間は、大体の場合において何かしらの結果が目に見え始める時期でもあるのだ。才能が酷く乏しければ、その限りではないだろうが。


 そしてその二ヶ月で一体俺が何を出来るようになったかといえば、答えはこうだ。

 何もしていない、いや何も出来なかったというのが正しいだろう。

 何故なら俺は、この世界に生まれ落ちた翌日に記憶を全てを失っていたのだから。

 いや、失っていたというのも語弊がある。本能的に封じていたといえばいいか。

 死んで生まれ変わった、なんて誰に言っても精神病を疑われるような出来事を経験し、これからのことを暢気に考えられるほどには俺は図太くなかった、というわけだ。


 しかしながらこの二ヶ月は誰にとっても幸せで幸運な二ヶ月だったに違いない。

 俺は赤ん坊らしからぬことをしでかさず、どんな行動をとれば不審ではないかを身体で覚えることができたし、両親は念願叶って生まれた俺を普通の子と何か違うなどと思わずにすんだのだから。

 この分ならこの両親と共に新しい人生を歩むのも難しくはないと思う。


 ……勿論、俺が女だということを除いて、だ。


 認めたくないが、生まれ変わったこの身体はどうあがいても女児のものらしい。

 まず、あるはずのものがない。次に、あるはずのものがない。最後に、あるはずのものがない。

 一を聞いて十を知るという言葉があるが、これが一で十だった。

 恐らく、だけれど。俺が二ヶ月の間記憶を失っていた原因について、これが最も強い要因だったのではないだろうか。

 一応その事実を受け入れられるようになったため、記憶も全解放されたのだろう。

 だが、やはり俺は男なのだ。

 生前にTS主人公のゲームをやったこともあるが、あれの一部ルートにあったように男を受け入れる(あのゲームでは男性化したor生やしたヒロインだったけど)なんて考えられない。

 新しい両親には悪いが孫の顔は見れないと思ってもらおう。

 一先ずそれを決意し、俺は心の安寧を守った。


 さて。話は変わるが、俺には幾つかの疑問がある。

 それはこの二ヶ月間の記憶を整理していて溢れでたもの。

 細かいものになれば幾つもあるが、大きく分けたら二つの疑問が首をもたげる。


 まず一つ目。ここは何処なのか。

 俺の今の名前はリリィ・オールランド。父親はクロス・オールランドで、母親はエミリア・オールランド。

 何処をどう変換しても日本人には成り得ない。父も母も日本人離れした顔をしているし、聞いていた会話にあった人名も地方名も漢字ではなく横文字だった。


 そして二つ目は、それなのにどうして彼らのしゃべっている言葉が理解できるのかということだ。

 生粋の日本人だった俺は英語すら不自由だった。それなのに今の身体は、自然に日本語ではない言葉を、その意味を理解していた。

 頭の中で日本語の文字を思い浮かべることができるように、同じく両親が話している言語の文字も思い浮かべることができるのだ。この幼体では見たことすらないはずなのに。

 そしてそれは、やはり同一言語ではない。

 大体、一歳前後で子供は意味のある言葉をしゃべり始めると聞いたことがある。 それはつまり、人間が本能で言葉と意味を繋げることのできるようになるにはそのぐらいの時間が必要だということになる。

 俺が幼児退行していた期間は二ヶ月。ただでさえ言葉を覚える時間としては短い上に、記憶上では自分自身も両親の言葉を理解していた(、、、、、、)

 それも、生まれたばかりの子供が。信じられない。これなら声帯や舌が思い通りに動き始めるように訓練すればすぐにでも言葉を話すことができる。

 そもそもとして生まれた直後、記憶を失う前から俺は彼らの言葉を理解していたのだ。 よく考えればそれ自体がおかしい。


 しかし、そうやって証拠から疑問を呈してもこれはそういうものなのだと解釈する他に解決法はなかった。

 まだ拙い滑舌しかできない幼いこの身体はそれの説明を求めることなど不可能だし、そもそもちゃんと喋れたところで両親に不気味に思われるのがオチだ。

 もし仮に神様が自動翻訳能力をくれたとしたなら、便利といえば便利だけどもっと別のものが欲しかったと訴えたい。

 特に男の身体とか。主に男の身体とか!


 結局、今の俺には恥を偲んで赤ん坊のふりを続けて情報収集に務めるしかなかった。


 ☆


 くらっ、と来た。

 このまま気と記憶を失って数年経ち、馴染んだ辺りで思い出したいとどれほど思ったことか。


 今、俺の目の前には特に熱さを感じさせることのない光の玉が浮いている。

 母が俺を驚かせようと掌から出したものだ。

 手品。何かしらのライトによるもの。俺の知らない未知の技術。

 科学方面でアプローチをかけてみても、正解は見つからない。そもそも天井に照明が付いていない時点でそんなのはありえない。


 故に、これはオカルト。

 生前では……いや、前の世界では童貞のまま三十歳を過ぎると使えるようになるという噂の。

 魔法、だ。


 ☆


「きゃっ、きゃっ」

「あら、気に入った?」


 喜びを表して、手を伸ばす。

 母は微笑みを湛えながら、意地悪をするように俺の手からするりと光の玉を逃れさせた。


 ……目の前にした衝撃は凄かったが思った以上にすんなりと飲み込むことが出来た。

 疑問には思っていたのだ。なんで天井に照明がないんだろうとか、父が剣を差して出て行くのはなんでだろうとか。

 この分なら魔法生物、もとい魔物だっていてもおかしくはない。

 というかいるのだろう。でなければ外にでるというのに剣を差す必要もない。

 いや、江戸時代の武士は刀を常に差していたイメージがあるし、そうでもないのだろうか? もしかしたら護身用の意味があるものかも。

 ……まぁ聞けない以上推測しかできないが、魔物がいるにせよいないにせよわかったことが一つある。

 つまり俺が生まれ変わった先は地球どころか、世界すら違ったのだということだ。


 しかし、これまた思った以上に悲観的に感じなかった。

 それも当然のことだ。

 魔法、というのがどれほどの種類があり、また最大でどれほどの事ができるのかはまだわからない。

 だが、生前に読んでいた本やゲームではただ火や水を出したりするものの他に変身したりできるものや、召喚したり瞬間移動したりできるものもあった。

 それを使えば男になれたり、生前生きていた世界に到達することだって不可能ではないのかもしれない。

 もしかしたら、もしかするかもしれない。

 当然、今はないだろう。もしあったのなら、技術を輸入してもっと便利な世界になっているだろうから。


 それでも、と。声を大にして俺は叫ぼう。

 夢や希望がある限り、人は終わらないのだと!


 そう、夢や希望だ。

 俺にとって魔法というものは、それに満ち溢れているものである。

 科学がまだまだ限界に到達していなかったように、魔法だってきっとこれからも進歩するに違いないのだ。

 ……まぁ、光や火、水を出すだけしかなかったとしたら流石に諦めるけど。

 とにかく! 俺は見つけたのだ、未来の可能性を、無限の選択を!


 然らば、方向性は定まった。

 魔法の道を行けばきっと俺の願いは叶うだろう。そうでないにしても、自衛の手段は必要だ。ネトゲでやってたように、回復・支援系に進めば身の安全は確保できる。

 そうと決まれば話は早い。少なくとも魔法の練習は出来る。俺にどのくらいの魔力(?)があるかわからないが、ない、ということはないだろう。

 頑張ろう、俺の平穏の為に! と決意を新たにしたところで、目の前を光の玉が通り過ぎる。


「疲れちゃった? それとも拗ねちゃった?」


 優しい声色で話しかけてくる母。

 ふわふわと、伸ばせばすぐに届きそうな場所に光が浮いている。


「だぁー」


 隙あり、と見てなるべく速く手を伸ばすが光は俺の手に掠るだけだった。

 むっ、として母を見るとやはり彼女は笑っていた。

 俺と遊ぶことが出来て、心の底から嬉しそうに。

 それがなんとなく。完全に気のせいだろうけれど。

 『母さん』と、重なった。


 ……ようやっと、どう生きていくのかを決めた俺だけど。

 今はこの母親と一緒に遊ぶのもいいだろう。

 そう思った俺は、猫じゃらしに飛びかかる猫のように光の玉に向かって必死に手を伸ばした。

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