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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
私が『魔導書使い』と呼ばれるまで
25/33

23 お持ち帰り(前)

 突然だが、私は自分の身体を(まさぐ)ったことがある。無論、性的な意味で。


 生まれ変わってからというものの、そのことそのものや性別が変わってしまったことに対して自己崩壊を起こしかけ、そして僅かな希望にかけて破滅に向かって突き進んでいたのは記憶に新しい。今となっては恥ずかしい限りだ。

 とりあえずその件については、知っての通り『俺』は『私』でもあると自分の中で折り合いをつけて一応解決はしたのだが……

 だがしかし、何度でも言うが、やはり私は『俺』であり、男なのだ。享年(きょうねん)=彼女いない歴だった者として、女の子の身体に興味が無いわけがない!


 ……こほん。

 ついでに言っておくが、私はロリコンではない。たまたま自分の身体がロリだっただけだ。

 そもそも弄っているのは自分である以上、何かの文句を言われる筋合いなどないわけだが……まぁ、それはさておき。


 私は自分の身体を弄る……つまり一般的に言う自慰行為、マスターベーションをした……しようとしたわけだが、これがまたうまくいかなかった。

 この身体が未成熟というのもあったのだろうけれど、なんというか、こう、気分が盛り上がらなかったのだ。ぶっちゃけると濡れもしないし、ただ痛いだけだった。

 今のこの身は女であるので男を想像して慰めるべきだったのだろうが、精神が男であるが故に男はどうやっても受け入れられないようでその想像をすることは私の本能が拒否していた。

 多分、その拒否反応がなくなった時は心まで女になってしまった時なのだろうが……そんな風になることはない、と信じたい。


 ……とまぁ、そんなこんなでうまく自分を慰めることの出来なかった私は若干赤くなった胸や秘部について誰にも言うことができるわけもなく、その日のことを心の押し入れへと仕舞いこんだのだった。

 私がまだ村にいた頃。八歳の、暦上で言えばとある春の日の出来事だ。


 ☆


 闇の曜日。つまり、今週最後の学校の日。

 だが火、水、土、風、光の曜日とは異なり午後の授業まではないというのがこの曜日の特徴だ。代わりに午後の訓練場は鍛錬する生徒に開放されていて遊びなどには使えないのだが。

 前世で言うゆとりじゃない教育の土曜日という認識で問題ないだろう。


「うわ……人多いな」


 そんな日の午後、私とテオ、カエデは訓練場(グラウンド)を前に立ち尽くしていた。レスターは魔法系なのでいない。

 どうやらレスターも先輩との対決で実力差というものを知ったようで演習場にて訓練をするらしい。今までの闇の曜日には私達の鍛錬をじっと見ていたから正直ほっとしている。

 私はまだ行ったことがないからわからないが、演習場には学校の建設当初から強力な結界が張られているのでどんなに強い魔法を使っても余波やら何やらを外に漏らさないようだ。流石賢者ラディ……ラディ何とか様、私は一生使わないだろうからその恩恵は受け取れないだろうけれど。


 さて、話を戻そう。

 私達の目の前にある訓練場は(恐らくはレスターの向かった演習場もだろうが)沢山の人で溢れていた。ほぼ確実に、昨日までの特別授業のせいだろう。

 一歩も二歩も先を行く先輩に真正面から叩きのめされたのは一年生の心に自分の力はこの程度なのかという落胆よりも負けてたまるかと火を()べたようだ。

 その結果が訓練場中に溢れかえっている生徒。

 いつもなら身体に慣れさせるのも兼ねて態々寮に戻ってショートソードをとってくるのだが、今日に限っては戻っていては練習するスペースがなくなる上にもし人に当たったら危ないまである。


「どうする? 基本だけやるって手があるけど」

「……うん、それでいいかも。スペース要らないし、注意さえしてれば怪我はないだろうし」


 基本、というのは一年生が鍛錬の授業でやっている走り込みと体術訓練のことだ。筋力トレーニングは成長を妨げる恐れがあるため、自主的にやるにしても程々にしろとの達示が出ている。

 素振りをするだけ、走るだけでも結構筋肉はつくのだが、何事も適度にということだろう。でなければ科学で先を行っている地球で体育が行われる理由がない。


「よーし、んじゃ準備運動するかー」

『おねえちゃん!』


 ……ん?

 聞き覚えのある声に私は辺りを見渡すが、こちらを向いている人はいない。

 私だけの空耳ということはないだろうと思ってテオやカエデを見ると、二人も同じくキョロキョロしていて、やがてテオが視点を固定して呟く。


「あっ、いた」

『おねえちゃん、助けて!』

「ふぇっ」


 私がテオの視点を辿ってその姿を発見するのと、彼がこちらに向かってジャンプしてくるのはほぼ同時。

 私は胸に飛び込んできたのを受け止め、蹈鞴(たたら)を踏み留まる。そもそもとして体格が小さい為にそれほど衝撃もなかった。

 少し大きな犬とかだったらそのまま押し倒されて顔をぺろぺろされてるんだろうなぁと村に残っているマルタを思い出す。元気にしているのだろうか……機会があればパパに聞くことにしよう。

 それより、猫……三毛の子猫だ。ミスタの所で何度か餌付けをしたことのある子。そりゃあ見覚えもあるし声に聞き覚えもある。


「あっ、いつもあそこにいる子……だよね?」

「多分、そう」

「いつもいる子って……いつ猫を手懐(てなず)けたんだよ? 師匠が危ないとこに行くなっていってただろ?」


 失敬な、少なくともテオよりは危ない危なくないぐらいの区別はつく。テオもパパも、心配しすぎなのだ。

 私が子猫を撫でようと触れるとビクリと小さく跳ねた。そのままゆっくりと落ち着かせるように撫で続けたら、彼が小さく震えているのがわかった。

 カエデも私に倣って触ろうとしたけれど私はそれを制し、首を軽く振る。多分何かあったんだろう、余計な刺激はあまり加えないほうがいい。

 そう思って周囲に注意を払うと、バタバタバタと騒々しい足音が遠くに聞こえた。


「猫どこいった?」

「学校の中じゃね?」

「俺訓練所の方見てくるわ!」


 その声を聞いて、私は少しばかり眉を(ひそ)める。

 子どもとは得てして、無自覚に残酷だ。私が小さかった頃……そこ、今も小さいとか言わない。えっと……『俺』が小さかった頃だって蟻を踏み潰し巣に水をバケツでかけたりだとか、バッタなどの昆虫を関節ごとに千切ったりだとかした覚えがある。

 今思えばなんて残酷なことをしていたんだろうと戦慄する。流石に猫や犬をボールに見たてて蹴っ飛ばしたり投げたりなんてことはなかったが、鳥を追いかけ回すぐらいは日常茶飯事だった。

 誰もが通る道、といえばきっとそうなのだろう。恐らくだが、何一つやったことがないという方が少数派なのではないだろうか。

 故にこの猫を追いかけている彼らに何かをいうのはきっと間違いだ。彼らの行為を正当化するわけではないが、以前自分が通った道をしたり顔で注意できるほど厚顔無恥ではない。

 ただ、白い目で見ることぐらいは許されるだろう。


「…………」


 先ほどの言葉通り、一人が訓練所(こちら)の方へと走ってくる。

 カエデの影に隠れて(カエデも私を隠すように動いてくれた)猫が見えないようにしつつ、彼をじっと見た。

 青色の髪で、身長はテオとそう変わらない。顔つきは、如何にも『私は悪ガキです』とでも語っているかのような意地の悪そうな顔をしていた。少なくとも、私の主観では。


 一瞬、目が合う。

 そのまま流すように視線が逸らされたかと思えば、二度見をするように再び私にその眼が向けられた。

 もしかして抱いている猫がバレてしまっただろうか。いや、カエデの後ろにいるから、絶対に見えないはずだ。

 そう思うが、こちらをじっと見てくるのを見ているとその自信がなくなってくる。つい最近見たことのある、自分が見透かされているような眼とは全く違うのだが、なんというか……居心地が悪い。


「グラム、いたか!?」

「……いない!」

「学校内も見るぞ! 早くしろよ!」


 青髪の彼……グラム……くん? 先輩? はその言葉に迷うように足を彷徨(さまよ)わせる。

 が、次の瞬間には彼の仲間に対する返事を返しながら来た道を駆け足で戻っていく。


「……ああ! 今行く!」


 姿が見えなくなり、足音や話し声が訓練所の掛け声に紛れて聞こえなくなった辺りでようやく私は安堵(あんど)の息を吐く。カエデも同様で、テオだけが少し呆れた様子でそんな私達を見ていた。

 『もう大丈夫だよ』と言うと子猫は私の腕の中から頭だけを出して私に向けて、『ありがとう』と可愛い声で鳴いた。

 思わずその頭に頬ずりをする。毛と耳の感触が気持ち良い。


「……リリィ、その辺にしとけ。そろそろ走り込みしないと、体術する場所がなくなるぞ」


 そのテオの言葉にはっとしてこちらを見ている子猫と顔を見合わせる。

 子猫はテオの言葉がわかっているのか、つぶらな瞳で私を上目遣いで見つめていた。まるで捨てないでと訴えているようにも見える。

 ――ああ、ダメだ。あざといそしてあざとい、だけどそれがいい。


「カエデ、いい?」

「……駄目」


 カエデも小動物は好きなのだろう、一瞬の間に葛藤(かっとう)の跡が(うかが)える。

 念のため、もう一押ししてみよう。


「私がちゃんと世話するから」

「寮はペット禁止だし、それにいつも会いに行ってるでしょ。ほらほら、まだあいつらいるかもしれないから早く戻してきなよ」


 そう言われたらぐうの音も出ない。

 仕方がないかと腕の中を見る私に、『なぁに?』と腕の中で鳴く子猫。やっぱりわかってなかったみたいだ、そりゃそうだけど。

 『なんでもない、送るよ?』と言うと『おねえちゃん、ありがとー!』と舌っ足らずに答える。ああ、やばい、めっちゃ可愛い。一緒にいるなら犬だけど、やっぱり猫も最高。この時ばかりは女の子でよかったと思える。

 今すぐもふもふしたくなる気持ちをぐっと抑えて、テオに向き直り、出来る限り真面目な表情を作る。


「テオとカエデは先にやってて、すぐに戻ってくるから」

「……わかった。でも、色々気をつけろよ? 他に何かいたからって追いかけたりするんじゃないぞ? あと、早く戻ってこいよ?」


 だからお前は私の親か。

 テオのしつこいぐらいの小言におざなりな返事をしつつ、私は校門へと向かっていく。


「知らない奴についていったりするんじゃないぞー!」


 わかってるって、しつこいなぁもう。

 私はそんなことを思いながら、同時に思う存分猫達と戯れられる機会を得た幸運に胸を踊らせながら、私は腕の中にいる子猫を抱き直した。



 しかしその日、私が学校に戻ってくることはなかった。

 念のため言っておくが、決して子猫達との遊びで時間を忘れてしまったわけではない。いやまぁ、ほんの三十分から一時間ぐらいは遊んでたかもしれないけど。


 ただ、私にだって止むに止まれぬ事情があったのだ。

 その事実を結果から客観的に見れば、誰もが口を揃えて知らない人について行ってしまったというだろう、誠に不本意ながら。

 しかしあくまでそれは私の意志が介入していない不可抗力な出来事なのであって、私は決してテオに心配されるようなチョロい性格じゃない、絶対。

 絶対!

(後)に続きます。

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