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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
私が『魔導書使い』と呼ばれるまで
24/33

22 腕試し

「ふっ、はっ!」


 カン、カン、と軽快な音が響く。

 私達の目の前では、制服を来た二人の男子が木剣を手に打ち合いをしていた。

 厳密に言えば打っているのは片方の生徒だけで、打たれている方は余裕そうな顔をしてそれを(さば)いているだけなのだが。彼らを便宜的に少年A、少年Bとしよう。少年Bにとっては、私に少年呼ばわりされたくはないだろうけれど。


 カッ! と少年Bは少年Aの剣を弾き、跳ぶ様に数歩距離をとる。


「ッ! はぁっ!」


 それを好機と見たか、少年Aの木剣が赤く光る。

 私がおっ、と思った時には既にそのスキルは放たれていた。

 先ほどまでの打ち込みとは一線を画する、スキルによる素早い突き。


「甘い」


 しかし打ち込まれた彼は予測していたようにそれを横にずれるだけでなんなく躱し、スキルを放つことによって前に体勢を崩した少年Aの背にすれ違い際に木剣の柄をぶつける。


「うわっ!?」


 スキルを空振ったことで姿勢を崩していた少年Aは踏ん張ることも、受け身をとることも出来ずに地面へとスライディングする。

 うわぁ、という声が何処かから漏れる。顔面から転ぶことは誰だって一度はあるだろう。その痛みは、想像に難くない。


「いっつつ……」

「大丈夫か? なんなら救護班を呼ぶが……」

「……いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


 少年Aは少年Bに立ち上がらせてもらうとそう言って、木剣を渡しつつ頭を下げた。

 そこには若干の悔しさが滲み出ていて、怪我の治療を断ったのも男の意地というものだったのだろう。

 少年Bは自分より身長の低い少年Aの肩をぽんぽんと叩くと耳元で軽く何事かを(ささや)く。

 そしてくるりと彼の身体を回転させると、押し出すように背中を一度叩いた。


「よし、じゃあ次! 誰かいるか?」


 そうして少年Bこと、四年生のヴァルナー先輩は次なる挑戦者を求めて私達をぐるりと見渡すのだった。


 ☆


 目の前で、相手を変えたヴァルナー先輩が再び打ち合いを繰り広げる。

 しかしやっていることは先ほどと変わらず、積極的に打ち込みにいってはいない。やはり攻撃を捌くことを中心として、どうしても看過できない隙があった場合のみ攻撃をしている。

 大体の生徒はそれでもって負けていて、つまり実戦ならばその一刀にて切り捨てられたということだ。

 なんとか防いだ生徒(といっても、今のところ七人中一人だけだが)も、その後の追撃であっけなく破れている。


「まいり、ました」


 そしてまた一人、喉元に剣身を突きつけられて降参を宣言する。

 ヴァルナー先輩は一度頷き身を翻すと木剣から何かを振り払うようにピッ、とそれを振ってまた声を張り上げた。


「よし、次!」


 さて。どうして私達がこんな実力差のある先輩を相手にしているのかといえば、これこそが授業だからだ。

 かの筋肉質な先生は言った……『お前たちがこの学校に入学してから……いいや面倒くさい、かいつまんで説明することにしよう。

 つまるところ、『鍛錬の授業に慣れて弛んできているだろう私達に喝を入れるための特別授業』だ。

 私的には、冒険者学校に来る前に先んじて訓練をしていた(特に、貴族の)新入生の鼻を明かす為というのもあるのではないかな、と思っている。


 そんなわけで、剣士の私達は同じく剣士のヴァルナー先輩にお相手をしてもらっているというわけだ。ちなみにそれぞれ槍は槍担当の、拳は拳担当の先輩というように武器別に先輩を用意している。

 といっても棒術は槍に含まれているし、話の中で先生が例に出したのだが、モーニングスターなど奇抜な武器使いはいない(用意していない)ので自分が一番近いと思う武器の所に行けと言っていたけれど。


 そうして始まった、ヴァルナー先輩の特別授業。

 数年先に習っているだけの先輩程度、俺(もしくは私)なら倒せるだろうと、これまで挑んだ七人……いや今倒された人を含んで八人はそう思っていたに違いない。一人ぐらいは単純な腕試しがいたかもわからないが。


 一番初めは、もっと手が上がっていたのだ。それこそ、テオも手をあげていた程には。

 しかし回を重ねるごとに挑戦者は少なくなり、九回目にしてとうとうゼロになってしまった。


「なんだ、いないのか?」


 先輩はつまらなさそうに木剣を肩に担いで、遠巻きに見ている私達を眺める。

 その私達はと言うと互いに顔を見合わせるだけで一向に声をあげ手をあげようとはしなかった。

 それもそうだ、今まで挑んだ八人ともが素気無くあしらわれている。相手からの積極的な攻撃はないがこちらの攻撃は尽く通じていなかった。

 それをこの先輩はわかっているのかいないのか、頭を少し悩ませた素振りを見せ、そして提案する。


「んー、じゃあ二人。二人同時だ、これなら流石にやるやつもいるだろ? ああちなみにさっき戦った奴らはまだ駄目だからな?」


 ざわ、とにわかにざわめき立つ。

 一人なら相手にならなかった。ならば二人なら? 流石に同時に攻撃されたらどうしようもあるまい。

 そう考えて知り合いと手を組んで挑戦しようか、と動き出す人が何人か見受けられた。


 とんとんと肩を叩かれる。私はそれに答えるように、これ見よがしに大きく息を吐いた。

 振り返らなくたってわかる。こんな時に話しかけてくるのは隣にいるカエデを除けば一人しかいない。


「なぁリリィ、どう思う?」

「ん……難しい、と思う」

「うわっ……テオ、いつの間に戻ってきたの?」


 いつの間にか私達の後ろに現れたテオにカエデは驚く。

 授業も初めのうちはテオも私達の傍にいたのだけれど、ふと眼を離したらいなくなっていた。探してみたら戦闘をより近いところで見ていたので、先輩の動きを観察しに行っていたのだろう。


「それでどう? 成果はあった?」

「いや、特には……そもそも先輩の本気自体見れてないからなぁ」


 テオはカエデの問いに軽く首を振って答える。

 それもそうだろう。というか入学したばかりの一年生に対して本気をだして叩きのめす先輩とか嫌すぎる。いや、もしかしたらそんな状態の先輩を倒せる才気溢れたスーパールーキーもいるかもしれないけど……


 既に一対二の勝負を始めた先輩達を見ている同級生を見渡す。その動きを見極めようと眼光を鋭くしたり、もう既に底が知れたと気だるげに見ている生徒なんてのは少なくとも4組、9組の剣士組にはいなかった。

 と丁度その時、先輩が素早く動いて相対していた二人をほぼ同時にノックダウンさせる。大きな隙がなかったが倒したところを見るに既にその二人の力量は見切ったということなのだろう。それは二人同時で決定打一つ与えられないところからお察しだ。

 それでも一瞬とはいえ本気を出さなければ瞬殺は出来ないみたいだった。

 当然、やるからには勝ちたい。故に出来るならもう一、二戦みてから挑戦したい所だ。


「……よし! とりあえずやってみるか!」

「ん。……えっ」


 反射的に答えてから疑問に思ったが、時既に遅し。

 次の瞬間には私の手はテオに掴まれ、何を言う間もなく先輩の前に躍り出ていた。


「おう、やるか?」

「ああ! 二対一でもいいんだよな?」

「勿論だ。その代わり、倒す時に加減はできなくなるけどな」


 私を置いてけぼりにして話を進める二人を私は唖然としながら眺める。

 慌てて振り返ってカエデを見ると、カエデはあちゃあとでも言いたげに額に手を当てていた。

 そう思うなら、止めてよ!


「リリィ」


 テオに呼ばれてまた振り返ると、その手には先輩から受け取った木剣が二つあり、片方を私へと差し出していた。

 最早ここまで来て逃げることは許されない。仮に逃げたとしてもテオのことだ、一人で挑むだろう。

 ……これも義兄妹としての務めか。


「はぁ」


 諦めるように一度息を吐いてからテオから木剣を受け取って何度か試し振りをする。

 当然のことながらパパから入学祝いに貰ったショートソードや、念のために村から持ってきた鍛錬用の木剣よりは大分軽い。重さが全てというわけではないし、速さで翻弄するならいけるかな?

 さっきも言った通り、やるからには勝ちに行く。


「ん。大丈夫」

「よし……じゃあ、お願いします!」


 テオが言うと、先輩は答えるように不敵な笑みを浮かべてゆらりと木剣を構えた。

 そして私とテオは息を合わせ、同時に先輩へと斬りかかる。


 ☆


「あー、それにしても惜しかったなーあと一歩だったのに!」


 鍛錬の授業が終わり、帰り道、カエデは悔しそうにそう言う。

 本当に惜しかったと思っているのだろう、この言葉はもうこの帰り道で三度目だ。


「ん、惜しかった」


 結果から言うと、同級生の中で一番善戦したのはカエデだった。

 タチバナ家に伝わる刀術スキルの『居合』で初手から先輩の防御を切り崩し、立ち直る暇すら与えずに追撃を行い、一対一で余裕をぶっこいていたその表情も崩す。そこまでの流れは見ていた全員が驚くほどに鮮やかだった。

 が、長引くにつれて地力の差が現れたのかカエデの攻撃には繊細さが欠け始め、逆に先輩の方は安定して防御を行えるようになり、最終的にはカエデにカウンター気味に入った面で決着。この世界に剣道はないけれど、実際にそんな感じ。

 終わった後の先輩はといえば、ふーっ、と長い息を吐いて額を拭っていた。初手から防御を崩され、実際に勝つまでヒヤヒヤしていたに違いない。

 流石勇者の家系……これが才能の差というやつなのだろうか。


「だよねだよねー、そういえばリリィとテオも後もう少しだったよね。あそこでテオがバカしなかったら……」


 ……私とテオ?

 いや、まぁ……言わずとも、ね?

 ……うん。普通に負けました、世の中そう簡単にうまくは行きませんです……


 ……まぁ負けたにしても、中々食らいついた方ではないかと思う。

 一瞬だけの本気もまだパパよりは遅いから私もテオも防御だけならギリギリで出来たし、互いにそこをフォローする形で何度か先輩の攻撃も退けることが出来た。

 なのにどうして負けたのかといえば、そうやってフォローのやりあいを繰り返していると先輩があからさまな隙を見せたのだ。テオはそれを本当に隙だと思い、私の待ても聞かずに突っ込んでいった。

 無論それは罠だったわけで、攻撃を回避された後の一撃でテオは撃破。一人になってしまった私は時間稼ぎに防御に専念したけれどスキルを使われてなんなく撃破。結果的に見れば、同時は難しいからと各個撃破をされてしまったことになる。これがカエデの言う、テオがバカしたから、だ。消耗戦に持ち込めば二人いる分こっちが有利だったのにということ。

 試合時間的には多分一番長かったと思うが、内容で見ると一対一で追い詰めたカエデの方が圧倒的に上なのは誰が見ても明らかだろう。


 ちなみに一年が一通り先輩と剣を交わした後は、もう一回先輩に挑んだり、一年同士で模擬戦をして先輩にアドバイスを貰ったりと言った指導タイムに入った。

 とはいっても武術系統の中ではやはり剣士が一番多く、他の武器に比べてあまりその時間はとれなかったわけだが、それでも冒険者としてほぼ一人前とされている先輩との実力差がわかっただけでも儲けものだ。


 つまるところ、私やテオが3人から4人で一人前の冒険者一人分。そう考えると七年鍛錬してもまだ半人前にもなっていないのかと思う。

 私が目指すのはもっと先。性別を変えたり、この世界を逸脱するために必要な魔導書やら何やらを見つけるためには生半可な冒険者では難しいだろう。

 もっと強く、少なくともパパと渡り合えるぐらいには強くならなくてはならない。できるなら、この学校を卒業するまでの間に。

 果たして、私はこの先生きのこることができるのだろうか……」


「え? 今何か言った?」

「……何も?」


 素知らぬ顔でカエデの問いかけをスルーする。カエデは『そう?』と言ってまた視線を前に戻した。

 危ない、危ない。今の台詞を聞かれていたら私のキャラが崩壊するところだった。

 というかどこから喋っていたのか。誰にも聞かれてないよね? 実は真後ろにレスターが居て聞いていたとかはないよね?

 きょろきょろと辺りを見渡すがやはり隣を歩くカエデが一番近く、それ以外に私の傍を歩く影はない。


「心配しなくても、今日はテオが連れて帰ったじゃん」

「それでも、心配なものは心配」

「まぁね。なんかレスターって、リリィのいる場所ならどこにでも現れそうな感じだし」


 カエデは苦笑いしながらそんなことをいう。実際問題、私にとっては笑い事ではないのだが。

 危害がないだけまだまし、なのだろうか。ストーカーといえばストーカーなのだけど、前世で周知されていたストーカーとはまた別種というか……

 なんか、私が誰かと付き合うことになっても笑みを絶やさずに見守っていそうな感じがある。いや、誰かとくっつくとかそんなつもりは毛頭ないんだけど、(たと)えとして。

 もしその印象が当たっているとするなら、一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。最早生まれに何か因縁でもあるのではないかと疑うレベルだ。


 まぁその本人がいないし、仮にいたとしてもそんなことを聞くつもりもない。そんな毒にも薬にもならない話題なんてポイして、有意義なことを考えることにしよう。


「有意義なことって……例えば?」

「……今日の夜ご飯?」


 すん、と鼻をひくつかせると風に乗って屋台の美味しそうな匂いが私の鼻孔を刺激する。

 午後に鍛錬の授業があると大体この匂いが私達の空腹を促進するのだ。

 特に今日は、運動量は大したことがなかったにしても精神的にはいつもより消耗したせいかお腹の減り具合がヤバイ。


「……食べてく?」


 そこにカエデのその悪魔の(いざな)い。

 きゅる、と私のお腹がそれに答えるように小さく鳴った。

 私はその音を誤魔化すように一度だけ頷くと、カエデと共に我先にと近くにある串焼き屋に駆け込むのだった。

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