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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
私が『魔導書使い』と呼ばれるまで
26/33

24 お持ち帰り(後)

若干ネタバレになりますが、(肉体的)微百合注意。

 『過去からは逃げられない。どんなに逃げたとしても、いつか追いつかれる』。

 そんな言葉を聞いたことがある。細部は違ったかもしれないし、一体何のゲームだったか、或いは映画や小説だったかは覚えていないけれどその通りだと思う。

 小さいことかもしれないが、ベッドの中でふとした瞬間に小中学生の頃の黒歴史を思い出して悶えることが今でもある。そしてこの第二の人生プランだって過去があってこそそう決めたのだ。

 つまり物事には因果があり、その応報からはどうやっても逃げることができないということだろう。それが善であるか悪であるかは別としても、だ。


 しかしながら。

 当然のことながら因果にも始まりというものはある。そしてそれは得てして本人が認識していないところで始まり、追いかけてきているものなのだ。

 有名な例を挙げるなら、蝶が羽撃(はばた)くだけで遠くの場所で竜巻が起こるという、俗に言うバタフライ・エフェクトだろう。最も、因果関係なんてそんな些細な事からでなくもっと直接的なのが殆どだが。

 例えば……そう。


「ねっ、ねぇ! あなた、少し待ってもらえる!?」


 丁度、今みたいに。


 ☆


「?」


 幾つかの路地を回り、三毛の猫を他の子の元に返してから少し。

 誰の目もないところで思う存分猫達と遊び、非常に満足した私は上機嫌で学校へと足を向ける。

 今日の鍛錬は気分よくできそうだ。もしかしたらテオとカエデを同時に相手をとっても勝てる……なんて、そこまではいわないけれど、いい勝負は出来るのではないだろうか。


 まぁ、それは置いておくとして。

 通りに出て、人が増えてきたなぁと思っていたら後ろから駆け足の音と共に声を掛けられたのだ。

 最もその声に反応して振り向き、その声の主であろう彼女がこちらを見ていてようやくその事実に気がついたのだが。


 ええと、髪はそれなりにレアな金髪のセミロング。天然かどうかは知らないが、若干ウェーブが掛かっているのが見て取れる。

 服装は制服で、身長もそれなり。スタイルもすらっとしてるし、顔も悪くない。紛れも無い美少女だ。

 だが、問題は私がその彼女に見覚えがないということ。

 人の顔や名前を覚えるのはあまり得意じゃないけれど、こんなに美少女然とした金髪美少女で学園での知り合いなら覚えているはずだ。学生ということで愛らしさが完全になくなってはいないが。

 まぁ単純に向こうが目立つ外見をする私を一方的に知っている可能性もあるし、話だけは聞くことにしよう。

 彼女が私の前に辿り着くタイミングを見計らって私は口を開く。


「何?」

「あ……ああ、ええと……少しお話したいのだけれど、いいかしら?」


 私の問いかけに一瞬だけ戸惑った素振りを見せたが、思ったより丁寧な言葉が返ってきた。

 お話? それは仲良くなりたいとかそういう話だろうか。言葉の感じからして、学内の派閥的な何かかも。カエデは仮にも貴族の娘だし恐らく唯一の黒髪の血筋だ。逆の髪色を持つ私もセットで一緒にされている感があるし、つまりそういうことなのかもしれない。

 それなら普通にお断りなのだが、これだけの美少女だ。私は女子の(つて)がないから知らないが、既に大きな派閥を持っている可能性がある。それならここでにべもなく断るのは得策ではないだろう。

 結局、話だけはきく、ということになる。『私の派閥に入ってくれる?』なんて迫られたら今日は忙しいから後で考えておくとでもいってお茶を濁すことにしよう。ちゃんと用事もあるわけだし。


「……ん。少しなら」


 私のその言葉に彼女は少しばかり目を見開いて、喜色の表情を見せる。


「そう! それじゃあ、ここじゃ何だから場所を変えましょう!」


 そう言って、彼女は懐から耳掻き程の小さな棒を取り出す。

 ……いや、杖か。物理攻撃をするのに必要な打撃力は備わっていないだろうが、魔法を使う媒体としてならきっと申し分ないものなのだろう。よくわからないけれど。

 そして彼女は杖を私に向けて、そのまま空中を走らせる。何かを唱えるわけではなく何かを描く。魔法陣かなとも思ったけれど、素早く動く杖の切っ先を目で追うとそれは文字のように見えた。

 もしかしたら文字なら読めるかもしれない。なんと書いているかを見ようとした瞬間に流れるように動いていた杖が止まり、同時に彼女からポツリと一つの単語が発せられた。


「『転移』」

「っ!?」


 瞬間、杖の先が眼も開けていられなくなるほどに発光した。

 思わず眼を庇うように腕をかざすが、その光も僅か数秒で何事もなかったかのように消え去る。

 『転移』、と。間違いなく彼女はそう言った。ということは、移動したのだろうか。

 そう思ってぐるりと周りをみると、左は壁、右と後ろには扉があった。それも、とても見覚えのある扉が。恐らく、右はトイレと風呂場、後ろは廊下に繋がっているのだろう。


「……寮?」

「ええ、マーキングでここに跳ぶようにしてあるの。まぁ、入って入って」


 念のため訊いてみると彼女はなんてこともないように頷き、そして私を部屋の中へと誘導する。

 瞬間移動魔法。事もなしげに彼女はそれを実現してみせたが難しい魔法に違いない。或いは厳しい条件があるかのどちらかだろう。でなければ暗殺がとても容易くなってしまうし、戦争時だって簡単に中央に潜り込まれてしまうことになる。

 つまり、それをなんてことなくやった彼女は凄い人なのだろう。恐らく、学園でも上から数えた方が早いタイプの人だ。


 私のその予想は部屋の内装を見たと同時、確信に至る。

 なんということはない。そこには少し大きめの天幕が付いているベッドが一つあり、私とカエデの部屋ならば二つ目が置いてあったであろう場所には棚付きのチェストや、お茶会にでも使えそうな円型のテーブルや椅子がある。流石に全てがこの部屋の備品なわけがないだろうが、同居人がいるとしたらこんな暴挙が許されるわけがない。

 つまり彼女……先輩は個人部屋を与えられている成績優秀者だということだ。

 説明したことがなかったが、個人部屋は三年生以上の成績優秀者にしか与えられない。その成績優秀者というのに明確な基準はないが、その時の部屋の空き具合で決まるのだろう、きっと。


「飲み物は何かいる? 必要なら下にとりにいってくるけど」

「ん……大丈夫。……です」


 返事にあわてて敬語をつける。

 仮にも先輩だ、入ってきたばかりの新入生にタメ口をきかれてもいい気はしないだろう。今更遅いかもしれないが。

 そんな私が面白かったのか、先輩は可笑しそうにくすくすと笑う。


「そんなに緊張しないでも大丈夫よ。別に敬語じゃなくても私は気にしないから」

「……大丈夫です」


 今度はスムーズに言えて軽く満足な私に先輩は『そう』と柔らかく言うとベストを脱いで軽く畳んでからテーブルの上に置き、その上に先ほど振った小さな杖を置く。

 そしてそのまま近くにあった椅子を引いて座る。

 ええと、私はどうすればいいのだろうか。床に座ればいいのだろうか、それとももう一つある椅子に座ればいいのだろうか。

 立ったまま、というのは論外だ。若干見下されている感を覚える、というのが姉であった歩(身長は私より低かった)の弁。今ならきっと椅子にでも座られたら私の方が見下されそうだが。


「ベッドに座っていいわよ。私は好きでこっちに座っているだけだから」


 戸惑う私に先輩は微笑みを湛えながらそう言う。

 ……普通、逆じゃない? もしかして、先輩は私が困るようなことをわざとやっているのではないだろうか。

 いや、いいと言うのなら遠慮なく座らせてもらうけれど……ってこのベッドすごい! すごい柔らかい! 柔軟剤でも使ってるの!?

 外見からして私達の使っているベッドとは明らかに上だとは思っていたが、中身がやばい。流動していて、しかしそれなりの弾力性も持っている。そのくせ外見は普通のベッドとなんら変わらない。前世で近いものを挙げるとしたら、使ったことがないけれどウォーターベッドだろうか。

 ただ手を置く分には問題がないのだが、力を入れると少しだけ沈む。本当、これなに? 技術的にありえなくないですかね?


「気に入った?」


 ふにふにと手を触れさせて何度も感触を確認している私を、先輩は面白そうに見ていた。

 しまった。つい夢中になってしまった、恥ずかしい。私は慌てて離し、前を見つつも若干視点を下げる。顔、赤くなっていないだろうか。


「随分と夢中になってたからついね。天幕や家具類は違うけれど、ベッドだけは学校の支給品。スライムジェルを使って作ってるもので、個室の生徒限定なの」


 スライムジェル! そういうのもあるのか!

 スライムといえば某RPGで序盤の敵として扱われるので有名だ。18禁のゲームとかなら負けたら苗床にされたり、或いは溶かされて吸収されるというグロもあったような覚えがある。

 授業で習ったことによると、この世界のスライムは水ではないよくわからない液体で形成されている不定形生物で打撃は殆ど無効だが斬撃で切り裂いたり、火魔法で液体を蒸発させたりすることで元の大きさの半分程度になれば死亡するようだ。

 ちなみに魔力で動いているため、雄雌問わず魔力の大きな生物の中で繁殖することもあると言っていた。勿論人間も例外ではない。基本的に魔力溜まりなる魔力の多い場所に集団で生息するので普通の人間(あまり魔力を持っていない人)が近づいたところで危害を加えなければ襲われることはあまりないらしいが。

 つまるところ一気に大量のスライムを殲滅する能力を持っていなければ相手にするのは難しい魔物で、そのスライムが死亡した時に残す……というか動かなくなった死骸がスライムジェルだ。

 つまりそれをふんだんに使っているこのベッドは、十分高級品と言えるだろう。多人数部屋も殆どベッドだけだし、汚い流石学校汚い。

 成績優秀者に言わせれば、当然の待遇だというかもしれないが。


「別に横になってもいいわよ? 私の部屋に来た()は大体そうなるから」

「…………」


 その魅惑の提案に心惹かれる。

 が、何とか耐えて首を横にふる。私は個人部屋を堪能しに来たわけではなく、先輩の話を聞きに来たのだ。鍛錬の予定もあるし、勧誘なら勧誘でさっさと聞いて、適当なところで帰らなければ。


「そう……まぁいいわ、とりあえずお話しましょう……と、言っても、話というよりお願いなのだけれどね」


 お願い、ね。

 さて、一体なんだろう。とはいっても、大体予想はついているが。

 私を勧誘して新一年生に対する伝が欲しいだとか、勇者の血筋のカエデへの橋渡しだとか、恐らくその辺りだろう。

 とりあえず『考えさせてください』とでも言っておけば場はつなげるだろう。今度はカエデも誘って来ればあまり角は立つまい。


「少し、味見させて貰えないかしら?」

「考えさ、え」


 今この人、なんて言ったの?

 反射的に顔をあげると、私の眼前には音もなく立ち上がっていた先輩の姿があった。

 肩をがっ、と掴まれてそのままベッドに押し倒される。バランスを取ろうと思わず手を前に出したら今度はその手を掴まれて押さえつけられた。

 ……え? なにこれ。ラッキースケベか何か? 先輩の胸が当たってるんですけど。ベッドに負けず劣らずに柔らかいんですけど。

 腕に力を入れるが先輩の手が緩まる気配はなく、それどころか逆に力が込められているような気がした。


「……あ、あの…………?」

「なぁに?」


 私が絞り出した声に先輩は微笑みで答える。

 先輩の外見は、間違いなく西洋系の正統派美少女だ。先程まではそれなりの距離があったから良かったが、超至近距離で見るとその美少女さがよくわかる。思わず恥ずかしさに顔を逸らしてしまうほどに。

 整った顔つきに、あどけなさをまだ残した雰囲気。色っぽい唇に、透き通るような赤い瞳。ここまでの美少女は前世どころか今世でも見覚えが……


 ……透き通るような、赤い瞳?

 それには、確か見覚えがある。そういえば、あの魔女姿の先輩らしき人も金髪だったような。

 まさか同一人物? え、だって雰囲気全然違うじゃん。魔女帽とマントを羽織っただけでここまで違う?

 いや、もしかしたら見間違えかもしれない。もう一回よく見て確認を……


「はむ」

「――――」


 私は言葉を亡くす。というか何かを発することすら出来ない。

 なぜなら確認をしようと先輩の方に顔を向けた瞬間、彼女はまるで私の口を食べるように咥えたのだから。

 その事実に唖然とする私に対し、先輩は畳み掛けるように攻勢に出る。

 有り体に言えば、舌を入れてきた。


「ちゅっ……んちゅ、れろ……じゅるっ」

「……んっ! んんっ!」


 口の中が蹂躙(じゅうりん)されている。それに一歩遅れて気付いた私はそれから逃れようと必死に抵抗を試みた。

 しかし腕に力を込めるも全く、びくとも動かない。代わりにベッドが若干波打つ程度だ。跳ね除けようと身体を(よじ)らせても意味はない。多分私を押し倒した時にだろうが、マウントをとっている先輩を禄に力も入らない状態で退けることなんて出来ない。

 そのうち私の息が続かなくなり、徐々に抵抗する力を失っていく。そして私は先輩から(もたら)されるそれをただ享受(きょうじゅ)するのだった。


「んむっ……ちゅっ、じゅるっ……」


 まるで水の中にでもいるようなベッド上で、されるがままにキスをされる。

 嫌じゃない。それどころか、気持ちよくすらある。

 キスというのは前世今世合わせて初めての経験なのだが、きっと先輩は上手いといえる部類なのではないだろうか。

 初めてのキスがこんな美少女なんて幸運だな、とぼんやりした頭で考える。


「ちゅるっ……ちゅぷっ」


 貪るようにされていたキスが終わる。

 彼女の口と俺の口からはその繋がりを証明するかのように糸が引かれた。先輩は抵抗をやめた俺の手から自分の手を離し、混ざり合った唾の糸を拭い取って口に含み、そして恍惚(こうこつ)とした笑みを浮かべる。


「美味しい」


 その言葉に、顔に、思わず魅入ってしまう。

 しゅるり、と彼女からこぼれ落ちた金髪が少しばかり俺の顔にかかり、その香りが鼻孔をくすぐる。

 息が荒いのが自分でもわかる。きっと、顔も酷く火照(ほて)っている。

 彼女は人差し指で俺の唇をなぞり、問いかけてくる。


「続き、いいかしら?」


 心臓が飛び跳ねて、続いて心ともなく喉が鳴る。

 期待している。その事実に気がついて俺は抵抗を諦めた。

 だって、こんなにも気持ちがいい。ならばそれを受け容れることはあっても抗う必要はない。


「いい()ね」


 そんな俺の心情を察したのか、彼女は妖しい笑みで俺の頬を撫で。

 そしてもう片方の手で愛撫でもするように俺の胸に優しく触れる。

 同時にぴりっ、とした電撃が走るような快楽に混じって、心の奥底から急激に一つの感情が湧き出てきた。


 ――――怖い。


 それから、この日の俺――私の意識はぷっつりと途切れる。

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