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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
私が『魔導書使い』と呼ばれるまで
22/33

20 リリィ・オールランドの躁鬱(後)

 逃げても無意味だし、出会った時点で諦めた私とカエデはレスターと共に学校へと向かう。

 ミスタや子猫達と戯れていてそれなりに時間が経ったようで、生徒が私達以外にもぽつりぽつりといた。


「それにしても、今日は運が良かったです。最近は巡り合わせが悪かったのか会えませんでしたし」

「……そう」

「できれば、僕が寮に迎えに行くまで待っていて頂きたいのですが……」

()


 一言に切って捨てるが、レスターは『手厳しいですね』と言いつつも笑みを崩さない。

 何が楽しいのか、何が嬉しいのか。

 レスターは私が何を言っても揺るがない。きっと何をしても、だ。

 私が彼を殴り倒しても、きっと翌日になったらニコニコして寮の前で待っているに違いない。

 ……いや、そんなことをしたら流石に動揺するかな? コレの頭の中では、私はきっと純粋無垢な存在なのだろうし……


「どうかしましたか?」

「! 別にっ」


 じっ、と見つめたわけでもないのにすぐに反応されて私は素早く視線を逸らしてカエデの後ろに回り込む。申し訳ないけど、盾になってもらう。

 レスターはそんな私に(ほほえ)ましいものをみたかのように口元を釣り上げつつ、困りましたとでもいいたげにふーっ、と鼻息を吐く。


「カエデさんも、何とか言ってくれませんか? もし登下校時にリリィさんが怪我でもしたら、人類の損失どころでは済まないんですよ?」

「……いや、私に言われても」


 つい二週間ぐらい前までなら、『私はどちらかといえばリリィの味方だから、リリィの嫌がることはしない』って言ってたのに。

 カエデの言葉が変わったことに別に文句があるわけじゃない。そりゃあ、毎日とは言わずとも話を振られる度に同じ話題なら飽き飽きもするだろう。きっと立場が逆なら、私だってそうなってるはずだ。

 今日も、寮に帰ったら謝っておくことにしよう。


 しかし、レスターだって初めからこうだったわけじゃない。

 確かにファーストコンタクトは意味深長な告白からだったけれど、あの後我に返ったように顔を赤くしたかと思えば走って去って行き、それから一週間も接触がなかったのだ。誰かと一緒にいても、私を見かけたらすぐに逃げるぐらいの徹底ぶりだった。

 それが無の曜日を挟んで週が明けるとこれだ。建築家もびっくりのビフォーアフター。

 寮を出たら門の所に今まで逃げていた人の顔があったんだから本当にびっくりした。びっくりしすぎて不意を突かれ、その日は彼に手を繋がれて(エスコートされて?)学校まで行く羽目になってしまった。

 今はちゃんと避ける……というかそもそも遭遇しないようにする。今日は運悪くエンカウントしてしまったけれど。


「ああ、僕も同じ寮じゃないのが口惜しいです。やっぱり、僕が来るまで待っていてもらえませんか?」

「……しつこい」

「構いません。貴女の傍にいられるなら、どんな言葉でも甘んじて受け取りましょう」


 うわぁ……

 キモい。気持ち悪い。正直泣きたい。

 キリッ! とかいう効果音をつけて馬鹿にできないぐらい、こう、ぞわぞわっと、生理的嫌悪感が。

 精神が男だからそう思うだけかもしれないけど、隣にいるカエデも若干引き気味だしやっぱり私が感じたことは間違っていないだろう。

 変に姿を現さずにストーキングされるよりはマシだけど……


「今はまだご自分の立場を理解出来ていないようですが、きっといつかわかる時が来ます。僕はそれまで、いえそれからも貴女の傍で貴女を支えましょう」


 だから、これの頭の中では私は一体どういう存在なの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 もう誰でもいいから本当にコレを何とかして欲しいです。切に。


 私はようやく見えてきた校門にほっとしつつ、この膠着(こうちゃく)している状況の打破を願うのだった。


 ☆


 冒険者学校は広い。恐らくだが、この帝都において城の敷地の次に広い場所なのではないだろうか。

 実質的に使っているのは一年生と二年生だけなのだが、三年生からは決まったクラスがない代わりに文理系的(お お ざ っ ぱ)に言えば剣や魔法、専科的に(く わ し く)言えば武器や魔法の種類から、地理歴史薬学工学などにそれぞれの生徒は進んでいく。

 その為、自然と教室の数が多くなっていくのだ。最早研究施設と言ってもいい。場合によっては、卒業後そのまま学校に所属する人もそれなりにいるようだ。

 ちゃんと冒険者になっている人も多いだろうけど、もう学校名を『総合教育学校』にでも変えたらどうだろうか。誰も怒らないと思う。


 まぁ、それはさておき。

 この広い冒険者学校内をうろつき回っていると知り合いに合うということは中々に難しい。

 確かに一年生の教室同士は近しい場所にあるが順番に並べるだけでも十クラス分、隣り合っているならばまだいいものの1組から10組に移動するとなると少なくとも三分はかかる。まぁ校舎はH型(横棒の部分が昇降口、右が1組から5組で左が6組から10組まである)をしているために1組から5組、6組に行くにもあまり変わらないのだが。

 私とテオは偶然4組で同じになり、カエデは9組というのは前に話したと思うが、さて。テオのルームメイトであるレスターはどうなのだと言われれば、丁度4組の正反対側に位置するクラスの7組だった。

 これは1組から10組や5組から6組までの距離はないものの休み時間に気軽にこれる距離ではなく、レスターと遭遇した朝は、校舎に入って道を別れるとようやく一息つけるのだ。


「ほんと、疲れる」


 何もしていないのにルームメイトだからという理由だけで巻き込まれているカエデには申し訳ないが、やはり心労が募るのは当の本人だ。

 ルームメイトといえば、アレのルームメイトであるテオは一体何をしているのだろうか。私が困っているのは見ていればわかるだろうに。

 恐らくは、私があの変なアプローチを必死に躱している時にのんびり朝食でもとっているのだろう。そう考えるとなんかムカついてきた。


 僅かに私の歩みが速くなる。次の分かれ道を左に曲がって一つの教室を超えた後、その次の扉を開く。

 まだ少し(まば)らな教室内。ぐるりと見渡すと、その隅の席に座って他の男子と談笑しているテオの姿があった。

 しかしそんな障害は気にしない。身体は女子でも心は男子だ、男子の群れに突っ込んで何が悪いか。


「テオ」


 席への段差を登り始めた辺りで声をかける。テオだけじゃなく周りの男子も会話を一時中断しこちらを見るので軽く目礼だけしておく。

 するとテオは早くあっちいけとでもいうように手を振った。最初は私を邪険にしているのとかと思ったがそうではなく、私がテオに近づくと大抵この動作をして他の男子を追っ払っている。

 まぁ、男は男だけで話したいし、女と話す時は格好つけたくなるから他の人にあまりいて欲しくないという気持ちもなんとなくわかるけれど。そういう事を気にするならもっと他の所で格好良い部分を見せてほしいものだ。

 例えばレスターを止めるとか、レスターの妨害をするとか、レスターを食い止めるとか!


「だから、物申す」

「は?」

「ルームメイトをなんとかして」

「いや、物申すって何……ああ、レスターか。あいつなら、大丈夫だろ」


 何言ってるんだこいつ。こいつの頭が大丈夫か?


「迷惑してる」

「いや、アイツ一応教国から選ばれてる留学生らしいしな。露払いには丁度いいだろ?」


 いつも俺が一緒にいれるわけじゃないし、せめて登下校ぐらいはなと続ける。

 確かに露払いにはいいかもしれないけどその当の本人が悪い虫だというのはいいのだろうか。というか、露払いなんてどこでそんな言葉覚えた。

 しかし、テオはテオなりに考えていたようだ。その結果を見るのに一ヶ月は流石に早急過ぎるだろう。

 いや、結果が出る前に取り返しがつかなくなる可能性もあるが。男に襲われるのはごめんだけど、一度犯されたぐらいで病んでしまう程やわな精神はしていないつもりだ。

 ……八歳の頃? オークに襲われた時? そんなことはなかった。いいね?


「それよりさ、文字と計算少し教えてくれよ。ちょっと覚えてない部分があってさ」

「……はぁ」


 あからさまな話題転換をしたテオに対してこれ見よがしに溜息を吐く。

 『いつも俺が一緒にいれるわけじゃないし』って、別に私はテオにくっついているわけじゃない。いなければいないできっと何とかしていくだろう。

 逆に私がいないといけないのはテオの方なのではないだろうか。兄だ妹だといっているけど実際はやっぱり逆じゃないの?

 日本にいた頃と合わせれば年齢はもう三十だ、身体がこれだからあまり実感はないけれどこれでテオより精神年齢が低かったらシャレにならないし……

 まぁ兄妹だろうと姉弟だろうと、頼まれれば付き合わなければならないのは同じ、か。前者は仕方がなしに従い、後者は年長者としての義務、という違いがあるけれど。


「……わかった。何がわからないの?」

「すまん、また何か奢ってやるからな」


 机に備え付けられているミニ黒板とチョークを取り出していると頭を撫でられる。

 それをぺしっ、と弾きつつ、私は唇を尖らせた。


「そんなことするなら、教えない」

「あっ、いや! 悪かった! ごめんリリィ、教えてくれお願いだから!」

「……変態」

「ぐっ……!」

「へんたい、ヘンタイ、変態」


 私がそのワードを告げる度にテオは胸を押さえて苦しむ。

 その姿を見て若干溜飲(りゅういん)が下がる。うん、やっぱりテオとの関係はこうでなきゃ。

 一瞬頭撫でられてドキッとしたのは気のせい。パパに撫でられてもこんな感じだったし、事実だったとしてもこの身体が悪い。


「ふぅ」


 誤魔化すように、窓の外へと視線を向ける。

 空は青く、広く。

 まるで私の心などどうでもいいと言っているかのようだった。


 ……冷静に考えると、今の一節、すごくポエム臭がする。

 幸運だったのは口に出さないで心の中で思っていたということか。それでも割と恥ずかしい。一体数秒前の私は何を考えていたのか。

 正気に戻った思考が巡り、多分今は色んな意味で私の顔は赤く染まっているだろう。


「……えい」

「……いてっ!?」


 なんもかんもテオが悪い。

 とりあえずテオの足を蹴ることで行き場のない感情を発散させるのだった。

 申し訳ないです、結構遅れた上に量も少ないです。

 言い訳をさせて頂けるのなら、年末を舐めていました……

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