XX アイリス・ベル
閑話です。
リリィ視点ではありませんのでご注意ください。
私こと、アイリス・ベルにとって魔法とは文字である。
厳密には魔力という生地を文字という型に嵌めることで魔法となる、とでも言えばいいのだろうか。更に追求すると、そこからもう一行程必要なのだが私の感覚としてはそんな感じだ。
しかし、魔法を使うことに慣れていない人はその型が途轍もなく脆い。それはもう、ボロッボロに。そしてその結果、不完全な魔法の暴発という結果を齎すことになる。
故にそう何度も失敗が起きていれば術者どころか周りの人間にまで危害が及ぶ。そこで登場したのが、その型をより強固にする外骨格の役割を持った『詠唱』だ。
だから慣れていけば徐々に詠唱を短くすることもできるし、最終的には『無詠唱』……魔法の名だけでその魔法を発動することができるようになる。最も、才能が多分に関与するけれど。
どんなに優れた材料があったとしても調理しなければ美味しい料理にはならないように、文字を経由しなければ魔法は発動できない。つまり『詠唱』や魔法名の発言というクッションを経由しなければ魔法は発動できないと断言してもいいのだ。
よって、完全な『無詠唱』……『無言魔法』は不可能なのだ。
けれど、『無言魔法』の開発をしている研究者は存外に多く、この国の軍属魔法使いにもその研究部門があるという。それは不可能を可能にする研究をしているわけではなくそれ以前の問題で、そもそも今さっき私が述べた原理を知らないからだ。
それどころか、世界で高名な魔法使いとして名を馳せてきた数多の英雄の大多数はその原理を知り得なかっただろうし、果ては賢者ラディスラスだって知らなかったかもしれない。
ではここで何故私がその事実を知っているのか、という疑問に行き着く。
その答えは極めて簡単である。
それは私が『魔力感知』という『祝福』を所持しているから、だ。
☆
金髪赤眼の美少女。
座学はトップクラス、実力も折り紙つき。
性格は温和で人当たりが良く、知り合った後輩の世話も進んで行っている。
背丈程もある杖を用いた杖術、また自身が開発した『筆記魔法』を得意としていて、諸々の功績を評価すると歴代の学生でも十指に入るのではないかと囁かれている。
それが私、アイリス・ベルへの評価である。
『筆記魔法』というのはつまるところ擬似『高速詠唱』だ。空中に魔力で文字を描くことによって詠唱を省略することが出来る。とはいっても魔法の名を叫ぶことは必要だし、ヘタをしたらその『高速詠唱』より遅い。
しかしコレにしかない利点もある。一つはその場に設置することが出来るということ。二つ目は予め設置をしておくことでほぼ同時に幾つもの魔法を放つことができるということ。
つまり迷宮やダンジョン内での遭遇戦には弱いが、舞台が決まった場所での戦いに置いてなら罠の様に設置しておくことで『無詠唱』と同等の速さで攻撃が可能になる。
まぁこれも、『祝福』である『魔力感知』があってのものなのだけれど。
『魔力感知』――読んで字の如く、魔力を感知することの出来る『祝福』。
私の場合は眼で見て、口で味わい、鼻で嗅ぎ取り、耳で聞き、肌で感じることが出来る、即ち五感に魔力を感知する機能を備えることの出来る能力だ。スライムなど、一部にそういうスキルを持った魔物もいる。人でも、恐らく修行を積めば後天的に入手することもできるだろう。
しかし人には少なくとも眼の『魔力感知』を持っている魔法使いは存在したことがない。もし存在したならば私のように『筆記魔法』を開発したり、先に述べた『無言魔法』についての研究で世に名を馳せていたに違いないのだから。
つまるところ、この『魔力感知』……特に『眼』は他の追随を許さない程に優れた能力なのだ。
それこそ、現在私がそうであるように。
そして今。
そんな私が何をしているのかといえば……
「ううん……やっぱりいない」
目の前で魔法の練習に励む後輩諸君を見渡して、肩を落としていた。
ここは学園の地下にある演習場だ。基本的には横一列に並んで部屋の反対側にある的に向かって打ち込む、素振りをするようなところである。賢者ラディスラスが構築した結界が張ってあるので、余程のことがなければ壊れないはずだ。実際にこの眼で見ても隙は見当たらなかったぐらいだし。
一応対人戦の部屋はあるが、多分そちらは覗くだけ無駄だろう。念のため今練習をしている子達をもう一度見渡して『視』るが、やはりそこに目的の姿は見当たらない。
思いがけず、頬に手を当てて溜息を吐いてしまう。
「何してんのよ、あんた。これ見よがしに溜息なんか吐いてからに」
その言葉に振り返ると、水色の長髪と吊り目が特徴的な同級生が片手を腰に当ててそこにいた。
一、二年時のルームメイト。名前は忘れるはずもない。
というより、この一週間は共に魔法系の特別講師として一年生に現実というものを教えていたのだ。
振り返り確認すると、正しく私の友人であるローリエ、その人だった。
「ローリエ」
「あんたも飽きないわね、わざわざ使わない場所に来てまで新入生の物色をするなんて……流石、学年トップはやることが違うわ」
「人聞きの悪いことを言わないで。それにまだ学年トップじゃないわ」
私の言葉にローリエは『まだ、ねぇ』とぼやいてから目を細める。
「とは言っても、座学も実技も天辺から半歩引くだけで研究の成果を含めたら文句なしで魔法使い組では一番。向こうのトップだってあんたの方が凄いって認めてるわよ」
言っててローリエは自分で悲しくなってきたのか、僅かに首を振る。
「まぁ、それはいいわ。それで、今年の生贄は何人ぐらいかしら。できれば、一人二人で済ませてほしいけど」
「だから、今日は違うの」
「嘘をつきなさい嘘を! ルームメイトをも問答無用に手篭めにしたあのアイリス・ベルが、こんな将来有望な下級生の集まる場所に無意味に来るわけがないじゃない!」
本当に、失礼な元ルームメイトだ。私はそんなに節操なくはない。
確かに『口』を持つ私にとって魔力は何物にも換えられない甘美なものだが、少なくとも保有魔力量が多く且つ美味しそうでなければ味見もしないのだ。
つまり美味しそうな魔力を漂わせている方が悪い。まぁ『魔力感知』でも持っている相手でもなければ不利にはならないから私の『鼻』に引っかかるのは仕方がないのかもしれないけど。
代わりといっては何だが、魔力量が多い≒魔法の才能があるなので、ちゃんと手取り足取り魔法を教えてあげている。それによって成績が上がった後輩も少なくない。
つまりはギブ&テイクの関係……なんて胸を張って言えるわけじゃないけど。
でも、本当に嫌がる人には何もしないのだから許してくれてもいいと思う。
ちなみに、当時のローリエも満更じゃなかった様子だったのを覚えている。
三年生になる際、私が個人部屋に移動するときに『これから部屋が別れちゃうから、寂しくて』とか言いながら詰め寄ったら、『……今日だけだからね』と照れくさそうにいったのだし。
ローリエもそれなりに優秀な魔法使いだ、むしろ二年間同じ部屋で我慢していた私を誉めてほしい。
「今日は……ううん、今回は本当に違うのよ」
私がそういうと、やはりローリエは腕を組んで訝しげな眼で私を見る。
そのまま考えるように自分の毛先を指でくるくると弄りながら口を開いた。
「ふぅん……一応訊いておくけど、何があったの?」
それは、今週の火の曜日のことだ。
迷宮都市から帰ってきた翌日のその日、訓練場で各々思い思いに遊び、励んでいる後輩達を見ていた。
確か今年はあまり良さそうな娘があまりいないなぁ、と思ったはずだ。
「…………」
そこまで話したところで、ローリエは私に白い目を向けてきた。
何かを言おうと口を開くが、私は話はここからだと言葉を遮る。大方、『私が言ってること間違ってなかったじゃない』とでも言いたかったのだろう。
ええと、どこまで話したか……そう、良い娘があまりいないと思ったところまでだ。
どちらかと言えば、外で遊ぶのは男子の方が多いイメージだし仕方がないのかもしれないけれど。
そんなところで予鈴が鳴って、それに気がついた生徒達が次の授業の準備をしに校舎へと向かっていく。勿論私も例に漏れず、昇降口へと向かう。
そんな時、逆に校庭へと向かってくる男の子と女の子がいた。男の子の方はどうでもいいとしても、女の子の方は初めて見る黒髪の子で、私とはまたタイプの違う美少女だった。いいな、と思ってつい『眼』で視てしまうほどには。
結果から言うと彼女自身に大きな魔力はなかった。普通の武術系よりは少し多い程度で、魔法使いの才があるかと問われれば首を傾げざるを得ない、そんな微妙なもの。
ようやく見つけた良さ気な娘が適正外だったことに落胆したのだけれど、次の瞬間にはそんな後ろ向きな感情はどこかに吹き飛んでしまっていた。
そう、その二人の後ろに隠れるようにしてついてきていた小さな銀髪の女の子を見た瞬間に――
「――って、結局女の子なんじゃないの!!」
ローリエの突っ込みが演習場に響いた。
☆
演習場から出て溜息を一つ。空は太陽が少しだけ傾いたところで、爛々(らんらん)と私を照らしていた。
というかローリエに追い出されたのだ。皆が特訓しているところで騒いでたのだから当然だけれど、主に騒いでいたのはローリエなので理不尽を感じなくもない。
しかし、やはりあの銀髪の子はいなかった。
そりゃあ、私達が務めていた魔法系の鍛錬で影も形も見なかったのだから魔法の訓練をする場所にいるわけがないのだが、念の為と思って見に行っていたのだ。
ローリエに言わせれば、鼻で笑いながら『あんたに会いたくないから見た目でも変えてるんじゃないの』とかいいそう。言われてみれば、一理あるかもしれない。
が、例え姿形を変えていたとしても私が誤魔化されるわけがない。仮にどれだけ、私よりも魔法の腕が上だとしても、私の『眼』を誤魔化すことはできない。
いや、もしかしたら出来るのかもしれないけど。あの娘に限っては、絶対に無理だと言い切ることができる。
その姿を思い出す。
同年代の中では小さく、まるで力いっぱい抱きしめるだけで死んでしまいそうな華奢な少女。
陽の光を浴びた銀色の長髪は視界に映るとつい目で追ってしまうほど目立っていて、その顔は綺麗よりもずっと可愛い顔立ち。表情があまり動かない事も含めれば、恐らく皆が『人形のようだ』と思うだろう女の子。
そんな彼女を見た私の初めての感想は、なんだこの化け物は、だった。
普通魔力というのは、微々たるものだけれど使えば使うほどその量が上がっていく。そしてまた、身体の成長でもその容量が大きくなっていく。
そのどちらにしても才能というべきか、個人個人で上限がある上に種族によっても向き不向きがある。それは魔物だって同じだ。極端な例になるが、ゴブリンと吸血鬼で比べるとどれだけゴブリンが頑張っても吸血鬼に及ばないのは明白だろう。
つまるところ、どれだけ才能があったとしても種族によって上限値が定められているということだ。それは世界の種族バランスを取るためであったり、或いは『魔力過多症』という病気があるようにその身に余る魔力によって自壊しないためでもあるのだろう。
しかし、件の彼女は違った。
一般的な学生の魔力量を軽く超えているどころか、迷宮都市で見た有名な冒険者でもここまでの魔力量は見たことがない。普人……普通の人だけではなく、エルフや他種族も含めた上で、だ。
先ほど挙げた『魔力過多症』はなったことがないから分からないが、身体の内側で何かが暴れているような、想像を絶する痛みを伴うという。
だが彼女はその表情を全く揺るがせることなく、飄々(ひょうひょう)と歩いていた。
それどころか、普通なら身体から漏れているはずの魔力が一切漏れていない。それはその膨大な魔力量を全て身体に収めることが出来るほど、そして私の『鼻』すらも欺くことが出来るほど魔力の制御に長けていることも示す。
故に私は思ったのだ。かの少女は果たして人ではないのでは? と。
これだけの魔力を持った一年生だ、絶対に魔法系の方に来るだろう。都合よく、私にはその臨時教師の役割が与えられているのだから。
そう思った私は彼女の名前を訊くだけに留めて、その場を去った。
だが、火の曜日に続き水、風、土、光と全てのクラスが一回りしてもその少女の姿形を見ることはできなかった。そして今日、闇の曜日。魔法系の人が集まる演習場に足を運んでみたのだが、それも外れ。
自分や自分のスキルを疑うつもりはないが、ここまで来るともしかしたら見間違いや、彼女の存在そのものが幻だったのではないかと思えてくる。
私は幻だったとしたならそれはそれでよかったのかもしれないと思うと共に、若干の無念を覚えた。
その理由も自分でわかっている。
(……食べてみたかったなぁ)
先程も言った通り、『口』がある私にとって魔力とは何物にも変えられない甘美な代物だ。
ちなみに魔力は魔力量が多い程美味しくなる傾向にある。具体的に言うと、濃縮されたように味が濃くなり、そして個人で独特の風味がするのだ。そしてそれを味わうには、その人の一部や体液を摂る必要がある。
ぶっちゃけると髪の毛や血液でもなんでもいいのだけれど、やっぱりキスが一番。その娘の味を一番深く味わえ、同時に可愛いかったり綺麗だったりする娘が私で悶えているのを見るととても気持ちがよくなってくる。それが性的興奮だと知ったのは帝都に来て授業を聞いてからの事だった。
ちなみに男子に対してはどれだけ魔力が美味しそうに見えても全くと言っていいほど食指が動かない。それは私に問題があるのか、それとも『祝福』に対する『代償』なのかはわからないが、取り立てて問題はないから一度試したきりでその後は相手にしたことはない。
だからこそ化け物だと感じた、若干の恐怖を覚えた彼女が相手だとしてもその魔力を味わってみたいと思ったのだ。
「まぁ、いないなら仕方がない……か」
アレだけの魔力量を持っているのだから、魔法の練習をするまでもないということだろうか。確かにあれだけぶっ飛んだ魔力をもっているなら、いくら詠唱に時間がかかったとしても引く手数多だろう。
だとしたらやっぱり、一年生のクラスを順番に回るぐらいしか見つける方法がない。でもそんなことをして、もし人じゃないのだとしたらそれに気がついた私が危険になる可能性もある。
しかしながら、やはりあの魔力は捨てがたい。『鼻』に引っかからないから匂いはわからないけれど、私の『口』に合うとしたらやはり至上の味わいだろう。きっと、あそこまでの素材はこの先二度とお目にかかれないに違いないし。
本当にどこにいるのだろうか……あそこまでして漏れ出る魔力を隠しているあの娘のことだ、(脳内)ローリエの言う通り、本当に姿形を変えているかもしれない。ヘタをすれば見る人によって外見を変える、なんてとんでも魔法を開発したりしているかも。
「にゃー」
「しっ……学校出るまでは静かにしてて」
もしそうだとしたら、丁度あの娘みたいな外見しか知らない私にとってはやっぱり実際に『視』るぐらいしか見分ける方法がない。
やっぱり、危険を承知でクラスを一つ一つ回った方が早いのだろうか。
…………。
………………あれ?
銀色の長髪。周りと比べて一際小さな体躯。
眼を凝らして見て、その後にもう一度眼を擦ってから見直す。
消えない。見間違いでも幻でもない。
「いっ……!」
居た! そう喉まで出かかった叫びを何とか飲み込む。どうやら私の声には全く気が付かなかったようで、彼女はそのまま門へと歩いて行く。
すぐさま『眼』に切り替えて視てみるが、間違いない。『鼻』にも引っかからないし、『肌』にも特別な反応はない。普通、こんな魔力量を持っている人が近くにいたなら絶対に反応するはずなのだから間違いない。
私は確信する。彼女こそが私の探し求めていた少女、『リリィ・オールランド』であると。
そして私は、門の外に出ていく彼女の後を彼女にばれないように追う。
そうして彼女自身を見極めるのと同時に、どうやったら彼女の魔力を味わうことが出来るかを考えるのだった。
この後、大体一時間ぐらい猫と戯れるリリィを様子見しました。




