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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
私が『魔導書使い』と呼ばれるまで
28/33

25 修羅場

 結局のところ、私が私であるのを受け入れたのはほんの僅かな、なんとか許容できる範囲でのことだったのだろう。

 別の言い方をすれば女になっていない、とでも言えばいいだろうか。

 幸か不幸かこの身体に自分の求める女らしさがない。『私』という一人称を用いたり、スカートや可愛らしい衣装を着されたりもしたがそれは最悪男でもできることだ。そうしているからと女であるということには至らない。

 それ故に女としての自覚が芽生えなかったのか、男として二十年足らずを生きてきた経験が自分が女であるという認識を阻害したのか。恐らくはその両方ではないかと私は思う。

 まぁだからこそ男に戻ろうとしているのだし、今更、の話ではあるのだけれど。


 比率でいうなら、男9か8に対して女1か2だろうか。そんな中途半端な自分に起きた事件が今回の事だ。

 私はきっとあの美少女な先輩にキスをされて、自身の認識として『私』ではなく『俺』に偏ったのだろう。それも当たり前だ、女という自覚がないのに女として受けろという方がおかしな話ではないだろうか。

 勿論薔薇や百合という同性愛の概念があるのは知っている。百合(ただし二次元)に限っては前世でもたまにお世話になったりもした。が、実際に()()たりにしたことのない属性を突然あった人に見い出せというのも酷い話だし、自分がその対象になったなんて誰が考えるだろう。

 もしかしたら頭の片隅でそういう可能性を考えていたかもしれないが、それでも目を逸らすようにして『自分は男だからこの人は正常』という認識にでもしたのではないだろうか。というかこれも一因であるだろう。


 まぁ、そこまではいい。自身を男と認識した自分にとって美少女とキスするなんていうのは役得でしかないことなのだから。男の沽券として攻められるよりも攻めたいというのはあるが些細な事だ。

 問題は……そう。問題は、かの先輩が私の身体を求めてきたことだ。

 言わずもがな、私の身体は女の身体である。私の好みのタイプであるかどうかはさておくとして、男性ならばついている三本目の足はないし、その代わりそこには男性にはない三つ目がある。そしてまた、あまり膨らんではいないとはいえ胸の感触や刺激も女性のものだ。

 今まで自分にはなかった機能。その機能を遺憾なく発揮されて、今までにない感覚に襲われて。果たして人は、そのことに恐怖を覚えずにいられるだろうか。

 少なくとも、私には出来なかった。今回の事の顛末(てんまつ)というのはつまるところ、ただそれだけの話だったのだろう。


 そして自己暗示での夢見心地から恐怖によって現実に引き戻された私は、先輩を何とか突き飛ばして。

 それで……それで?

 ええと……


「……どうしたん、だっけ」


 ☆


「あっ、気がついた?」


 起き抜けに聞きなれない声を聞いた。

 薄っすらと目を開けると、淡い光で照らされている知らない天井。一足遅れて気がついたのは、あのスライムジェルのベットではなく普通のベッドだということ。

 そのまま視線を彷徨(さまよ)わせると、もう一つのベッドに腰掛ける女の子(とは言っても、見るからに先輩だが)が私に対して軽く手を振っていた。

 私は上半身だけを起こしながら掛かっている掛け布団を少し捲る。

 もう一度周りを見渡すが保健室や治療室とかそういう類の部屋ではなく、至って普通の寮室のようだった。


「何があったかは覚えてる?」

「……なんとなく」


 あの先輩に誘われて、部屋に通されて。

 それでベッドに促されて、そのまま押し倒された。

 確か……気持ちよかった、とは思う。しかし、知らない快楽に怖くなってからはよく覚えていない。

 ただ薄っすらと思い出せるのは、なんとか力の限りあの先輩を突き飛ばしたということぐらいだ。その後は全くと言っていいほど記憶に無い。

 その後が重要だろうと自分の頭をコツコツと叩くと、私に問いかけてきた女の子は慌てたように言葉を走らせる。


「ああ、無理して思い出さなくていいわよ。それじゃあ、今の状況は?」


 その言葉に対しては軽く首を振る。

 意識を失っていた、というのはわかるがあの個室から知らない部屋にいる理由がわからない。

 普通に考えれば襲ってくるような人が対象が寝ている間に何かしないわけがないし、態々他の部屋に運ぶ理由もわからない。

 もっと言えば、この質問をしてくる彼女についても全くもって予想がつかないのだ。


「そう……じゃあ状況確認から、と言いたいところだけど。その前にやることがあるわよね?」


 その言葉に心当たりはない。

 それも当然だ。それは私へ向けられているものではなく、部屋の外に繋がる短い通路へと向けられていたのだから。

 『うっ』だとか『鬼畜……』だとか声が聞こえるあたり、そこに誰かがいるのだろう。


「何か言った?」


 そちらも見ずに吐き捨てられた言葉に後ろの人は口を(つぐ)んだ。

 そして気合を入れるような『ふっ……!』という言葉が聞こえて徐々にその姿が露わになる。その人を見た瞬間、私の喉が引き()ってしまったのは仕方のない事だろう。

 なにせその人は、彼女は、私を部屋に連れ込んで襲いかかってきたあの人だったのだから。

 救いを求めるようにベッドに座っている女の子に視線を向けると、彼女は呆れたように嘆息する。


「信じられないかもしれないけど、悪いようにはしないわ。あんたも、早くしなさいよ」

「……っ、ええ……」


 しなさいよって、何を? ナニを?

 不吉な言葉に逃げようと考えるけれど、何やら先輩の様子がおかしい。

 こちらへと近づいてくる速さは見て分かる程度に緩慢(かんまん)で、若干前屈みで膝辺りに手をついて何かを踏まないように抜き足差し足をしているように見える。

 そして女の子の座るベッドと私の横になっているベッドの間に立つと、腰を折り曲げてお辞儀のポーズをとった。


「ええと……ごめ「そうじゃないでしょ?」


 先輩が何かを言おうとするのを、その後ろの彼女が遮る。彼女はいつの間にか足を組み、その上に本を置いてそれを読んでいた。読みやすいようにか、部屋に幾つか浮いている光の一つが手元にふわふわと寄ってきている。

 先輩は自分の部屋にいた時とは(えら)い違いで腰を折り曲げたまま彼女の方へと顔を向けて首を何度も振る。そこで私は、先輩の足がガクガクと震えているのに気がついた。


「い、いや……ローリエ、これで許して……」


 その声色には怯えがはっきりと見て取れた。この先輩が怖がるとかどれだけこの女の子……ローリエ先輩? は怖い人なのだろうか。

 その懇願をされた彼女は私達の方を見向きもせず、本に視線を落としたまま答える。


「許すのは私じゃなくて、その()よ。謝る方法を聞いてきたのはあんたで、私はその方法を提示しただけ。やらなくてもいいけど、私は許して貰えなくても知らないから」


 先輩の方はそのまま私に視線を移し、ほんの少しだけ強張った顔をしたかと思えば眼を閉じて深く深呼吸をする。

 そして覚悟を決めたように眼を開けると、そのまま崩れるように私の視界から消えた。

 何が来るか、と身構えた途端、耳を(つんざく)くような絶叫が響き渡る。


「あぁあああああああああああああああああああっ!!?」


 思わず顔を(しか)める。そして身を乗り出して床を覗いてみると、冷や汗を地面に垂らし、小さな(うめ)き声を上げながら足を折りたたむ先輩の姿があった、

 その格好に私は見覚えがある。かくいう私も、前世で親に怒られている時は説教の間ずっとこれをさせられていた。

 つまり、正座の形。


 そして先輩は、そのまま手を前に額を深く地面へと擦り付ける。

 所謂(いわゆる)、正座からの土下座。

 地面じゃないだけマシだが、床に足と頭をつけるというのは大人になるにつれて非常に耐え難い苦痛を感じるようになっていく。している人を見るだけで精神が削られるほどに。


「……本当に、ごめんなさい……っ!」


 それを先輩は私へと向けて、謝罪を告げる。

 その言葉はとても演技とは思えない……というよりも取り(つくろ)えないという方が正しいかもしれない。


「これはそう言ってるけど……どうする? 提案した私が言うのも何だけど、結構辛いのよ、これ」


 一応フォローしているつもりなのか、ローリエ先輩はそんなことを言う。

 正座、土下座の辛さは日本人なら誰でも十分に知っているし、彼女の反応から見ても謝っているフリではない、というのもわかった。

 さっきから足が震えていたのは恐らく、私が起きるまでずっと通路のところで正座をさせられていたからなのだろう。その状態でジャンピング土下座なんて足に響くなんてものじゃない。

 そう考えたらなんとなく可哀想に思えてきた。怖がる必要なんてないのかな、と思うぐらいには。


「……わかった。とりあえず、足崩しても大丈夫……です」

「ありがとう、ありがとう! 本当に、本当にごめんね!」


 先輩は涙目ながらも喜色を全面に押し出して何度も感謝の意を述べる。

 それ程までに辛かったのだろうけれど……なにこれ。

 なにこれ?


 ☆


「それじゃあ改めて自己紹介するわ。私はローリエ・アットウェル。四年生で、この馬鹿の元ルームメイトよ」


 ローリエ先輩は本を閉じて傍らに置き、組んでいた足を戻してから自分の名を名乗った。

 ……というか今更だけど、本?

 この世界では初めて見た気がする。流通は全くと言っていいほどしていないし、露天で売っているのも見たことがない。

 私の視線の先に気がついたのか、ローリエ先輩はこれ? と本を軽く振る。


「これ? これはこの馬鹿から貸してもらうことになった本よ。勿論、写本だけど」


 後になって知った話だが、本の原本は全て国が所持しているらしい。

 国立図書館という名目でその原本のコレクションは一般開放されていて、しかし貸出は禁止。図書館内で読むのなら可能。無論傷をつけたりしたら相応の罰はある。

 そして持ち出さずに写しとることも許されてはいる。が学校でノートなんて持っている人がいないことからもわかるように、なんといっても紙はそれなりに高級品だ。一応図書館内でも販売しているが、金と時間がかかる為に図書館に通うほうが早いということになる。

 それでも本を自分で持っていたい人はいる。そういう人が写本を書いてこうして図書館の外で持ち歩いているようだ。


 その他にも本が流通しない理由が多くあるらしいが、それはまた今度の話として。

 よくわからないけれどなるほど、と頷いた私にローリエ先輩はそれじゃあ、と繋げた。


「今度はあなたの名前、教えてもらえるかしら」

「リリィ・オールランド。……です」


 軽く頭を下げて見せ、特に害意はないことを示す。


「リリィ……ね。聞いていた名と同じみたいだし、コレの勘違いで連れてこられたとかそういうわけじゃないわけね。幸運だったのか、不運だったのかはわからないけど」


 いえ、私にとっては不運一辺倒です。そう言いたいのは山々だが、当の本人を目の前に言えることではない。

 しかし美少女とキスをしたということと、これからやるべき課題が見つかったということに関しては幸運……と言ってもいいのだろうか?

 しかし、ローリエ先輩の言い分からして彼女の言う『コレ』……つまり金髪赤眼の先輩から聞いたのだろうけれど……そういえば私はその彼女の名前をまだ知らない。

 まぁそれは置いておくとして、金髪赤眼の先輩が週初に出会ったあの先輩と同一人物なら名前は名乗ったから知っていることはわかるがどうしてこうなったのが幸運だとローリエ先輩は思ったのかがわからない。風当たりの強い感じからして、(けが)れを知らぬ後輩(私がそうである、とは言わないけど)に手出しするのを良しと思っているようには見えないし。

 その辺りを詳しく聞こうとすると、足の痺れが取れておらず脚をさすりながら私達の会話に耳を傾けていた(くだん)の先輩が話に割り込んできた。


「……ローリエ、さっきから『この馬鹿』とか『コレ』とか私の扱い酷くない?」

「うっさいわね。あんたなんてアレとかそれとか、そんなので十分よ」


 ……うーん、これはツンデレなのだろうかどうだろうか。

 元ルームメイトという辺り長いこと付き合いがあるのだろうけれど、本当に嫌いなら会話の端々からその感情が溢れ出るはずだし、そもそも本の貸し借りなんてしないだろう。

 まぁ実際、誰しもが大なり小なりツンデレ的属性は持っているだろうし、ローリエ先輩の場合はそれがわかりやすく表れているだけなのだろう。

 或いは……


「……嫉妬?」

「え? ……はぁっ!? そんなんじゃないわよ! 元ルームメイトとしてコイツの悪評が立ったら私までそういう関係だったとか疑われるじゃない!」

「あら? そういう関係だったこともあったじゃ「黙りなさい! あの時の私はどうかしてたの! あんたが作り出した雰囲気に流されただけっ!!」


 おおう、思った以上の過剰反応。何の気もなしに呟いた言葉にここまでの反応を示すとは。

 しかしいくら言い方がそれっぽいとはいっても真偽を確認する(すべ)はないし、スキルや魔法のあるこの世界では恐らく『魅了(チャーム)』なんてものもあったりするのだろう。その場で言ったことが必ずしも本心だとすら限らない。

 まぁそもそも、私にとってはこの先輩の言っていることのウソ本当を見抜く必要もないのだ、これ以上の深入りはやめておくことにしよう。藪をつついて蛇を出すのも馬鹿らしい。


「はぁ……まぁいい……いやよくないけど、とりあえずまぁいいわ。とりあえず、一通り自己紹介も終わったところで、あなたの疑問に答えることにしましょう」

「?」


 思わず首を(かし)げた。

 それを見てローリエ先輩は怪訝そうな顔を浮かべる。


「まだ何かあった?」

「自己紹介、まだ終わってない……です」

「……ああ、あなたが新入生で住んでいるのが『魔』の寮ってことは知ってるわよ? 一応連絡もしておいたから、今日はここに泊まっていっても構わないわ」


 その言葉に対して首を振ると、ローリエ先輩の眉間に(しわ)が刻まれる。

 どこで私が『魔』の寮住みなのか聞いたのかは知らないけれど、それはいいとしよう。この目立つ髪だ、同級生に、はたまた『魔』の寮に住む人に特徴を告げて聞いてみれば一発とは言わずとも直ぐに辿り着けるはずなのだから。

 同時に、私は視線をローリエ先輩の斜め後ろで靴を脱ぎ捨ててベッドの上に足を放り投げているもう一人の先輩を見遣る。

 彼女も頭に『?』を浮かべそうなほど不思議そうな顔をするが、話の流れから直ぐにそれを察したのだろう、あっ、とでも言いたげな顔になった。


「もしかして私、名前言っていなかった……?」

「ん」


 その言葉に頷くと、ローリエ先輩が私から視線を外して勢い良く振り返った。

 室内の若干の暗さと角度が相まって表情は見えなかったが、割りと凄い顔をしていたように見えた。

 再び、金髪赤眼の先輩の顔に怯えが混じる。


「ロ、ローリエ……?」

「…………ねぇ、アイリス」


 金髪赤眼の先輩の名前は、どうやらアイリスというらしい。

 しかし名前を知ったからと言ってこの状態で次の話に進められるほど私の精神は図太くない。何が彼女の琴線に触れたのかはわからないが、触らぬ神に祟りなし、だ。

 ローリエ先輩がもう一人のルームメイトをどうしたのかは知らないが、今日は泊まっていっていいと言われたのでその言葉に甘えることにしよう。

 そのまま私は布団を被って、その中で丸くなる。


『あんた、いつも許可とってからしてるって言ってたわよね? それなら別にやり過ぎない限り構わないと思ってたけど、今回はやり過ぎた上に許可までとってないの!?』

『い、言ったわ! ちゃんと、言った!』

『嘘をつきなさい嘘を! これから身体を重ねる相手の名前も知らないのに許可を出す相手がどこにいるの! この様子じゃ、今までも無理矢理してから事後承諾だったんじゃないの!?』

『いっ……いつもはちゃんと、許可とってるわ!』


 …………あー、早く朝にならないかな。

 部屋の騒ぎからいち早く眼を逸らした私は、無性にテオやカエデに会いたくなったのだった。

お待たせしてしまいました。

本当はGW中に一度書いた(書ききった)のですが、どうも展開のコレジャナイ感が溢れていて全消しで書き直した次第です。

兎角、更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。


後、この感じだと思った以上に2章が長くなってしまうのでそのうち章のタイトルを変更するかもしれません。

こちらの方は、念のため報告までに。

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