00 プロローグ、というより少女の現在の立ち位置
寝ぼけ眼をこすり、大きく欠伸を一つ。
十畳一間程度の自室には私以外の誰もいない。
私の通う帝国立の冒険者学校は全寮制だ。なんでも親元から離れて生活させて自立性を高め、更に共に生活する仲間との信頼関係も深める意味合いがあるらしい。
らしい、というのはそれが表向きの理由だからで。
冒険者学校と銘打っているものの、成績上位者が往く進路は挙って国の騎士やら魔導師やらだ。実際に冒険者になるのは中堅以下の人たち。
まぁそれでも大器晩成型だったり、実戦で覚醒したりするのは多いから冒険者のトップクラスは国の大将と肩を並べることのできる人が多々いるのだけど。
そんな説明を先にしたのは、寮の部屋は多人数部屋だから。
天下の帝都といえども流石に多くの子供達に一部屋ずつ与えるのは流石に難しいらしく、二人、ないし三人一部屋というのもざらである。
かくいう私も入学当初は二人部屋だった。
それが今何故一人部屋なのか。それは一重に努力が実り成績が向上し、主席になったから。
――と、いうわけでは断じてなく。
いや、上位陣になったというのは決して間違いではないのだけれど原因としては他のところが大きい。
つまるところ、私は手に入れたわけだ。
安泰な地位とやらを。
☆
今日は無の曜日であり、学校は週に一度の休日となっている。
ちなみに週の曜日は六属性である火、水、土、風、光、闇そして無で一回り。
これが四週二十八日で一月、十三月で一年。更に一年と一年の節目には神の日というのがあり、その日は国をあげての祭りとなっている。
しめて365日。その事実を知った時は呆れて言葉も出なかったものだ。
それはさておき。
重ねて言うが、今日は無の曜日。学校は週に一度の休日となっている。
私がそんな日に向かう先は決まっている。もはや学校中の誰もが知っている。だから休日なれど誰も遊びに誘いなど来ないのだ。
……べ、別にぼっちじゃないし。寂しくなんかないし。
いや、本当にぼっちじゃない。友人だっているし、もう卒業したけど世話をしてくれた先輩だっていた。
先輩の方は油断ならない人だったけど。
うん、それは忘れよう。丸めてゴミ箱にぽい、だ。
ともかく、私は行くところがあるわけで。
どこにって? 無論、一年と十一ヶ月後に控えた卒業後の職場であり、今のバイト場に。
白の半袖シャツにウグイス色のベストを羽織り前で留める。
下は赤に黒の線が幾つか入ったチェックのスカート。
これを作ったのは絶対同郷の人だと思う。既に死んでいるから確かめることもできない。
まぁこれがあるから、きっと私以外にも誰かいるのだろう招かれざる客人に夢を膨らませることができる。自分から探しに行こうなんて決して思わないけど。
だって怖いもの。
一歩外を出歩けば魔物。出かけてみれば魔物。人気のないところに行けば盗賊。
もう懲り懲りです。
私は平和に暮らしたいだけなのだ。
膝より少し下までの黒いローブを羽織って、ガラスの前に立つ。
ガラスがあるのに、どうして鏡がないのだろうか。不思議でならない。
母親譲りの銀色の髪に寝ぐせがないか軽く確認し、ベストと同色のウィズダムフード……魔女の帽子を被る。
最後に特注のブックホルダーを腰に下げ、机の上にある本をホルダーに入れるのを忘れない。
それでは行きましょう。
さらば私の城よ。夜にまた会おう。
答えるように扉が閉じて音が鳴った。
☆
バイトとは言っても時間は決まっていない。
できれば朝早くから夜遅くまでやっていて欲しいのだろうけれど私は縛られない。
なにせ代わりがいないのだ。ふふん。
私以外にその仕事を行えるものがいないのだ。ふふん。
なればこそ自由奔放に過ごすのが私流。
既に日はそれなり高く、私の足は露店街へと向く。
だってお腹すいたし。休みの日は朝ごはんでないし。というか昼だし。
「おっ、来たね。今日もオオアカの実かい?」
果物を置いている顔見知りの親父さんの問いに一度頷いて、懐から小銅貨を二枚出す。
小銅貨十枚で大銅貨、大銅貨十枚で小銀貨、少銀貨十枚で大銀貨、大銀貨十枚で小金貨、小金貨十枚で大金貨……というように貨幣は六種類十倍で分けられている。
厳密に言えば白金貨というのもあるのだけれど、白金(?)が珍しいのかこれだけ大金貨百枚分で、国庫と、大貴族の家にしかないという噂。
ちなみにオオアカの実というのは林檎のこと。苺はショウアカ。すごく安直なネーミング。林檎より大きな果物でも見つかったら、チョウオオアカとかになるのだろうかと思ったのも今は昔。
補足すると、慎まやかな生活をすれば大銀貨一枚で一年暮らせるそう。絶対にしたくないけど。
それはさておき。このオオアカの実、私の好物です。
厳密にいえば私が今の私になる前の好物であったのですが、更に厳密にいえばこれよりも好きな物があったのですが、ここでは諦めるしかなく。
これを毎週食べることでなんとか満足しているのです。
と、差し出した手から銅貨が取られ、代わりにオオアカの実が置かれ、ついでとばかりに親父さんの手が私の頭をぽんぽんと二回帽子越しに叩かれた。
からからと人の良さそうな顔で笑う親父さん。対して私は若干不機嫌。
頭を撫でられたり、叩かれたりするのは親愛の証としてでも好きじゃない。
私だって本来ならこの親父さんと同じくらいの年齢になっているはずなので、少し苛ついてしまう。
「家の坊主もこのぐらい可愛げがあればなぁ」
毎週そうボヤく親父さんはきっと私にもしもの娘を見ているのだろう。
そう言われると文句もでない。褒められているということは理解できるから。
でも不機嫌なので、ぷい、とつれなく立ち去る。気分はさながら猫。
オオアカの実を一口齧り、自己嫌悪。何が悲しくて自分をツンデレ扱いしなければならないのか。
「泥棒!」
そんな私の耳に声が届く。
振り返ると露店街はにわかにざわめき、道を開ける。
そこにいたのは袋を持った、無精髭を生やした男。
それを見て私はほっとした。子供ならかわいそうだな、と思ったから。
「どけ! どけ! ど……」
ふと前をみた男がぎょっとした。
それは私が道のど真ん中に立ち尽くして、避ける素振りを見せていなかったから。
すると男は走りながらナイフを取り出し、私に見せつけるようにして掲げる
「どけ、ガキッ!」
ぽん、とオオアカの実を上に投げる。
右手でローブをかき上げて、左手で素早くブックホルダーから本を取り出す。
手探りで目的のページを開くと、男は既にナイフを振りかぶっていた。
それが私に到達するより速く、発動する。
「ん、な」
からん、と男の伸ばした手からナイフが零れ落ちた。
その手は赤色の線に絡め取られていて、左腕は青、右足は緑、左足は黄、首は白、身体は黒に押さえつけられている。
地から、宙から出ている六色のそれらは男の身体を宙ぶらりんに固定していた。
それを確認して、私は本をぱたんと閉じ、右手を真横につきだした。
オオアカの実はその手の上に落ち
私の背後ですこーん、と何かが跳ねた。
静まり返る露店街。
眼を丸くする男。
無表情な私。
戦いというのはいつも虚しい。
何かを失わずに勝利を得ることなどできないのだから。
「わ……」
それでも、言わずにはいられない。
さあ嘆こう。
膝をついて、頭を垂れて。
そして呟こう。
「私の、あさごはん……」
ちなみに、これが今日の初発言。
☆
『六重拘束』。
これが私の唱えた呪文で、私が好んで使う呪文。
六属性全てで同時に相手を拘束する上級でもそれなりに難しいものでもある。
今回は五体をバラバラに縛ったけれど、手と身体を同時に六重で拘束するほうが強い効果を得られる。
バラバラにすると速度の違いはあれどそれぞれの『バインド』で拘束するのと変わらないし。
けど人を怪我なく拘束するのに優れているため、私は重宝している。
「お疲れ様! これよかったら食べなよ!」
「流石だね! これも持って行きな!」
「あ、ありがとうございます……です」
普段なら照れを隠すように帽子を深くかぶろうとするのだが、それは叶わない。
何故なら私の両手は様々な果物や料理で埋めつくされているからだ。
あんな風になってしまった私に露店街の人たちが恵んでくれる。
落ち込んだ風に見せた(実際落ち込んでいた)のはこれが目的だったけど、正直予想外だった。
いや、いつも何もなくても、一つ二つ何かしらくれる人はいるのだから予想外でもないのかもしれない。
というより今気づいた。私、餌付けされてる?
そんなことないだろう。思い過ごしだ。
前世と合わせて30過ぎの私が餌付けされてるなんて、そんなことは決してないだろう。
……多分。
ふと見ると、兵士が泥棒に縄を繋いでいるのが見えた。
同時に魔法を解く。べちゃっ、と男は地面に叩きつけられた。
ざまぁ。人のものを盗むからそうなる。
そんなことを思いつつ、そろそろ職場に向かおうと思い始めた時に、男の声が聞こえた。
「くっそ! なんだあのガキ、無詠唱!? ふざけんなよ……!」
「……なんだ知らなかったのか、そりゃ災難だな。というか余所者か? そもそもここいらの奴らは皆知ってるし、だからこの時間に泥棒なんか絶対にしないからな」
「……なんだよ、どういうことだよ」
男の声に答えるように、兵士が答える。
もう大丈夫です、と言いつつ頭を軽く下げつつ、人混みを抜ける。
「あれは――――」
そして、風の中に兵士の声を聞く。
人曰く、『銀髪の魔女』、『拘束の魔術師』、『本の虫』、『娘にしたい少女』。
などなど、私には様々な異名がある。最後の二つなんか少し違う気がするけれど。
でも、私を端的に現すならこれが一番だろう。
『魔導書使い』。
『魔導書使い』、リリィ・オールランド。 故日本人、時久 誠。
冒険者学校卒業後、国立図書館の禁書庫に就職が決まっている将来有望な魔法使い、だ。
はじめまして、千智と申します。
遅筆ですが、楽しんでいただけるよう(自分も楽しめるよう)頑張りますです。