3.王城潜入
門を抜けると、そこは花の楽園だった。
名前の知らない可憐な花々から、優雅に咲き誇る美しい薔薇まで。
車宿りまでの道の両脇に、競わんばかりの花たちの共演だった。
「凄い……」
「王妃さまがお好きなんだ」
隣でぼそりと呟いた男性は、カール・モンティーノという貴族だそうだ。
(だから、簡単にお城に入れるんだ)
コトハは単純にそう思っていた。
馬車は花の庭園を走り抜け、城の車宿りに停車した。
すかさず扉が開かれる。
軍服を着た衛兵が、そこにいた。
「ご視察。ご苦労様でした。大佐どの」
「ああ。君もご苦労さま」
労いの言葉に、衛兵は笑顔で答えようとしたが、声とは違う若い少女が先に降りて来たので、ギョッとした顔をした。
「た、大佐どの。こちらの方は」
「今回の視察の戦利品だ。丁重に扱えよ」
冗談めかして言うカールに、衛兵は苦笑を返した。
「あまり、軽はずみなことはなさいますな」
「分かってる」
ぽんと軽く衛兵の肩を叩いて、カールは少女の腰に手を回し、城の中に入って行った。
女性の噂が絶えないモンティーノ大佐。
ついに民間人を連れ込んでしまった。
「顔も良しで、実力もあるんだから、もてて当然だけどさ」
羨ましい……。
衛兵は肩をすくめて、世の不公平さに思いを馳せた。
「しかも、今回の子、けっこう可愛いときてる……」
はあと深い溜め息を吐いて、衛兵は自分の仕事に意識を戻すのだった。
…
(こんなに、あっさりお城に入れちゃった)
だだっ広いエントランスホールで、コトハは唖然としていた。
一度は壁をよじ登ろうかと本気で考えていただけに、こうやってなんの障害もなく、世紀の方法で城に入ることが出来たのは奇跡としか言いようがない。
(それに、あのナンパ男さん、けっこう偉い人みたいだし?)
彼は今、少し手続きがあるとかで、玄関脇の別室に入っていた。
その間、コトハはエントランスホールの見学だ。
ここだけで、自分の家がすっぽり入ってしまうと思われる広さで、至る所に、彫刻や絵画が飾られている。
(時価何億とかかな……)
もし触って傷付けでもしたら大変だと、コトハは先程玄関を入ってからと同じ位置にずっと立っていた。
間もなくして、カールが部屋から出て来た。
何故か渋い顔をしている。
「ど、どうしたんですか?」
「参ったよ。視察の間の報告書を明日までにまとめて来いってさ」
言いながら、カールはコトハの肩に手を回す。
「ええ!?ちょっと、ちょっと」
抗議の声を上げても、カールは一向に気にしている様子はなく、さらにコトハに寄りかかってきた。
「ああ。帰ったら、遊びまくろうって思ってたのにさ」
(知るか、そんなこと!)
ぐいっとカールの体を押しやりながら、コトハは何とか彼の腕の中から逃れようともがいている。
「あれ?君もしかして……」
「な、なんですか?」
「男の経験、ないとか?」
(がびょ〜ん)
「だ、だったら、何だっていうんですか?わたし、まだ高校生ですもん。そんなのいらないですっ」
顔を真っ赤にしているコトハを、カールは面白そうに眺めていた。
「ふむ。新鮮な反応だな。面白い。君、城に入りたいって、何が目的だったんだ?」
そう言えば、詳しい話をまだしていなかった。
「あの。王女さまに会いたいんです」
「……会いたいっつって、簡単に会える方でもないけどな」
「でも、どうしても渡さなきゃいけないものがあって」
「ふうん……」
相変わらずコトハの肩を抱いたままで、カールは城の廊下を歩いている。
(なに、考えているんだろ)
「もうすぐ俺の部屋だ」
「え?お城にお部屋があるんですか?」
「まあ、俺、これでも親衛隊の隊長だからさ。いざという時城にいなきゃ、困るだろ?」
「へ、へえ……」
この人、けっこう偉い人?
どうやらただのナンパ男というわけではないらしい。
「あれ、反応薄いな。普通こう言ったら、女の子って、『きゃあ、カールさま。すってきー』って言うんだけど」
「それ、どこの女の子なんです?」
コトハはじとっとした眼をカールに向けた。
「……貴族の、ね」
「わたし、貴族じゃないですもん」
「そうだった」
するとカールが楽しげに笑った。
「ええ?今笑うとこですっけ」
「お前。いいよ」
ポンとカールの手が頭に乗せられた。
藤色の瞳に見つめられ、コトハの心臓が跳ねる。
そして、ゆっくりと彼の顔が近づいて来て……。
「わたし、慣れてませーん、てば!」
コトハは思い切りカールを突き飛ばしていた。
何はともあれ。
無事に王城潜入を果たしたコトハ。
事態はまだまだ波乱含みだった……。