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TS少女の異世界人生録  作者: 千智
俺が私になった理由
12/33

11 自分が自分である限り

 生まれ変わってから、時折考えることがあった。

 最近、そのことをよく考える。


 ☆


 『両断』。

 それが俺の使えるようになった、今のところ使うことのできる唯一のスキルだ。

 武器、防具、アクセサリー。ありとあらゆるものには強度、というものがある。無論、物だけではなく生き物全般にもそれは存在するが、それはここでは関係ない為に置いておこう。

 『両断』は、武器を振るうとその強度が斬るものの強度に対して勝っていれば豆腐に包丁を入れるように斬ることができるというスキルだと父に教えてもらった。勿論、鉄を木剣で斬ることは出来ない。

 だから木剣で、剣筋の先にあった葉っぱを真っ二つに出来た。


 しかし、これを発動させるには重要な条件があり、これが最大のネックでもある。

 というのも、このスキルはあくまで『物』を斬るスキルだということだ。『武器』や『防具』を斬ることはできないらしい。

 そりゃあそうだ。それが認められるなら、例えばこちらが(存在するのかどうかは知らないが)オリハルコンなど上位から数えた方が早い武器を持っていて、相手が鉄やらなんやらと言った武器を使っていた場合には問答無用でそれを斬り捨てることができることになってしまう。そんなスキルはバランスブレイカーにも程がある。


 さて。ここで疑問になるのは、果たして棍棒(こんぼう)は武器として扱われるのか、ということである。

 いや鉄で出来た、(とげ)などがついて破壊力の上昇が起きているものを武器ではないなんて言うつもりはない。だが、木でできているものならどうなのだろう。

 極端に言ってしまえば、木の棍棒はただの木の棒だ。削りだし、持ちやすいように手を加えたのだとしてもそれは変わらない。場合によっては砕き、火にくべることだってあるだろう。

 つまり、認識の問題なのではないだろうかと俺は考える。薪割りの薪だって棍棒といいはれば棍棒になるのだろうし、棍棒だって薪だと言い張れば薪になる。


 故に。

 奴が持っている棍棒だって、木材だと俺が思い込めばそうなる筈だ。


「っ!!」


 遥か上空から袈裟(けさ)()ぎに振られるそれに合わせ、スキルを発動させて木剣を振るう。

 この木材の強度がどれほどかは知らないが、スキルをぶつける価値は十分にある。武器の有無は、大きなアドバンテージにもなるのだから。

 紅い残像が俺の剣筋を追いかける。そしてそれは狙い通りに衝と


 ………………あれ。

 なに。

 なんだっけ。

 ここ、どこだっけ。


「く、か……は、ぁ……」


 呼吸がおかしい。

 なにこれ。


「ごぶっ」


 口の端から何かが溢れ出る。液体が口端をつたる不快感に思わず全てを吐き出した。

 べちゃ、と服と肌に赤色が付着する。血だ。どうしよう、怒られるだろうか。

 同時に頭を占めていた黒いモヤモヤが晴れ、意識が徐々に覚醒する。ジグソーパズルのピースを埋めるように、失われた記憶が舞い戻ってくる。


 そうだ。俺はオーク(暫定(ざんてい))と戦ってた筈だ。

 『両断』を奴の棍棒にぶつけて、そう。スキルは成功したんだ。奴の持っていた棍棒の半分ぐらいまで、俺の木剣は食い込んでいた。

 だが、俺は棍棒にそのまま弾き飛ばされ意識を一瞬失い、木に(もた)れかかっているところから見るに、恐らく背中から木に衝突したのだろう。

 そりゃあそうだ。なんでスキルを使う前に考えつかなかったのだろうか。

 自分からして豆腐を斬るように手応えがなくなるというのなら、相手からしても俺の持っていた剣は無いも同然となるだろうに。


 手の中にはもう木剣はない。

 結局、敵を丸腰にしようとしてこちらが丸腰になってしまったわけだ。笑い話にもならない。


 とりあえず手と足を動かそうとする。

 だが衝撃がまだ残っているのか足はぴくりと動くだけで力が入らないし、腕、特に左腕は動かすことは出来ても支えにしようとすると我慢できない程の激痛が走る。

 足は違うけれど、多分腕は折れているだろう。


 ああ、これはもう駄目だ。

 最初から勝てるとは思ってなかったけど、圧倒的過ぎだ。


 俺に影が落ちる。片方だけでも俺一人分はあろうかという大きな足が見えた。

 下を向いている頭を木にぶつかるまで持ち上げても、逆光でその顔は見えない。まぁでも想像はできる。

 きっと(わら)っているだろう。たった一撃で虫の息になっている俺を見下(みくだ)し、使命である人を殺すことが出来て狂喜に満ちているのだろう。


「……ふっ」


 だが俺はそれを鼻で笑った。あたかも、小馬鹿にしたように。

 やはり想像通りのオークだ。知能はあるようだがそれは(いちじる)しく低い。考える力はあっても、学習能力は殆ど無い。

 なにせその拳を振り下ろせばもう死ぬだろう俺に対して勝ち誇り、さっさと俺を殺して逃げたテオを追いかけに行こうともしないのだから。

 もうテオのことなんて頭のなかから失せているに違いない。

 それだけで、俺の役割はもう果たしたようなものだった。


 ☆


 生まれ変わってから、時折考えることがあった。

 最近、そのことをよく考える。

 それはどうして俺は生まれ変わったのかということだ。


 俺は一体何なのだろうか。

 俺はなんでここにいるのだろうか。

 俺はどうして生まれ変わったのだろうか。


 魔法は使えない。

 その引き換えに手に入れた『祝福(ギフト)』なんてマルタと会話するぐらいにしか役に立たない。

 生まれ変わって半生以上を費やした剣術だってぱっとしなく、最近ようやくスキルを手に入れた程度。

 父も、母もきっと男子であるテオの方が気に入っているだろう。

 わかっている。こういった、武力がものをいう世界では女より男の方がいい。魔法が使えないなら尚更だ。


 だったら俺は、一体何のために生まれてきたのだろうか。

 何のために生まれ変わったのだろうか。


 人は生まれてきた意味を知るために生きる、なんてのを聞いたことがある。

 だとすれば、何もなす事のできなかった生前の記憶を持ったまま生まれ変わったことにだって、何かしらの意味があるはずだ。

 例えば。テオは未来に世界を救う勇者で、俺は身を(てい)して彼を守るために記憶を持たされたのだ、とか。

 笑ってしまう。

 いや、そういった厨二的考えに、ではなく。実際にそうなってしまった現実に対して。テオが勇者的な存在なのかどうかは定かではないが。


 そんな死ぬためだけに生まれる人生は、普通は真っ平だ。

 しかし逆に、これでいい、とも思う。

 俺がテオより優れている点は二年早く剣術を始めたことと、体力が多い、スキルが一つ使える、ぐらいの差でしか無い。

 それもテオが同じ期間同じ鍛錬を詰めば埋められるものだ。

 だから必要のない俺は退場する。それでいい、それがいい。


 或いは、もしかしたら。

 胡蝶の夢、という話がある。

 簡単に言ってしまえば、とある人間が蝶になっている夢を見たのだが、それは果たして自分が蝶になっている夢を見たのか、今まさに蝶が自分になっている夢を見ているのか、という逸話だ。

 つまり実はまだ俺は死んでなく、眼が覚めたら病院のベッドの上という可能性もあるわけだ。逆に俺が俺として生きていたことが夢であったという可能性もあるが、それは低いと思っている。

 だって、俺が俺として考えている以上、俺が事故で意識を失っている時に見ている夢なのではないかと考える方が自然じゃないか。


 だから、もしかしたら。

 俺が今ここで死んだら、帰れるかもしれない。

 父さんと、母さんと、歩と、マル。それからたった一人の親友に、交流のある学友。

 それこそ夢にまで見た、あの世界に。


 その可能性があるとするなら、汚く生き足掻(あが)くより価値があるのではないだろうか。

 どうせ、この世界で俺はイレギュラーで、不要なのだから。


 ☆


 オークが俺に手を伸ばしてくる。

 殴りかかる風ではない。なんだろうか、握りつぶすつもりだろうか。最後まで人の苦しむ顔が見たいとは悪趣味にも程がある。

 それとも喰うつもりだろうか。それならばまだいいかもしれない。丸呑みで胃で溶けていくのはまっぴらだが、噛まれればすぐに死ねるだろうし。

 そういえば、こいつが叫んでた時に『犯』っていうのもあったような。RPG系のエロゲなら、敗北したら陵辱(りょうじょく)は基本だよな、とか親友が言っていたどうでもいいことを思い出す。流石に死ぬ間際に犯されるのはマジ勘弁。体格的に即死な気もするけど。


 ……まぁ、なんでもいいか。

 俺は身体から力を抜く。

 迫り来る死に何の抵抗もしない。

 そして目を閉じて、最後の時を待つ。


 そういえば。

 テオに最後に見せてもらった、あの小さな花畑。

 あれは、本当に綺麗だったな。

 最後の思い出があれなら、まぁいい人生だった、と言えるかもしれない。


 ………………。

 …………。

 ……?


 何も起こらない。

 殴って押しつぶさないにしても、手が触れてもいいものなのに。

 そう思いつつ眼をそっと開けると、やはり目の前に広がるのは今にも掴みかかろうとしている巨大な手。

 なんだ、俺が諦めた様に眼を閉じたから、希望を持って眼を開くのを待っていただけか。

 本当、悪趣味。


 しかし、俺が眼を開けても一向に俺を掴もうとはしてこない。

 不思議に思うが、俺は満足に動けない。しかしなんとか身体を(ひね)り、何をしているのか(うかが)おうとする。

 その瞬間だった。

 オークが俺の目の前から素早く手を動かし、自分に襲いかかる何かを弾いたのは。

 それはまるで人間が近くを飛ぶ虫をはたき落とすような動作で、俺には何を弾いたのか全く解らなかった。

 そして一度の(まばた)きの後には、オークの顔に誰かが(おお)いかぶさっていた。

 それは今度こそオークに弾かれるように地面に落とされるが、様子がおかしかった。

 顔を手で押さえて、その口から言葉を()らす。


『■■■■! ■■■■!!』 


 痛い、痛いとまるで子供のように(わめ)く。

 その右眼には、何か長い棒のようなものが刺さっているように見えた。

 何が起きているのだろうか。

 ぼんやりとした頭で痛みに暴れるオークを見ていると、不意に肩を揺さぶられる。


「リリィ! 大丈夫か、まだ生きてるよな!?」


 テオだ。

 どうして、どうして戻ってきたのか。

 意味がわからない。

 逃げろと言った筈だ。逃げた筈だ。

 なのに、どうして。


「よし、生きてるな! じゃあアイツが暴れてる今の内に逃げ」


 テオが全て言い切るより先に、緑の影に襲われて目の前から消える。

 それは言うまでもなくオークの手だった。

 薙ぎ払われたテオは地面を何度かバウンドし、転がる。


「■■■■……」


 低く(うな)るオークは、俺の時と比べて余裕などなさそうに見えた。

 俺など眼中に無いようにテオの方に身体を向け、その右眼に刺さっている棒を抜いて振り落とす。


 目の前に転がってきたそれを見て、俺は理解する。

 棒じゃない。剣、木剣だ。きっと、テオの持っていた木剣だ。

 つまり、テオがオークに覆いかぶさって助けてくれたということだ。

 (ろく)な武器も、勝算もなしに。

 ただ、残った俺を助けに来た。


 ああ、やっぱり。

 ここで死ぬべきは、テオじゃない。

 少なくとも、テオだけは生きるべきだ。


「う……ぐ、ぅ…………っ!」


 脚を必死に動かし、立ち上がろうとする。

 背と木を弾かせてそれで立ち上がろうとするが、バランスを崩してそのままうつ伏せに倒れれこむ。全身を駆け巡る痛みに悲鳴を上げそうになる。

 しかし偶然にも、オークが振り落とした木剣に手が届く。

 それを杖代わりに立ち上がる。腹に力を入れる度に身体が悲鳴を上げる。


「――――っ!!」


 痛い、痛い、痛い。

 言葉に出来ない痛み。きっと肋骨も()ってしまっているのだろう。木剣を地面に挿して、それを掴んで立ち上がろうとすると継続して痛みが続く。

 どうせ死ぬ。なら関係ない。テオと俺の順番が入れ替わるか入れ替わらないかという話だ。

 それで死んで、病院で目が覚めるのだ。

 ああ、後味の悪い夢だったな。それで終わり。

 ならば、休んだっていいじゃないか。諦めたって、いいじゃないか。


 だめだ。

 ダメだ。

 駄目だ。


 何が駄目だ?

 わからない。

 でも、駄目なんだよ。

 勉強も普通。運動も普通。友人関係もそこそこ。

 そんな俺が曲げちゃいけないのが、このちっぽけなプライドなんだから。

 前は、何も成すことができなかったのだから。今度こそ、誰かの役に立ちたい。

 誰かの中で、生きていたい。

 必要だったと、言われたい。


「っ、ぁああああああああああああああっ!!」


 立ち上がる。オークも振り返り、叫んだ俺を怒りを(はら)んだ眼で見遣る。

 足が震えた。気を抜けば今にでも崩れてしまいそうなくらいに。

 木剣を持ち上げる。その重さにすら耐えられず、剣先が酷くぶれる。左腕は役に立たない。右手だけなら子供の、それも女子の力などなんの役にも立たないだろう。


 けれど。

 それでも。

 せめて、一太刀。


 そう思って振るった木剣は、オークの拳に弾き飛ばされたと思った(、、、、)

 しかし、そうではなかった。

 俺の振った剣は空を切り、オークの腕が宙を舞っていた。


 ズン、と落ちると同時に大きな音がなる。

 何が起こったのかわからない。

 オークも理解が及んでいないようで、自分の肩からなくなった腕を見ていた。


「おい、豚野郎」


 いつの間にかオークの後ろ、テオの前に陣取っている聞き覚えのある声の(ぬし)は、俺の聞いたことのない底冷えするような声を発する。

 血に赤く染まったロングソードが光を反射して(きら)めいた。


「覚悟は出来てんだろうな」


 鋭い殺意を秘めた声。

 瞬間、幾本もの斬撃がオークを切り裂く。


 それが、俺が意識を失う最後に見た光景だった。

 千智です。

 10のタイトルを変更しました。

 それだけです。


 それでは、これからもよろしくお願いします。

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